第四章『アカウント凍結と、泥だらけの再起編』
「宇宙に引きこもって極上ステーキを食べていたら、運営からBAN警告が来た件」
窓の外には、ただ静寂な星の海と、巨大な青い球体が浮かんでいる。
地上のどんな魔法も、どんな兵器も絶対に届かない成層圏の彼方。俺たちが5億エールのスパチャを全額注ぎ込んで作り上げた軌道上拠点、『シャドウ・サテライト』だ。
「はむっ、むぐむぐ……! ボス、重力制御システムってすごいです! お肉がフワフワ浮いてて、口を開けるだけで飛び込んできます!」
「リズ、遊んでないでちゃんとフォーク使いなよ。油が宙に浮いて掃除大変なんだから」
ラウンジでは、リズが無重力モードではしゃぎながら最高級のステーキ肉を丸呑みし、ジゼルが呆れたようにツッコミを入れている。
サテライト内部は、ジゼルの超技術によって地上と全く変わらない(いや、それ以上の)快適な居住空間が保たれていた。
「……平和だな」
俺は特注のふかふかなソファに沈み込み、極上のコーヒーを啜った。
俺たちがこの宇宙へ引っ越してから、地上は劇的な変化を遂げていた。
ジゼルが構築した『広域・魔導ネットワーク(要するにインターネット)』により、世界中の人々が端末を通じて繋がったのだ。
国境を越えた情報交換が当たり前になり、貴族たちの不正はすぐにネットで暴露されるようになった。暇を持て余していた軍人たちは、ネットゲームや動画配信に夢中になり、国同士の無駄な戦争はピタリと止まった。
圧倒的な「娯楽」と「情報」が、物理的な争いを過去のものにしたのである。
「さて、そろそろ今日の配信を始めるか。……地上のみんなも、退屈してる頃だろう」
俺が配信用のシステムを起動すると、わずか数秒で同接数は【10,000,000人】を突破した。
『――よう、世界中の視聴者諸君。アノニマスだ』
俺がカメラに向かって手を振ると、弾幕のようなコメントが画面を埋め尽くす。
『待ってたぜボス!』
『今日の宇宙の天気はどうだい?』
『ネットのおかげで今日も世界は平和です!』
『アノニマス様、最高!』
「今日は、このサテライトに新設した『大浴場(宇宙風呂)』の紹介でもしようかと思ってな。……もちろん、ガラス張りで地球が丸見えの絶景風呂だ」
『うおおおお!』
『スケールがおかしいww』
『さすが5億エールの拠点ww』
俺は視聴者たちとの他愛もない(しかし規模はおかしい)やり取りを楽しんでいた。
王都の路地裏で、レベル1の荷物持ちとして泥水を啜っていた頃からすれば、信じられないほどの成功だ。
無限の資金。最高の仲間。そして世界中の視聴者。
俺は、この世界のすべてを手に入れた――そう思っていた。
――その時だった。
【警告(WARNING)】
突如、俺の視界を覆うシステムウィンドウが、不吉な真っ赤な光を放って点滅し始めた。
「……ん?」
俺は眉をひそめた。システムの不具合か?
「ボス!? なんかサテライトのメインシステムに、外部からものすごい干渉が……ッ!」
ジゼルが血相を変えてコンソールに飛びつく。
「ダメだ、ファイアウォールが紙切れみたいに破られてる! ハッキングなんかじゃない、もっと根本的な……この世界の『ルールそのもの』が書き換えられてる!?」
ビーッ! ビーッ! ビーッ!
サテライト全体に、非常事態を告げる警報音が鳴り響く。
楽しげだった配信のコメント欄も、突如としてフリーズし、真っ黒な画面の中央に、血のような赤い文字が浮かび上がった。
【重大な規約違反を検知しました】
【対象:ユーザー名『カナタ(アノニマス)』】
【違反内容:世界律への過度な干渉、および文明レベルの不正な引き上げ】
「な……規約違反、だと?」
俺の呟きと同時に、空間が歪んだ。
何重もの物理シールドと魔導結界に守られた、この絶対安全な宇宙の密室。
その中央に、ノイズと共に『一人の男』が転送されてきたのだ。
「……やれやれ。たかが一個人のアカウントが、ここまで世界をバグらせるとはね」
真っ白なスーツを着た、感情の読めない銀髪の男。
彼が現れた瞬間、リズが「ひっ」と短い悲鳴を上げて後ずさった。S級の魔獣である彼女が、本能で『絶対に勝てない』と震えているのだ。
「お前は、誰だ」
俺は立ち上がり、男を睨みつけた。
男は冷ややかな目で俺を見下ろし、指先を軽く振った。
「僕はゼロ。……増長しすぎた君を処理しに来た、『システム管理者』さ」
ゼロが指を鳴らす。
その瞬間、俺のステータス画面に、かつて見たことのない絶望的なメッセージが表示された。
【管理者権限(Admin)が実行されました】
【全アイテム・スキルを凍結します】
【所持金(スパチャ残高):523,000,000 pt → 0 pt にリセットされました】
【アカウントの強制停止(BAN)シークエンスに移行します】
「……は?」
俺のインベントリが灰色に染まり、頼みの綱だった『配信者ショップ』が完全にブラックアウトする。
そして、サテライトの重力制御が失われ、不気味なきしみ音が宇宙空間の要塞に響き渡った。
「さあ、チート(不正)の時間は終わりだ。……泥まみれの現実へ帰りなよ、ただの荷物持ち君」
完璧な城が、音を立てて崩壊し始めていた。




