91 悩ましい
お米食べたい…。
醤油と味噌が出来てしまったからお米食べたい。
あの匂いを嗅いだら一気に食べたくなってしまったお米。その思考が離れなくて定番の日本食は作れない。
きっともっと我慢できなくなりそうで怖い。
今まで厨房で作らせて貰った物は、アップルパイにクッキーとマドレーヌ。醤油や味噌の仕込みなんかと先日のお弁当。
お弁当を作るまでは何とか耐えられていたお米に対する欲望。しかし照り焼きチキンの打撃が凄かった…。
自分で自分の首を絞めるとは正にこの事だ。
炊き立てのご飯。おにぎり。塩おにぎりでいい。食べたい…。
たまに魔国で採れる食材を仕入れに行くヨウグさんに聞いてみたけれど、やはりお米は見つからない。勇者先輩も長年探して見つからなかったんだから、食べたいと言ってパッと見つかる訳もないけれど…お米、食べたい……。
駄目だ、お米の事ばかり考えてても仕方ない。
ない物はない。ないのだ。
そう思考を切り替えようと頭を振って息を吐く。
刻んだ高菜を混ぜたおにぎり、カリカリ梅とほぐし焼きサバの混ぜおにぎり、卵掛けご飯、炊き込みご飯、丼物にお寿司…白米食べたい。
思考を切り替えようとしたけど失敗した。
病気。これ日本人の病気だわ。
勇者先輩よく耐えたな…さすが勇者と言うべきか。
考えてはいけないと我慢はするのだけれど、ふとした瞬間に「お米食べたい…」ってなるし、このままでは何らかを[製造]し、お米味の物体Xを生み出してしまいそうな気がしていてとても危ない。
そんな思考の中、頑張って今日の家事を終わらせて、お米食べたい病を珈琲で紛らわせたいと、私はプリシラさんの元を訪ねた。
「プリシラさーん、いますかー?」
「いる」
医務室をノックすると、中から定番の返事が返って来たので扉を開けて中へ入ると、淹れた所だったのか、医務室の中には既に珈琲の香りがしていて、お米を思い出した。
うん。病的……。
「ユリエ、どうしたの?そんな悲しそうな顔して」
「プリシラさん…とうとう病気が発病しました…」
「んん?病気!?」
珈琲を淹れていたプリシラさんが眉を顰め、私の前まで来て両手を握り、治癒魔法を使ってくれる。
治らないだろうけど、治ってくれないかな……。
「? とても健康だけど?何の病気?」
「………お米食べたい病…」
「ああ…」
そう苦笑したプリシラさんに促されて丸椅子に座ると、淹れたての珈琲を渡してくれる。
さすがに珈琲を飲んでお米食べたいとは思わなかったのでホッと息を吐いていると、目の前に座ったプリシラさんが、手の中に前に見た小箱を取り出した。
「あるよ?お米」
「え!!??」
「勇者が凄く必死だったからよくよく聞いてみたら、精霊国にある雑草だった。量がないから勇者は秘密にしてたけど」
「雑草……」
「私が精霊国に行く時にこっそり採って来てたんだけど、勇者が食べたから殆ど残ってない」
そう言って、プリシラさんが小箱から取り出したのは手に乗るくらいの小さな袋で、中には精米されていない稲の種が入っている。
お…お…お米やんっ。
震えるほどの感動に、その小さな種を見詰めていると、プリシラさんが「でもね」と残念そうに言葉を続けた。
「これは雑草、勇者も挑戦してたけど、魔国では育たないし、精霊国にはなかなか行けないから量は用意できない」
「…だ、大丈夫です…。育ててみせます」
「んー、でもこれ美味しくないよね。…私も一度勇者が凄く嬉しそうに食べてたから食べてみたけど、青臭さしかろくな味もしないし、パサパサしてて好きじゃなかった」
だから育てるのやだな、と言わんばかりにお米の袋を揺らすプリシラさんに、私は真顔で目を見開いてしまう。
「………プリシラさん、これは、まだ愛情を知らないお米なんです……。日本のお米は、農家さんの愛情と言う名の努力が詰まっている。その領域はもはや、魂を込めていると言っても過言じゃない。だからとても、とても美味しい。そして、そんな魂が籠っているからこそ日本のソウルフードと呼ばれているんです。この子も磨けば光ります。大和魂がまだないだけです」
「う、うん……ユリエも、やっぱりニホンジンだね…」
若干引き気味のプリシラさんに苦笑を貰ったけれど、私は将来必ず美味しいお米に育てる事を誓い、恭しくお米を受け取った。
育ててみせます農家さん、オラに力を!!
と、お米が食べられるのだと思うと我慢も出来ると言うもので、この数少ない稲を使う前に、他の物でちゃんと育つ事を確認したい。
なら何のお野菜を育てようか、どんな感じに品種改良すればいいだろうか、と、そっちに頭がいってしまうがその前に、何で魔国では作物が育たないんだろうか。
「プリシラさん、何で魔国では作物が育たないんでしょうか」
「魔素が落ち着かないからだろうね」
「魔素ですか…」
「精霊国で緑がよく育つのは、世界樹が魔素を安定させているから。乱れのない魔素は生きる環境としてとてもいい。逆に、乱れた魔素は生き物の形さえ崩す時がある。植物なんて弱い生き物は耐えられない」
「あー。なるほど」
珈琲を飲みながら、プリシラさんの話を聞いていると、魔国はともかく魔素が多い。
それも、魔素が凝縮されている魔素泉が毎日数か所湧く程多いのだ。だから空気中の魔素も乱れが多く、小さな生き物や弱い生き物は居るだけでも耐えられないので、普通の作物は育たない。
逆に魔素で育つ薬草や薬木、鉱石の類は豊富になる。
お城の広大な庭に生えているのは全て薬草や薬木らしいので驚いた。それも勝手に生えて来るから放置してるらしい。
精霊国も魔素はそれなりに多いし魔素泉も湧くけれど、魔国のように頻繁に湧く訳ではなく、何十年に一度くらいの割合。そしてその湧く魔素泉も、世界樹が浄化した状態で湧くので、魔物もいないし乱れも起こらないのだそうだ。
平和だ。そして世界樹の仕事が凄い。
因みに、人族の国は他の国に比べて魔素がとても少なく、乱れもないけど魔素もない。作物は普通にできるけど、味や品質は普通になるので、精霊国の作物が超高級品のような状態らしい。
そして一応小さな魔素泉はたまに湧くけれど、滅多に湧かないし、湧いたら聖女だとか英雄だとか、特別な称号を持つ強い人が呼ばれて大騒ぎになるのだとか。
そう聞くと、何となく理解できて来た。
その土地の魔素の多さでそこに住む種族が違う。きっとその土地で生きられるように、それぞれが進化した先が種族になったように思う。
魔族の皆さんがやたら強い訳が分かった気がする。
そして、だ。それは分かったけれど、作物に関してはまだ疑問が残る。
魔素の乱れが問題なら、魔王様が以前張っていた、魔素を遮断する結界内では作物が育つ筈なのに育たない。
そうなると土の問題になるんだろうか。
「空気中の魔素が問題なのは分かりましたけど、土にはどんな問題があるんでしょうか」
「空気と同じ。地中でも同じ事が起こってる」
「結界を張って、内部を浄化するとか、魔素を遮断しても無理?」
「その施設ならあるよ。でも、魔国の土壌は魔素ありきで成り立ってる。今度は養分が足りなくなって上手く育たない」
「なるほど…」
前にヨウグさんが言っていた、実が小さくて味が悪いってやつだ。
じゃあ、解決しないといけないのは、魔素自体ではなくて乱れの方なのかな…。品種改良するなら、『魔素の乱れを受けない』とかでいいのかも知れない。
そんな事を考えていると、プリシラさんが少しだけ言い難そうな感じで言葉を零す。
「あのね、ユリエ…。前に精霊国との食料事情の話、あったよね?」
「精霊国にこれ以上借りを作らないってやつですか?」
「そう。その…もし、魔国で作物が足りたら、今度は精霊国が困ると…思う…」
あ、そうか。精霊国には魔物が湧かないから、今度は精霊国でお肉や素材が不足する?
「それに、ファンタジー水はいずれ露見する。人族に知られないように動けるけど、精霊国にはきっと知られる。そうなったら現王は必ず狙って来る。それを魔王が許す筈がない……最悪戦争、良くても国交はなくなる。でも、国交がなくなれば魔国は大丈夫でも、精霊国は困る……。今はこの国が好きだし、大切に思う。でも、精霊国は私の故郷。世界樹もある。出てはいるけど、大切」
困ったような、悩むような、そんな複雑な表情でプリシラさんは私を見ている。
私はプリシラさんの想いを板挟みにしてしまっていたのだと反省し、プリシラさんの手をそっと取った。
「戦争は嫌だし、互いの国が良い関係であれるように解決策考えましょう。私も全力で頑張ります」
「でも。解決策が見付かっても、エルフの王は交渉できる相手じゃない。頭がおかしくなったとしか思えない。それくらい高慢。交渉は難しい」
「…そこ、ですか」
それは、困る、かも、知れない。いや、困るだろうな……。
話し合いが出来ないとなると、まず平和的解決は難しい。脅し合って牽制し合うとか、そんな関係になり兼ねない。
そうなるともう国交・交易の類は無理に等しい。
せめて向こうに話を聞く気がなくても、条件を飲みたいと思う内容がないと、今の状態を続ける事すら難しいって事…?
「あの、変な事を訊きますが、変な意味ではありません。交渉材料に並びそうな物ってなんでしょうか」
「魔素水」
「ああ…」
ですよねって感じだ。
パッと考えただけでは良案は浮かばず、また頑張って考えましょう。と悩みながらプリシラさんにそう告げると、プリシラさんは申し訳なさそうに、きっと必ず迷惑を掛ける。ごめんね、とフラグを立てる。
ああ、もう!お米があるいい国の筈なのに、変なフラグばっかり立てないでよ精霊国!




