86 初めての外出
眼前には荒野。
木もないし草もない。地面はひび割れ、赤茶けた大地が隆起したのか地層が見える大きな岩が視界に並ぶ。
海外の西部劇で見た事のあるような景色ではあるけれど、それよりも殺伐として見えるのは、やはり草木がないからだろうか。
青い空に雲はなく、少し舞い上がった砂で白けて見える。そんな空気は乾燥して砂っぽい。
時折強く吹く風は吹き抜ける度にスカートをはためかせ、細かい砂が当たっているのが靴越しに伝わって来る。
ここは魔物の領域。
人の領域ではないと名されたその景色は、荒涼とした大地が視界一杯、地平線まで続いている。
もっと沢山魔物が蠢く地獄みたいな場所を想像していたけれど、思ってたより普通の…と言うのも違う気はするけれど、ただ緑の無い荒野に見えるのは、魔王様が安全確保の為、一足先に場所を整えてくれていたからだろう。
魔物の領域では、本来ならパッと見た視界の中に魔素泉が湧いていたり、歩いていると頻繁に魔物と遭遇するのが当たり前で、それは奥地に進む程に頻度が上がるのだそうだ。
今私が居る場所は、そんな魔物の領域の比較的浅い中域。隆起した大きな岩の中腹にある、広い段差のような場所に立って、魔物の領域を眺めている。
そんな本日は、先日ガルさんとロロさんが相談に来た、結界石の採掘に同行させて貰っている。
今回私が同行できたのは、魔王様の戦ってる所が見たいです。とご本人に相談した所、最初は危ないから駄目、と渋っていた魔王様に、レイ君が私を心配させたままでいいのかと加勢してくれた結果、魔王様が渋々ながらに了承してくれたからだ。
ただ、魔王様は自分が戦っている間私から離れないといけないので、採掘の為に魔王様が張った結界内で、ジギーさんが作業してる側で大人しくしている事、そして、ガルさんとロロさんが護衛に付く事でなんとか同行の許可が下りている。
因みに、レイ君も皆を転移で運ぶ係として来ているが、運んだ後は魔王様と一緒に戦う所を見せてくれるらしい。
戦う。
この国では切っても切り離せない重要な要素。
何を考えるにもちゃんと知っておく必要があるだろうし、どう戦っているのかを知れば、皆が魔物の領域へ行っていると聞かされても、帰りを待つ間、もう少し落ち着いて待っていられるかも知れない。
何せ私は格闘術を経験した事もないし、何なら運動系の部活にすら入った事がない。
戦う事についても、ドの付く程の素人だ。
映画でもアニメでもゲームでも、リアルにそれを表現している作品は今まで沢山見て来たけれど、現実で、自分の体で、リアルにそれを体現出来るかと言われると、どう体を動かせばいいのかも分からないし、立ち回り方も分からない。
そんな私が、魔物と戦っているとか、皆強いと聞かされても、寸分たりとも想像できないから不安になってしまう。
なので、今日はそんな不安を払拭できるくらい、少しでも戦うと言う事を理解出来たら、と見学に気合を入れて来ているのだけど、隣に居る魔王様からは心配で一杯の声が掛かっている。
「ユリエ、大丈夫だろうか。どこか体に不調はないか?このような場所、長居するものではないのだし、今すぐ帰ってもよいのだぞ?」
「大丈夫です。確かに少し気は張りますけど、魔王様の強い所見たいので」
「う、うむ、その、大した物ではないのだが…」
そう照れて視線を逸らした魔王様は、最近マント越しに手を握る事を覚えたので、ここに来てからずっとマント越しに私の手を握っている。
私も側に居るのは安心するので、手を繋いでくれるのはとても嬉しい。
が、そんな私と魔王様の近くでは、魔王様の「大したことない」発言に、レイ君とガルさんが眉を寄せ、じっとりした視線を魔王様へ向けている。
「魔王様が大した事ないなら、レイはラビットくらいでしょうか」
「じゃあオレは産まれたてのラットですかね」
「はいはい戦闘狂2人は絡まない」
そんな私達の後ろで、中腹の壁になる部分に採掘用の魔道具を設置しているジギーさんが2人にそうつっこんで、戦闘狂らしい2人は口を閉じたが、その口は少し尖っているので納得はしていないんだろう。
因みにロロさんはここには居ない。
いい感じの魔物を集めているらしく、別の場所へ転移後、こちらに魔物を連れてくるとの事だ。
大丈夫なのかと心配したけれど、周りの様子はお使いを頼んだ程度の反応。
ロロさんは隊長さんなのだし、本人も自分は中々強いと言っていたので、そんな人が魔物を連れて来るのは本当にお使いなんだろう。
しかし、いい感じの魔物ってなんだろうか…。
「魔王様はやっぱり魔法で戦うんですか?」
「うむ、慣れているので基本はそうだな。武器を使う事は余りない。だが相手によって、魔法が面倒な場合は使う事もある。剣などは、どうしようもなく手加減が必要な時にしか使わないので、ここ何年かは使っていないな」
「使い分けが大事なんですね」
「あ、じゃあエルフの第二王子が、魔王様が自分を追い払う時に剣使って来るって言ってましたが、あれは手加減だったんですね」
レイ君が呆れたように魔王様を見ている隣では、ガルさんが剣が手加減…と項垂れている。
しかしエルフの第二王子…気を付ける人としてチラリと聞いた事はあるけれど、確か【魅了】を持ってて、魔法とか魔力にも【魅了】が影響しちゃうから、だから武器使ったりするんだろうか。
って言うか、武力行使で、そして追い払ってたんだ…他国の王子様を……。
そんな扱いで大丈夫なんだろうか…。いや、そもそも王様が自ら追い払うって言うのもどうなんだろう……。時代劇でよくある、「出合えー出合えー」みたいにはならないんだろうか……。
この世界の王族って謎。
そんな事を考えていると、微かに大地を揺らす音と共に、遠くに土煙が見えて来た。
荒野に乱立する岩の間を埋めながら、近付いて来る土煙は凄いスピードでその範囲を増して行く。
あの先頭にロロさんが居るのだと思うと、どんなスピードで走ってるんだと目を凝らして見てはいるけれど、まだ視界にロロさんは入って来ない。
そして土煙、デカくない?
「そろそろ行きますか?」
そんな土埃を合図に、レイ君が魔王様にそう伺うと、魔王様はうむ、と頷いて私を見る。
「ユリエ、絶対に動いてはいけない。何かあれば必ず私を呼ぶのだ。分かったか?」
「はい。魔王様も気を付けて下さいね?」
「ああ、私は大丈夫だ。だがユリエが心配で私は…」
「もう!ユリエ様、魔王様が離れないので声を掛けてはいけません! ほら、魔王様、行きますよ!」
魔王様が私の両手を握ったまま離れようとしないので、レイ君が小さな両手を魔王様へ向けて突進すると、魔王様は慌てて私の手を離して空へと浮かぶ。
布越しでも、まだ私以外が触れるのは無理らしい。
「ユリエ!恐ろしければ見ていなくともよいのだからな!」
「はい」
「もう嫌だと思ったら…」
「魔王様!!!」
早く!とレイ君に急かされて、手を振る私に頷いた魔王様は、一気に空高くに移動してピタリと止まる。
空の中で、親指くらいの大きさにしか見えない距離で、銀の髪と黒いマントを揺らしている魔王様は既にかっこいい。
そんな魔王様を見上げていると、私の隣で「じゃあレイも行きますね」と言った瞬間笑顔のレイ君が消えたけれど、どこへ行ったのかは分からない。
2人が居なくなって、しっかり私の横へ立ったガルさんの反対側、土煙の先頭が辛うじて見えるくらいになると、ガルさんの反対側へ急にロロさんが現れた。
え、早くて見えなかったんですが…走って来た、んですよね??
強さを見学に来た訳だけど、これ、私戦ってる姿見えるのか?
「ロロさんお疲れ様です」
「ん。でも疲れてない。連れて来ただけ。なかなかいいのが釣れた」
労いの言葉に軽く頷いたロロさんが土煙を指さした場所を見ると、遠いから米粒くらいにしか見えないけれど、黒くて角が二本生えている獅子みたいな魔物が何匹も押し合うように走っている。
「あれ何ですか?」
「あれはキングベヒモスの黒、通称黒獅子です。確かに猫の癖にいいの見つけたな」
「雑魚も多いけど、もう少し奥に竜も居る。緑と白」
竜…それはかなり見てみたい…。
私が魔物を見るのが初めてだと言うと、2人は魔物について教えてくれる。
魔物はザックリ言うと魔石を持つ生き物の事。体のどこかに魔石を持ち、魔力を糧に生きている。
そんな魔物。ランクの弱い魔物は総じて目が赤く、強くなると目の色は属性を現した色になるが、白目部分が黒いのが特徴らしい。
魔物は魔力に反応するから、魔法を使うとすぐさま寄って来るのだと色々教えてくれたが、2人が一番長く語ったのはお肉情報だ。
黒獅子のお肉は丁度いい感じに食べ応えがあって、とても美味しいお肉らしい。
それは、気になる…。
「あ、レイさんが群れの前に行きましたね」
土煙の先頭がそら豆くらいに視認できる距離になって来ると、ガルさんが視線を投げた先にはレイ君が立っていた。
魔物に比べてとても小さいレイ君が、土煙を上げて走って来る魔物の群れの前で平然と立っていて、やっぱり心配なんだけど、と思っていると、ガルさんが上気した頬で目を輝かせながら、テンションをゴリゴリに上げている。
「いやーオレ魔王様が戦ってる所ちゃんと見るの初めてなんですよ!超楽しみ!!」
「いつもは終わった後しか知らない。猫も楽しみ」
「レイ君のは見た事あるの?」
「レイさんは物資の配達ついでに、たまーに手伝ってくれますよ?基本一気に燃やして終わりなんで、今回どう戦うのか興味あります!」
「燃やす以外は知らない。レイさんも楽しみ」
こちらも可愛く頬を染めたロロさんが、目を縦にして見逃すまいといつもより大きく目を開いている。
目前に控えた戦闘。
戦うと言う事を目の前で見るのは初めてだけど、魔国で戦う事は日常の延長。しっかり見ておかねばと私も目の前の光景に目を凝らした。




