87 強さの確認
「あ、姐さん、魔王様が魔法使いますよ」
そう言われて空に居る魔王様を見ると、魔物の群れに手をかざしている魔王様の周りに、小さな白い丸が沢山浮かんでいた。
あれは何だろうかとその様子を窺っていると、その点にも見える白い球体は、魔物の群れに向かって一瞬線になって消える。
そしてその線の示した先に視線を動かすと、そこには倒れて雪崩を起こしている黒獅子に、手前に立っていた筈のレイ君が現れては触れ、触れては消えて、倒れた魔物はどんどん数を減らして行く。
見に来てるのに姿が追えない……と私が眉を寄せていると、後方から立て続けに轟音が響き、立っている岩山を揺らす勢いのそれ私が驚いて肩を揺らすと、ロロさんが大丈夫、と言って私の肩に触れた。
「レイさんが素材送った。この山の上に黒獅子がある」
「なるほど…」
立ってる場所から上を見るけれど、山頂は平面になっているのかその姿は見えない。
代わりに、「揺らすなよー」と文句を言いながら壁に器具を取り付けているジギーさんが見えた。
頑張って!
「つーか、魔王様何の魔法使ったんだろ…黒獅子の、王ランクには魔法効かないのに…」
「そうなの?」
首を傾げて悩むガルさんに私も首を傾げると、頷いたガルさんが自分の服をつまんだ。
「制服の素材と一緒です。Sランクのベヒモスの黒は、表皮が硬くて魔法も効かないってちょっと面倒な魔物なんですけど、素材にすると闇属性軽減と魔法無効の効果が残るんで、制服にも使われるし、見付け次第絶対に狩る魔物の一種なんですよ」
「へぇ…じゃあそんな魔物を魔法で倒すのは確かに謎だね」
そうガルさんと2人で首を傾げる後ろでは、大きな音が山を揺らす度に、ジギーさんから「やめろー」と覇気のない声も響く。
頑張って!!
「あ、また魔王様が魔法使いましたね」
そんな音が止む頃に、ガルさんがそう言った一言で視線を正面に戻すと、魔王様から光の雨みたいなのが魔物の群れに降り注いでいて、大きな土煙を作っている。
まさに空からの容赦ない爆撃。
強いと言われる訳がよく分かる。
魔王様、本当に強いと言うか、桁が違うんだろうな……。魔物を近付かせる事もしない、触れる事もない。ずっと空から魔法で魔物を射止め続ける姿は、もはや作業にすら見える。
そしてその降り注ぐ魔法が止んだ一瞬で、風が押し出す様に土煙が晴れたそこには、さっきまで居た筈の沢山の種類の魔物は居なくなっていて、あれ?と思っていると、両隣から溜息が聞こえた。
「えげつない…」
「オレ達だったらそこそこ時間掛かるのに…一瞬…」
「そうなんだ…」
「…あれは聖属性の魔法。雑魚のランクが低い、それに魔法に浄化が強く入ってるから跡形が残らない。でも、あんな数の浄化魔法を一気に使うのは普通は無理。強さのランクが違い過ぎる…」
「それを飛んでる片手間に使う魔王様、強えぇ…」
虚しさと憧憬を含む声を聞きながら、魔王様って本当に強いんだな、と目の前の光景を見学していると、薄く空気に溶ける土煙の先に大きな影が見えた。
ゆらゆらと影を揺らすその影はとても大きくて、さっきまで居た魔物が子供に思える。
そしてその大きさ、その形、もしかしてあれって竜じゃない?!
そう目を見開いて括目していた土煙から、姿を現したのは見事な竜。
ドラゴン、と言った方が表現は正しいかも知れないそのフォルムは、二頭とも四足歩行ではあるのだけれど、色も形もそれぞれ違う。
ただ二頭ともその体はとても巨大で、遠くて正確には分からないけれど、全長だけでも30メートルは軽くありそう。
もし私単体で竜なんて存在に遭遇したら確実に絶望案件ではあるけれど、真面目に戦闘を見てはいるものの、こうも圧倒的な強さを見せられると、どうしても観覧要素が強くなる。
だからこのテンションは仕方ない。
だって物凄いファンタジー!
「竜だ!」
思わず私が拳を握って声を上げると、そんな私にガルさんが嬉しそうに笑う。
「あ、姐さんもやっぱり竜はテンション上がります?!オレも竜は戦い甲斐があって好きなんですよね!硬い鱗に刃が当たって弾かれる瞬間が楽しいんですよ!斬ったるぞーってなるのが凄くいい!!」
「そんなに硬いの?」
「緑はミスリル。白はオリハルコンくらい」
ロロさんが例えてくれた先の硬度が分からないけれど、ファンタジーで噂に聞く素材ではある。
きっと物凄く硬いんだろう。それだけは分かった。
大きな一歩で足を進める二頭の竜は、薄っすら緑に光る鱗に覆われた方が、コモドドラゴンをもっと刺々しく巨大にしたような感じの竜で、歩く度に土煙が渦巻くように形を変えているのがとても不思議。
不自然に巻き上がる土煙は何でかと尋ねると、緑竜と呼ばれたその竜は風属性で、常に自分の周りに風を纏わせていて、その風は迂闊に近付くと簡単に身を切り刻むレベルの威力があるのだそうだ。
近付き方は一度大きく怯ませる事、そうすると風が一旦止まると教えて貰ったが、どうやって怯ませるのか、そして近付いてどうせよと言うのか、ただはっきり分かったのは、私に戦うと言うのは完璧に無理だと言う事だ。
次元が違う。
そして白い方。その竜はとても綺麗で、まさしくファンタジー界のドラゴンを体現したような、鳥の羽を思わせる大小二対の大きな翼を持つ白い鱗の輝く竜。
上下に翼を動かす度に、その巨体の重量を感じさせない足の運びで、力強く浮くようにその足を進めている。
そんな生き物が目の前で生きて動いている様は圧巻で、思わず「綺麗」と声を零すと、ガルさんとロロさんに苦笑を貰う。
その白い竜、白竜は、見た目は優雅だけれど物凄く強い竜で、魔法を反射して来るから普通に魔法は使えない。
そして薄く発光しているその光は常に高温で、本気になると周りの岩をも溶かす温度になってしまう為、体に傷を一つ付けるだけでも命懸けなのだそうだ。
そんな白竜の攻略法は、額にある魔石を割る事。
だからどうやって。
と、次元の違う世界の説明を聞いていると、遠くで大きな声を出しているレイ君が、空に向かって大きく手を振っている。
『魔王様―!1頭下さーい!』
え、凄くない?何でここまで声が届くの?
レイ君の大声は相変わらず不思議だなぁと思いながら、声を掛けられた魔王様を見ると、魔王様は空の中で微かに頷き、そして手を上空へ向けた。
その魔王様の手の上では、空気中から冷気が集まり、魔王様の何倍もある巨大な氷の槍を形作る。
白い冷気を纏わせるその大きな槍は、魔王様が腕を振り抜いた動作を残してその場から消え、それと同時に空気が掠れたような生き物の断末魔が空の下から聞こえて来た。
その鳴き声の方を見ると、空に居る魔王様に向けて飛ぼうとしていた態勢の、白い竜の胸元から地面を縫うように氷の槍が刺さっていて、あ、と思う間にその槍は砕けて散る。
身体を貫く支えを無くし、その白い巨体が地面を削りながら大きく倒れて、長い首が波打つように沈んだ後、巻き起こった土煙が力なく倒れた竜の翼で巻き上がって散っていく。
「い…っ、いち、げき…」
詰まらせた声を零すガルさんを見ると、顔を歪めて泣きそうになっている。そして反対に居るロロさんも、やはり耐えるような顔で口を強く結んでいた。
「やっぱり…凄い事なんだね」
「…ま、魔法が反射される筈の白竜を、魔法で貫くとか…何で回復使える白竜を一撃で沈められるのかとか…ちょっと意味が分からない、です…」
「猫は何も見なかった…これを参考にしたら猫は死ぬ」
なるほど。魔王様は規格外。よく分かった。
まだ緑の竜が残ってるな、と思って正面を見ると、今度はレイ君がその緑の巨大トゲトゲドラゴンの顔面を横に向けて蹴り飛ばした瞬間だった。
空気が弾ける衝撃と共に、一瞬の間を置いて大きな音がここまで届き、緑竜の頭は蹴られた方向へ大きく逸れる。
その頭があった筈の場所にはキラキラした何かが散っていて、衝撃を逃しきれなかった緑竜の前足が宙に浮いている。
わー…どれだけ強い力で蹴ったらあの大きな竜がよろめくの?と驚いていると、その浮いた前足と地面の間に現れたレイ君が、露わになった竜の胸部を勢いよく殴った、と思う。
普通に見えなかったその一撃で、緑竜の上体が更に大きく上に向けて仰け反ったので、きっと殴ったんだろう。
そしてまたキラキラが散る。
「あのキラキラしたのは何?竜の纏う風はどこに行ったの?」
「あ、あー。あのキラキラは鱗、ですね。多分、打撃の衝撃で砕けてるんだと思います……。風はー…多分、レイさんの使う時空魔法の方が強いんで…それかなぁ…」
「オリハルコンを素手で砕く…猫、斬る事もできないのに……」
悟りを開いてしまったように笑みを浮かべるガルさんと、悲し気にその光景を見ているロロさん。
レイ君も規格外。理解した。
「あ、でもあれ。レイさんが砕いた胸の部分、あそこは魔石のある位置ですね」
「へぇ、緑竜は胸に魔石があるんだね」
「竜種は基本魔石が表に出てるんで分かりやすいんですけど、緑竜と土竜は体内なんですよね。魔石狙うなら直接は砕けないんで、まずは鱗を剥して肉の上から魔石を刺す必要があるんですよ。結構内部なんで、オレの持ってる大剣二本分は刺さないと届かないって感じです」
「なるほど。難しそうだね」
そう話している間にも、レイ君は執拗に緑竜の胸元を殴っては鱗を砕いてキラキラを散らしている。
もはや竜はサンドバックだ。
魔王様の魔法は一撃だったので、凄いの一言で納得出来たのだけど、レイ君の戦い方はまざまざと次元の違いを見せられているようで、私も見ている内に変な笑みが浮かんできた。
レイ君、あんな可愛いのに、本当に魔王様の次に強いんだなぁ…。
何度目かのキラキラを散らした後、大きく仰け反った緑竜の口から、低く息を吐くような声が聞こえ、その巨体はそのまま地面に倒れて動かなくなった。
事切れたのが余りに急だったので、何事かと倒れた竜の巻き起こした土煙が晴れるのを待っていると、土煙が晴れたその中には、大きな緑に光る石に手を添えて、立っているレイ君の姿が見えた。
きっとあれが魔石なんだろう。
大剣二本分の件はどこへ?と説明をくれたガルさんを見ると。悟ったような穏やかな笑みを浮かべてニッコリ笑っただけだった。
あ、悟り、開いた感じ?
「姐御…レイさんは魔石を転移させた」
「あ…なるほど。レイ君、転移使えるもんね…」
「うん…。きっと魔法を使うのに邪魔な鱗を取った後、魔石を直接抜いたんだと思う。猫は、自分が強かったのか分からなくなって来た……」
「…ロロさんもちゃんと強いと思うよ。沢山魔物連れて来たし、凄く速かったし」
そんな私の言葉に、うん…と微かな返事を残したロロさんは、倒れた竜を見ながら哀愁を漂わせている。
ただ見ているだけなのに、こちらへのダメージまで強い…。
二頭の竜が倒れたそこでは、レイ君が歩いているだけで動いている魔物の姿は見えなくなり、終わったのかな?と思って空に居る魔王様の方を見ると、少しだけ辺りを見回して、探るような、集中するような感じで魔王様はまだ空に留まっている。
何してるんだろう、とそんな魔王様を眺めていると、魔王様の身体を囲うようにして光の円が浮き上がり、その円が消える速さで広がったと思った時には、遠く視界をぐるりと囲む光の壁が現れて、そして少しの間を置いてゴッと響く音と共に細かく地面が揺れた。
何か、きっと、凄い事した。
魔王様が何をしたのか、ガルさんとロロさんに訊こうと思ったのだけど、2人はギュっと目を瞑り、両手で頭の耳を強く握っていたのでそっとしておいた。
とどめの一撃だったね…。
後ろからはまた「揺らすなよー」とジギーさんの気の抜けた文句だけが聞こえ、もう一度空を見ると魔王様がこちらへ降りて来る所だった。
「ユリエ、大丈夫だっただろうか、問題ないか?」
「はい、見ていただけなので大丈夫です」
「うむ、そうか。だがユリエは魔物を見るのは初めてだったろう?怖くはなかったか?」
そう心配そうな面持ちで私の前に足を下した魔王様が、マントを巻き込んで私の両手を握って来る。
何か不安があると握られるその手をしっかりと握り返して私が笑うと、魔王様は心配そうな表情を緩めてはにかむ様に笑った。
「怖いと思う前に魔王様が倒してしまったので、驚いただけで怖くはなかったです」
「もう少しゆっくり倒した方がよかっただろうか」
「ふふ、魔王様、凄くかっこよかったです」
「そ、そうか…これでユリエの心配を少しでも拭えるのならばよいのだが…」
嬉しそうに笑った魔王様に、最後の魔法はなんですか?と尋ねた所、しばらくここに魔物が来ないように、一定の範囲の魔物を消したのだ、と教えてくれて、耳を握っていたガルさんとロロさんは膝から崩れ落ちた。
お疲れ様です。




