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EP 3

「ボスのいない荒野で、銀狼は自分のいしで立ち上がる」

 ――ガァァァァンッ!!

 凄まじい衝撃と共に、脱出ポッドが荒野に激突し、土煙を高く巻き上げた。

 大気圏突入の熱と衝撃に耐えきれず、ポッドのハッチが半ばひしゃげて吹き飛ぶ。

「けほっ、ごほっ……!」

 黒煙の中から、銀色の髪を煤だらけにしたリズが這い出してきた。

 全身が軋むように痛む。S級の魔獣である彼女の強靭な肉体をもってしても、宇宙からの墜落は無傷では済まなかった。

「ボス……! ジゼル……!」

 ふらつく足で立ち上がり、周囲を見渡す。

 だが、見渡す限りの荒野には、岩と砂ぼこりしかない。軌道がズレたのか、一緒に乗っていたはずのジゼルの姿もなかった。

『生き延びろ。……必ず、迎えに行くからな』

 脳裏に、カナタの最後の笑顔がフラッシュバックする。

 燃え盛る宇宙ステーションの中に、自分たちを逃がすため、たった一人で残った彼の姿が。

「あ、ああ……」

 リズはその場にへたり込み、両手で顔を覆った。

 涙がボロボロと溢れ、煤だらけの頬に筋を作る。

「私が弱かったから……。あの『ゼロ』っていう奴を殴り飛ばせなかったから、ボスが……!」

 これまで、リズは何も考えていなかった。

 カナタが「壊せ」と言えば壊し、カナタが「待て」と言えば待つ。彼の言う通りに動いていれば、必ず美味しいご飯が食べられて、みんなが笑顔になれる「正解」に辿り着けたからだ。

 だが、その『道標ボス』はもういない。

 ――ピガガガッ……ジジッ……。

 不意に、荒野に不気味なノイズ音が響いた。

 リズが弾かれたように顔を上げると、岩陰から『異形』の群れが姿を現した。

「な、に……これ……?」

 それは、魔物ではなかった。

 狼のようなシルエットをしているが、全身が赤と黒の「ノイズ(バグ)」で覆われ、ポリゴンのようにカクカクと不自然な動きをしている。

 システム管理者・ゼロが放った、エラーデータを消去するための猟犬『バグ・ハウンド』だ。

『Target_Found. Delete... Delete...』

 無機質な電子音を発しながら、十体以上の猟犬がリズを取り囲む。

「……邪魔です。ボスのところへ、戻らなきゃいけないのに……!」

 リズは涙を拭い、両腕に装備された『月狼のガントレット』を構えた。

 だが。

 ――ピーッ。

 無情なエラー音が鳴り、ガントレットの魔導ブーストが完全に沈黙した。カナタのアカウントが凍結された影響で、彼がショップで購入した武器の機能まで停止してしまったのだ。

「ウソ……動かない……っ!?」

 その隙を突き、猟犬の一体が不規則な軌道で跳躍し、リズの肩口に鋭い牙を突き立てた。

「きゃあぁぁっ!?」

 鮮血が舞う。ただの物理的な噛みつきではない。リズの「データ(存在)」そのものを削り取るような、芯から冷えるような激痛。

『Delete...』

 次々と飛びかかってくる猟犬たち。

 重いただの鉄塊となったガントレットでは、素早い敵の攻撃を防ぎきれない。

(ダメだ……勝てない。ボスの指示がないと、私、どう戦えばいいのか……)

 恐怖と痛みに心が折れそうになった、その時。

『――リズ、お前はただの暴力装置じゃない。俺が世界一信頼してる「相棒」だ』

 いつか、アジトのソファでカナタが笑いながら頭を撫でてくれた時の記憶が蘇る。

(……そうだ)

 リズは、両腕の重たいガントレットの留め具を、自らの手で外した。

 ガキンッ、と音を立てて、銀色の鉄塊が砂埃を上げて地面に落ちる。

(ボスは、私に「生き延びろ」って言った。ボスが帰ってくる場所アジトを、残しておかなきゃいけないのに……!)

 リズの黄金色の瞳が、かつての野生の輝きを取り戻す。

 彼女は深く息を吸い込み、荒野を震わせるほどの咆哮(遠吠え)を上げた。

「ワォォォォォォォォォォォンッ!!」

 ビクッ、と猟犬たちの動きが止まる。

 システムには計算できない、純粋なS級魔獣の「本能の覇気」。

「ボスの武器がなくても……私は、リズだぁぁっ!!」

 リズが地を蹴る。

 ガントレットの重量から解放された彼女の速度は、ブースト状態すら凌駕する文字通りの「神速」だった。

 ――ドゴォォォォン!!

 すれ違いざまの一撃。

 素手で放たれた彼女の拳が、先頭の猟犬の胴体を正確に撃ち抜き、ポリゴンの破片に変えて粉砕した。

(ボスの真似です……! 力任せじゃダメ、動きを読んで、一番弱いところを突く!)

 リズはカナタが普段見せていた「敵の隙を突く戦術」を思い出しながら、荒野の岩壁を蹴って三角跳びを放ち、次々と猟犬たちの死角から致命の一撃を叩き込んでいく。

 もはや「指示待ちの犬」ではない。自らの意志で牙を剥く、誇り高き「銀狼」の姿がそこにあった。

 数分後。

 最後の一体を回し蹴りで粉砕し、リズは荒い息を吐きながら荒野に立ち尽くした。

「……はぁ、はぁ……」

 傷だらけで、泥にまみれ、着ていたメイド服もボロボロだ。

 だが、その瞳には決して折れない強い光が宿っていた。

「……ジゼルを探さないと。二人で、絶対にボスを助けに行くんだから」

 リズは立ち上がり、果てしない荒野へ向かって、力強い一歩を踏み出した。

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