EP 2
「絶対無敵の『管理者』と、絶望の強制ログアウト(脱出)」
【所持金(スパチャ残高):523,000,000 pt → 0 pt にリセットされました】
システムウィンドウに表示された無慈悲なゼロの羅列。
今まで積み上げてきたすべてのリソースが、目の前の銀髪の男・ゼロの指先一つで虚空へと消え去った。
「な……ボス! ボクのコンソールが全部死んだ! アクセス権限がないって弾かれる! こんなのあり得ない、ハッキングの次元じゃないよ!」
ジゼルが青ざめた顔でタブレットを叩くが、画面は真っ暗なままだ。
「ボスを舐めるなァァァッ!!」
リズが咆哮と共に床を蹴った。S級の魔獣の全力が込められた、銀色の拳。大聖堂の分厚い防壁すら粉砕したその一撃が、ゼロの顔面へと迫る。
だが。
「……五月蝿いな、NPCが」
ゼロは一歩も動かなかった。ただ冷たい視線を向けただけ。
ガィィィィン!! という無機質な電子音と共に、リズの拳はゼロの数十センチ手前に現れた「半透明の赤い壁」に弾かれた。
「きゃあぁぁっ!?」
あり得ない反発力。自らのフルパワーを倍返しにされたリズは、そのまま弾き飛ばされ、サテライトのチタン合金の壁に激突して血を吐いた。
「リズ!!」
「無駄だよ。僕は『管理者(Admin)』だ。この世界の物理法則を無視できる。君たちの攻撃力の上限が9,999だとして、僕の防御力は『絶対(Error)』に設定されている」
ゼロは退屈そうに首を鳴らした。
「剣と魔法の泥臭いファンタジー。それがこの世界の正しい運用方針だった。なのに君は、宇宙要塞だのインターネットだの、身の丈に合わない文明のオーバードライブを引き起こした。……これは規約違反だ。修正しなければならない」
ゼロが右手を掲げると、サテライトのメイン動力炉が凄まじい音を立てて爆発した。
重力制御が完全に失われ、無重力状態だった空間に、強烈な遠心力とGが襲いかかる。
外壁がひしゃげ、気密性が失われたことで、猛烈な勢いで空気が宇宙空間へと吸い出され始めた。
「警告! 軌道維持システム完全に沈黙! サテライト、大気圏へ落下を開始します!!」
ジゼルの絶叫が、けたたましい警報音に掻き消される。
窓の外の青い地球が、恐ろしい速度で迫ってきていた。
(……チクショウが、理不尽すぎだろ)
俺は奥歯を噛み締めた。
ショップは使えない。インベントリも開けない。スキルも発動しない。
俺は今、レベル1の「ただの無力な人間」に戻っていた。このままでは、仲間ごと宇宙の塵だ。
「……ジゼル! 『アナログなやつ』は生きてるか!?」
「えっ!? あ、うん! システムに繋がってない、物理火薬式の緊急脱出ポッドなら……!」
「上等だ!!」
俺は傾く床を滑り降り、倒れているリズを抱え起こし、ジゼルの腕を掴んだ。
そして、サテライトの最後尾にあるハッチを無理やりこじ開け、二人を狭いポッドの中へと押し込んだ。
「ボ、ボス!? 何してるの!」
「三人じゃ定員オーバーだ! お前らだけでも地上へ降りろ!」
俺はポッドの外部ロックを物理的に下ろし、射出レバーに手を掛けた。
「嫌です! ボスも一緒に! ボスがいないと、私……!」
リズが涙声で叫び、ポッドの強化ガラスを内側から叩く。
ジゼルも泣きそうな顔で首を振っていた。
「……ごめんな、お前ら。少しだけ、長いメンテナンス(ログアウト)になりそうだ」
俺はガラス越しに、二人に笑いかけた。
「生き延びろ。……必ず、迎えに行くからな」
ガコンッ!!
俺がレバーを引き下ろすと、脱出ポッドは爆炎を噴き上げ、崩壊するサテライトから地上へと向かって射出された。
遠ざかっていくポッドの光を見届け、俺は一つ、大きく息を吐いた。
「……美しい自己犠牲だ。でも、無意味だよ。あの子たちも、すぐにエラーデータとして消去する」
背後で、ゼロが冷酷に告げる。
サテライトの残骸が大気圏に突入し、周囲が灼熱の業火に包まれ始めていた。
「消去? ……やれるもんならやってみろよ、クソ運営」
俺は、熱で溶け始めた仮面を自ら引き剥がし、素顔のまま、管理者(神様)を睨みつけた。
「俺のチャンネルは、お前なんかの権限一つで消せるほど、ヤワなもんじゃねえんだよ」
直後、サテライトは完全に分解し、俺の意識は灼熱と衝撃の渦の中へと暗転した。




