92 採取とデート
季節は足早に夏へと向かっている。
朝晩は肌寒く感じる事もあるけれど、日中は動いていると暑く感じる事もある程だ。
そろそろ長袖を卒業したいと思うけど、お城の中は快適だし、紳士な魔王様は側にいると周りの温度を調節してくれるので、私はとても甘やかされて衣替えのタイミングを逃している。
そんな季節の移り変わりを感じながら、ここ最近は週に数回、魔王様と一緒にファンタジー水の採取と言う名のデートに赴いている。
夏が近付いている為か、【死の泉】の周りの森も強い日差しに木漏れ日を落す量が増え、鬱蒼とした感じから少しだけ爽やかさを醸し出している。
そんな【死の泉】の畔で、魔王様と一緒にファンタジー水を制御の訓練をしながら採取して、採取が終われば泉の側でお弁当を食べる。
目の前には【死の泉】があって魔素も荒れ荒れ。お城組から言わせると、魔素の影響がキツイから、【死の泉】は長居する場所ではないらしいけれど、眺めているだけなら【死の泉】はとても綺麗な場所なのだ。
慣れてしまえば気分はピクニックである。
まだ距離がある頃にも、魔王様の部屋でご飯は一緒に食べていたけれど、お外になったと言うだけで、行動範囲が広がった感じがしてとても楽しい。
お弁当の中身もまだ材料の関係で、上手く種類が増やせなくて、毎回魔物の領域にも持って行ったサンドイッチなのだけど、やはり外で食べるのは楽しいからか、そんなデートに魔王様はご機嫌だ。そして私もご機嫌である。
お外でお弁当と言う楽しみが増えて、デート要素が強くなりがちなファンタジー水の採取。
採取量については余り一気にやるのは体に負担が掛かるかもしれないとの事で、一度に採るのは最初と同じ水瓶10壺。
それでも回数を重ねてなかなかの数になりつつある。
私も魔法を使う事にはかなり慣れてきて、魔王様も制御の難しい泉から汲み上げる水の球体は、もうまん丸。以前のような不安定さはなくなっている。
さすが魔王様と言った感じだ。
そんなファンタジー水の管理は私がする事になった。
沢山の金属を収納できる事もあるけれど、魔王様と魔王様のご両親を治す為に、私が毎晩コツコツと全力の魔法を注いだファンタジー水を作っているのが一番の理由。
魔王様のご両親を治すのに必要な分量は、まだどれだけ必要か分からないけれど、魔王様に必要な分はこの前マント越しに触れた時になんとなく分かった。
ただその感覚がまだフワフワしているので、明確には分からないのが歯痒いけれど、とりあえず量が多い事だけは分かっているので、用意するファンタジー水も多いに越した事はない。
ご両親は魔王様よりも魔力が少ないらしいので、魔王様程必要ではないだろうけど、合わせると凄い量が必要になる。
なので、そんな量の全力魔法入りファンタジー水を作るには、魔力を補いながら作る必要があり、採取しなければならないファンタジー水の量も必然的に多くなる。
地道に頑張る。まさに貯金だ。
今日のファンタジー水を採り終わり、地面に敷いた絨毯の上で昼食後のお茶をしながら、私は魔王様と寄り添ってお話をしている。
魔王様はマントを介せば大丈夫、と認識したのか、最近はこうやって寄り添う事も可能になった。
距離は1センチもないかも知れない。凄い事だ。
魔王様の寄り添う肩に頭を預けると、魔王様は照れながらマント越しに私の手を握る。
もはや触れていると言ってもいい距離で過ごす最近は、魔王様が照れる度合いも少しだけ落ち着いたように思う。
とは言っても、なくなりはしない所が魔王様のいい所だ。
少しだけ体温の上がった肩に幸せは感じるけれど、満足しそうになってはいけない。触れるイメージや触れても大丈夫なイメージは、きっともっと必要なのだと思う。
最近ではファンタジー水は料理や飲み物、服や魔道具なんかにも使われ始めて、魔王様も自分と【死の泉】のイメージは離れつつある。
むしろ、【死の泉】は私とデートする採取場として認識しだしているので、そろそろそちらは大丈夫かも知れない。
けれど、魔王様の魔力回路に潜んでいる、『生き物に触れると壊れる魔法』。それを魔王様が自力で別物だと捕える事は難しい。
何せ無意識下のトラウマなのだ。
けれどそれを制御するには、異質なものとして捉えなければいけないし、魔王様は自分が触れられないと言うイメージを、かなりしっかりと払拭しなければならない。
触れてはいけないのは魔法であって、魔王様ではないって所がとても大事だ。
だからこそ日頃からの積み重ねとして、こうやってくっついている事は大切だと思うのだけど、たまに焦ってしまうのか、その魔法を見付けようと集中し過ぎた魔王様はお城を揺らすので、努力は分かるが城は揺らすなと怒られている。
今はその辺、どんな感じなんだろう……。
「魔王様、触れたら駄目なイメージってどんな感じ?」
そう魔王様の肩越しに見上げると、私を見た魔王様が少し悩むように首を傾げた。
「触れてはいけないとは思うが、魔法のせいだとは思っている、が、制御できるほどには認識できない。変な感じだ」
「でも前とは違う?」
「違う。全く違う。それは分かる」
そう真面目に頷いて、魔王様は繋いでいた手をしっかりと握る。
「以前は【魔力譲渡】だと思っていたせいもあるが、その【魔力譲渡】も私自身と漠然と混ざっていた。情けない話ではあるが、その違いを知る必要も、知りたいとも思っていなかったからな」
「【魔力譲渡】も魔力回路に混ざってる?」
「いや、【魔力譲渡】は制御できている。使いたくないと思いながらも、使っていたのが良かったのかも知れん」
「屋上の結界石ですね」
「うむ。本来ならば魔王であった父の役目だったのだが、父が倒れた時、その種族と役目は私に移ったので…」
魔王様は少しだけ辛そうに眉を困らせたけれど、私を見て微笑んだ。
「だが、その辛かった事すらも、今はやっていて良かったと思える…。触れてはならないのは私自身ではない、その魔法だと言う事はしっかりと分かっているつもりだ。私が触れる事を、ユリエは許してくれるからな」
そう言って、目を細めて嬉しそうに笑う魔王様はやはりとても綺麗。
長い睫毛の奥にある深い瞳が泉の光に反射して、揺れるように光るのが綺麗だな、としばらく見詰めていると、無言で見詰め合っていた魔王様のその目がスッと逸れた。
そして顔まで逸らせ、その逸らした顔を真っ赤にして手の甲で口元を隠している。
「ま、まだ、その、触れる事はできないが、必ず、制御してみせるので、あ、安心して欲しい」
「はい、魔王様は凄いので大丈夫ですよ」
「う、うむ…いずれ、その………いや、な、何でもない」
恥ずかしくて私を見る事は出来ない魔王様。きっと今の感じはキスを意識したんだろうな。
私もちょっと意識した。
けど、恥ずかしいだろうにその手はしっかりと握られたままで、離れないなら視線が逸れるくらいは良しとしよう。
たまにチラチラとだけ視線は来るけれど、やはり正面からは見る事が出来なくなった魔王様は、分かり易くて何だか少し楽しくなって来る。
こうやって好きな人と寄り添って、ただ話すだけでも私は楽しいけれど、魔王様はやっぱりそれ以上を考えたりもするんだよね。
でも好きな人に求めて貰えるのは嬉しいよね。
私も何か魔王様にそんな嬉しさを返してあげたいけれど、キス以外で、触れられなくても大丈夫で、恋人らしい事って何かあったりするだろうか…。
直接触れずに、寄り添う以上の事…?
と考えて、頭に浮かんだのは『恋人繋ぎ』と言うやつだ。
普通に手を繋ぐんじゃなくて、こう、指と指の間に指入れる感じの……と考えながら、魔王様が握っている自分の手を、そっと裏返して手の平を合わせてみると、魔王様の手はやっぱり大きい。
手袋の厚みがプラスされてると言っても、自分の手よりも一回りは大きいその手はやっぱり違う。男性の手だ。
そうだよね、魔王様ってしっかり男の人なんだよね、なんて、そんな当たり前の事に気付かされ、何だか照れそうになるけれど、目的はその先。
そう繋いだ手を見ながら、魔王様の指の間に自分の指をそそっと交えてみると、魔王様の方から「ふァッ!?」って変な声がした。
ぎこちなく差し入れた自分の指を止めてから、そんな手に落としていた視線を上げると、物凄く照れて真っ赤になっている魔王様が驚いた顔で私を見ている。
「……何か、すいません」
「……ゆ、ユリエ、その…」
真っ赤な顔のまま、私と握られた手の間で視線を彷徨わせている魔王様にとりあえず頷く。
「恋人繋ぎ、と言うらしいです」
「恋人…繋ぎ…」
「はい。手を繋ぐ時に、指を交互に絡めて繋ぐ感じのやつなんですが……もしかして、くすぐったかったですか?」
「い、いや、その…お、驚いた、だけだが…その…」
と、更に視線を彷徨わせる魔王様。もしかして、刺激が…強かった?
「…嫌、でした?」
「いっ嫌ではない!」
そう焦った魔王様がまだ中途半端に繋いでいた手をギュッとして、しっかりと恋人繋ぎにはなったけれど、今度は自分から「ふぁっ!?」って変な声が出た。
これは、物凄く…くすぐったい…。
そんな私の様子に固まった魔王様。
申し訳ない。くすぐったかった……。
「…指の間って、普段あんまり触らないから…思っていたより、ちょっと…こう、びっくりしますね…」
「……す、すまない…だが、しかし、そうだな、びっくり、する、な…」
恋人繋ぎ一つでお互い照れてしまって、でも繋いだ手が離せない状態で、やってみたけどどうしよう…ってなっていたけれど、しばらくしたら魔王様が「恋人だけの繋ぎ方」と嬉しそうに笑ったので、ちょっとくすぐったかったけれど、今後もこの繋ぎ方には慣れて行こうと思った。
何事も、少しずつ進めばいい。




