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93 作物

 集めた種は沢山。

 精霊国から仕入れている野菜や果物から、沢山の種類の種を集めた。


 やはり穀物の類は土地が必要で、頻繁に魔素泉の湧いてしまう魔国では広さを確保するのは難しい。

 なので今回は青果のみ。


 魔国でも結界の中で、微妙ではあるけれどお野菜を育てている施設がある。今回はそこからもヨウグさんが種を貰って来てくれたので、青果の種類としては季節問わず、スーパーに並ぶ基本的な物は揃うのではないだろうか、と言うくらいには種類がある。


 因みに、今お野菜を育てていたその施設では、キノコの栽培にハマっている。

 元々野菜の栽培が上手く行っていなかった事もあり、現在はお野菜をこちらに任せ、向こうはキノコ園にシフトしつつあるらしい。


 きっかけは、キノコってないんですか?とヨウグさんに質問した所から始まったのだけど、どうやら日本で食べていたキノコの類は、こちらでは魔素で育つ、薬になるようなキノコが椎茸だったりエノキだったりで、薬にしか使っていなかった所にバター醤油を勧めてみた所から、キノコブームが始まった。


 キノコは魔素で育つからすぐに収穫出来て、現在ではお城の食卓にもバリエーションを与えてくれている。

 そんなキノコはちゃんと知ってるキノコの容姿をしていた。椎茸が赤と白のドット柄なんて事がなくて少し安心。今度キノコ狩りに行きたい。


 そんな感じで任されたお野菜作り。

 今回行う品種改良。種から新しいものを作る[製造]の魔法は、試しにやってみた所、ファンタジー水があってもやはり素材の限界値が存在する。


 なので各種の種から、出来る範囲、叶えられる限界を探りながら、元となる魔法入りファンタジー水を作っておいたので、本日本番は、そんな種を大量に畑に植える作業を行う感じ。


 いよいよ魔国で作物を育てる、食料事情改善計画のスタートだ。


 気合入れていこう。


 よく使うトマト・玉ねぎ・人参・ジャガイモ辺りは、多めに育てておきたいので種の数もとても多いのだけど、そこは多いとお料理の幅と夢が広がるので外せない。


 お芋の類は、まず種イモを作らないといけないので、最初はしっかり種から行う。成功した後は種イモでも大丈夫だろう。


 色々試験的ではあるけれど、育てる場所は城壁までの庭の中、結構な広さの畑を作って育てる事になっているので、管理はヨウグさんと三兄弟が名乗りを上げた。

 軍部と協力して育てるから、沢山作って大丈夫、だから沢山頼むとお願いされた。


 失敗したら肥料として耕してしまえばいいのだから、成功する事を祈って、と言うか、成功させるように頑張ろう。


 因みに、畑作りは一瞬で終わった。


 ジギーさんが地面に触れて魔法を使うと、一気に区分けされた広大な畑と水路が出来た。

 圧巻。


 見渡す限り畑になった庭を見て、私も更に気合を入れる。

 色々な種から探って作った、気合の入った作物用のファンタジー水はあるけれど、そのファンタジー水に種を入れて植える段階は今からが本番。

 [製造]の魔法を使うのだから、最後まで“製造して”終わらせなければならない。


 なので、そんな製造過程としては、作物専用ファンタジー水に私が魔法を追加しながら種を入れ、それを魔王様が魔法で種と少量のファンタジー水を小瓶に移し、それを皆が畑に植えてくれる作業で製造が完了する手筈となっている。


 そんな作業に本日はお城の皆が総出なので、きっと広大な畑だとしても、そこまで労力は掛からないだろう。


 さあやるぞ!と、あらかじめ作っておいた作物専用ファンタジー水を[貯金]から取り出すと、横に居た魔王様が険しい表情でその水瓶に視線を向けた。


「これは……また何と複雑な魔法を…」

「美味しく育って欲しかったので頑張りました!」


 魔王様が、私がファンタジー水に込めた願いを読み解こうとしているのか、作物専用ファンタジー水を眉を寄せて見詰めた後、しばらくして目頭を押さえながら「ユリエは本当に美味しい物が好きなのだな」と優しい口調で笑ったけれど、微かな()()()()()を感じたのは私だけか…。


 いや、以前、魔眼で魔法を読み解く時にどう見えるのかを魔王様に聞いてみた所、紙に書き起こしてくれたそれは、難しい数式の羅列のようで私も眉を顰めたものだ。

 だからきっと見え方が悪かっただけだ。

 呆れられた訳ではない。


 だが、確かにもう願いの領域じゃないんじゃないかってレベルで頑張ったので、その微かに感じた呆れも甘んじて受け入れよう。

 私も作った後は、ちょっと悟りの境地に達するかと思った程だ。


 でも頑張った。頑張って願った。


『魔素の乱れを受けないけれど魔素を吸収すればする程美味しくなって虫や病気にも強くて根腐れや天候にも強く健康で長持ちする美味しい作物に育つのが代々続く作物になりますように』


 と、まるで呪文か呪いのように、夜な夜な何度もファンタジー水で魔力を補いながら、一人呟き、作り続けた作物専用ファンタジー水。

 正直作っている後半は、出来るからって欲張り過ぎた自分を涙ながらに責めた程だ。


 だが悔いはない。

 達成感はハンパなかった。

 きっと成功すると思うし、してくれないと本気で泣くかも知れない。


 そんな魔王様の様子に吊られるように、作物専用ファンタジー水を見た鑑定持ちのプリシラさんとジギーさん、そして魔眼を持っているロイ君が、うわっ、と言って顔を顰めて視線を逸らした。

 酷い。頑張ったのに。


「ユリエさんやり過ぎ…」

「これは酷い…」

「頭が痛いです…」


「美味しさを追求するのは日本人の良い性です」


 そう真顔で頷くに留め、畑を楽しそうに見て回っていた残りの面々に声を掛ける。


 さぁ、そろそろ種まき始めよう。


 畑を前に、設置したテーブルの上に小瓶を並べて準備は万端。いざファンタジー水に種を入れるとなると、[製造]を使うためにまた願わなければならない。

 あの呪文を……。


「魔素の乱れを受けないけれど魔素を吸収すればする程美味しくなって虫や病気にも強くて根腐れや天候にも強く健康で長持ちする美味しい作物に育つのが代々続く作物になりますように魔素の乱れを受けないけれど魔素を吸収すればする程美味しくなって虫や病気にも強くて根腐れや天候にも強く健康で長持ちする美味しい作物に育つのが代々続く作物になりますように魔素の乱れを受けないけれど魔素を吸収すればする程美味しくなって虫や病気にも強くて根腐れや天候にも強く健康で長持ちする美味しい作物に育つのが代々続く作物になりますように…」


 物凄く集中しながら作物用ファンタジー水に種を入れ、頭が痛くなるような魔法を使っていると言うのに、周りの悲鳴が酷くて集中力が震える。


「ユリエ様……怖い…」

「え、それ呪いっすか?」

「呪われた野菜作るんすか?」

「食ったらどうなるの?呪われる系?」

「いや、ユリエがこれで大丈夫ってんなら大丈夫だろう……多分…」

「ユリエちゃん…情熱は凄いけどちょっと怖いわ……」

「これ、皆黙らぬか。ユリエは美味しい物が好きなのだ、邪魔してはならん」


 聞こえてる、聞こえてるよ。この願いは言葉に出さないとゲシュタルトが崩壊するんだよ。どこまで願ったか分からなくなるから、ホント、マジ、そっとしておいて。


 サラサラと手に掬った種に魔法を使いながら、凄い集中でファンタジー水に入れ終わると、どっと疲れが押し寄せた。

 精神的なやつ。やったら分かる、酷いやつ。


 作物専用ファンタジー水を作る時は、各種の種を一つだけ手に乗せて、出来る範囲を探っていただけなので問題なかったけれど、量が増えるとまさかの負担。


 だってまさか、種一つ一つに意識を持って行かれるとか思ってもみなかった。

 キツイ…。


 この種には魔法がこれだけ必要で、ファンタジー水に入った後にその魔力を吸収出来るようにと同時に考えながら、種一つ一つを流れるスピードで処理するのは[算術]があってもかなりキツイ。

 まるで種一つの処理に、残業代が出ないのに職場で朝を迎えたような疲労を感じる。


 これは……戦じゃ。


 きっと農家さんだって戦っているのだ。こんな今この一瞬、ただ願うだけの私が、弱音を吐いていい訳がないだろう!と自分に喝を入れて再び種を手に取る!


 あ、これ芋の種だ。多いやつ。


 ぐっ…心が折れそう!!頑張れ!頑張れ私!頑張れ農業!!頑張れ残業!!



 途中何度か泣きそうになったけれど、魔王様にしがみ付いてチャージしたり、ファンタジー水を飲んで何とか凌いだ。


 魔王様にしがみ付くと、もれなく「無理しなくともよいのだぞ?もう止めよう?」と悪魔の囁きが付いて来るが私は負けなかった。


 結局早々に終わるだろうなんて考えていた種植えは、お昼から夕方まで掛かり、皆は全然元気だったけれど、私だけがボロボロだった。

 精神的に。


 けれど作業が終わって、広大な畑に種が蒔かれたその光景には達成感を覚えたし、夕暮れの中で労いの言葉を貰いながら、皆で食べた晩ご飯はとても美味しかった。

 労働の後の美味しいご飯は格別である。


 こうやって皆で食べる美味しいご飯に野菜が増えて、元気になったり喜んで貰えるのなら、この苦労はおつりが来るほど報われると思う。

 そう思えば、この精神疲労も何と言う事もない苦労だ。


 喉元過ぎれば熱さを忘れる、とも言うけれど…。


 そして、そんな熱さを忘れた数日後、芽が出ないかと毎朝通っていた庭の畑に、ひょっこり顔を出した朝日に煌めく瑞々しい小さな緑の芽を見て、涙が出た。


 私も頑張ったからお前も頑張れ。強くそう思う。


 この広大な畑が緑に染まる事を願いながら、食料事情改善計画は育つのを待つだけとなった。


 いつかお米も作りたい。と、喉元過ぎれば熱さをしっかり忘れた私は、青い空の下に広がる畑を眺め、今日も一日頑張ろう!と作物にエールを送る。


 いやホント、頑張った分だけ愛着、半端ない。






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