81 獣人さん
私は今、絡まれている。
先日お掃除魔法が付与された箒を作って貰えたので、ずっと気になっていた城内広場を掃除していたら、そこへ外からやって来た人に絡まれたのだ。
この世界に来て初めての、チンピラとの遭遇である。
いや、チンピラと言っても軍部の人みたいな制服着てるし、きっと軍の人なんだろうけども…。絡み方がチンピラみたいで、どうしてもそう言う感想を抱いてしまうがあまり怖くはない。
何故ならその2人の頭上には、顔の横にある耳とは別のモフモフの耳があり、足元には尻尾が揺れている。
獣人さん、初遭遇。
魔族もエルフも異種族と言う事にはなるのだけれど、プリシラさんの耳が長い以外は私とパーツも同じだし、食べ物の好き嫌いだって特に変わらない。
今まではそこまで違う種族だって実感が湧かなかったものだけど、揺れる尻尾にたまに動くモフ耳、こうもまざまざと違いを見せられると、異世界なのは分かっているが、異世界なんだなって実感が湧いてしまう。
妙なテンションが上がってしまいそうではあるのだけれど、絡まれてるから絡まれた人らしく、神妙にしなければならない。
そして、神妙にしているせいか、物凄く匂いを嗅がれている……。
それは普通にやめて欲しいのだけど、獣人さんなりの安全確認なのかも知れないから、やはり動く事が出来ない。
魔王様には絶対見せられない感じだ。
そんな獣人さん。1人は男性でもう1人は女性。
2人とも共通しているのは制服。カーキのマントを左肩に下げ、トップスは利き腕の袖がないピッタリとした詰襟のロングシャツ。腰には太めのベルトと黒いボトムスに黒の編み上げブーツ。きっとこれも軍の制服なんだろう。
2人とも19・20歳くらいの元気そうな感じで、男性が濃い赤の瞳と短髪、それと同じ色をした犬か狼みたいなモフモフの耳と尻尾が見えている。
女性は少し緑を混ぜたような青いボブカットで、こちらも同じく同系色の瞳の色と耳と尻尾。でも形的にはきっとニャンコちゃんなのである。
毛艶がいい。
「おい!聞いてんのか!?何でお前みたいな弱い奴が城に居んのかって聞いてんだけど?!」
そう吠えるように威嚇して来るのはワンコさん。
身体が大きいから威圧感はあるけれど、覗き込むように私を見るその頭の上には大きなモフ耳。
怒るとちょっと後ろへ倒れるその耳の動作に、どうしても私は和んでしまう。
「覇気もないし身のこなしも素人。確かに変な匂いはしないけど、弱い。そんな奴が城に勤めるなんておかしい。侵入者か?」
冷静に、けれど無表情に私を見定めるニャンコさん。そしてその目は獲物を狙う目そのものだ。細くしなやかな筋肉のついた体躯で、逃げ道を塞ぐように立ち回るその足元には揺れる尻尾。和む…。
城内広場の柱に追い込まれる形で、そんな睨みをきかせる2人に覗き込まれながら、グイグイ迫られてはいるのだけれど、私はたまに動く耳や尻尾に目が行ってしまうのを止めるのに必死だ。
触ってみたい……。
「ええっと、ですから、ちょっと前に清掃員として雇って頂いたので、弱いのは自覚してますが、その辺は何とも…」
「はぁ!?そんな訳ねぇーだろ!この城では清掃員だって戦えてナンボなんだよ!痛い目見ねぇ内に吐いとけよなぁ!?」
「どうやって侵入した?魔力は多いから魔法師?答えろ」
もう答えたのだけど…どう言えば。
ああでも、魔王様と最初に会った時も、初めは当たりがきつかった。私は急に現れた不審者なんだから、怪しまれるのも仕方ない。と、オラオラで詰め寄る獣人さんに弁解しながら郷愁に浸っていると、外からレイ君が帰って来るのが視界に入った。
この間、レイ君は軍の人に対して燃やすとか言ってたので、こんな状況に何だか一気に焦ってしまう。
きっと2人が私に絡んでいたと分かったら、2人が危ない気がする……。
主に毛並みが。
「あ! ええっと! わ、私、急用が!!」
「は?逃げられると思ってんの??」
「笑わせるな」
逃げようと思ったが、やはりすんなり退路を塞がれて、ワタワタしている間にレイ君がこちらの様子にすぐさま気付いてしまった。
「あれ?ユリエ様?隊長2人も何やってるんですか?」
「レイさん!コイツ侵入者です!何かすげぇ弱いのが城に居る!」
そうワンコさんがレイ君を振り返って嬉しそうに尻尾を振っている。
そしてさん付け。
レイ君は小さくて可愛いのに、やっぱり凄いんだな。だって魔王様の次だもんな。そりゃさん付けだよな。なんて考えていると、可愛い筈のレイ君が凄い顔になった。
はぁ?燃やす? そう顔に分かりやすく書いてあるし、何なら少し火が出てしまっている。
やはりこのままでは毛並みが危ない。
「れ、レイ君!お帰り!私は大丈夫だから!落ち着いて…」
「ユリエ様。躾はちゃんとしないといけないんです」
レイ君はにっこり笑ったけれど、オーラが全然笑ってないし、レイ君の周りに渦巻く火が怖い。
「え?レイさん何で怒ってるんですか?だってコイツ…」
「煩い駄犬。ユリエ様から離れなさい」
「ええ!?」
レイ君の様子にワンコさんは私とレイ君を見比べてオロオロしてるし、ニャンコさんは黙って私の後ろにスイッと移動して隠れるように立っている。
状況判断が出来ている。
「レイ君!お菓子!またクッキー作るから!マドレーヌも作るよ! だから、ね?」
「……ユリエ様。こいつ等にもユリエ様の事は伝わっている筈なんです。なのにこのざまなんですよ?少しは怒らないと…」
「でも、何かされた訳じゃないし、初めて会ったし……」
レイ君の言葉に、ワンコさんが目を見開いて勢いよく私を見ると、もしかして異世界から来た人!?と今理解したらしい言葉を発して、ニャンコさんは後ろから私のスカートを強く握った。
弱い盾で申し訳ないけど頑張ります。
「失敗は成功の元とも言うし…仏の顔は三度まであるって聞くし……」
「……。はぁー…もう。ユリエ様に免じて燃やすのは止めますけど、上下関係ははっきりさせとかないと駄目です。獣人はその辺大事なので」
そう言って、リアル鎮火されたレイ君が、ワンコさんの前から私の手を引いて自分の横に立たせ、私のスカートを握っていたニャンコさんの手は不安気に離された。
振り返ると、物凄く困った顔をしている獣人さん2人の頭の耳が、ペタンと倒れてしまっている。
分かりやすい。そして物凄く庇護欲をそそる……。
「ユリエ様、ファンタジー水出してくれませんか?」
「いいけど、どうするの?」
私が言われるがままにファンタジー水の入った水瓶を出すと、それを見た獣人さん2人の毛がボッと逆立った。
瞳孔も縦に伸びて、とても獣らしい目つきだ。
何それ可愛い。
レイ君はそんな2人をよそに、自分の収納袋からグラスを取り出して私に渡す。
「ユリエ様、飲んで下さい」
「分からないけど、分かった」
何だかよく分からないけど、飲めばいいんだな、と私がファンタジー水を一杯汲んで、おもむろに飲もうとすると、そんな私を獣人さん2人が慌てて止める。
「おっおい!そんな濃い魔素水飲んだら…っ!」
「だ、駄目!危ない…!」
「黙ってなさい!!」
再びレイ君にピシャリと怒られて、一応は黙ったけれど、とても心配そうに耳を伏せた2人が見守る中、私がファンタジー水をごくごく飲むと、飲んでる間に獣人さん2人はどんどん顔が青くなる。
そして尻尾がボーボーに膨れているのがこう言っては何だが、とても可愛い。
「え、ええ、えええええっ」
「……嘘…」
飲み干したグラスを口から離すと、はぁ、と息が漏れる程にファンタジー水はいつも美味しい。
確かに魔力過多を起こさずに飲めるのは凄いのかも知れないけれど、私の感覚では、ただ美味しい水を飲んだだけなので何とも言えない。
しかし獣人さん2人は愕然に固まり、飲み終わった私をじーっと見ているので、美味しいよ?と声を掛けると、2人はハッとしてから私の前に膝を突いた。
そして、どうぞ、と言わんばかりに頭にある耳を私に向けている。
「オレは長狼族のガル。遠征隊で三番隊の隊長をやってます。アナタの強さは分かった」
「猫は猫永族のロロ。二番隊の隊長。強いの好き」
え、何、モフ耳、触ってもいいの?
差し出されているモフ耳の誘惑に私が手を伸ばすと、レイ君が私が触れる前にそのモフ耳を潰すように握った。
あああ!私のモフモフが!
「何を勝手にユリエ様と主従関係結ぼうとしてるんです!そんなの許しませんよ!!」
「だって強いから!」
「レイさん猫から誇りを奪うなんて酷い!」
頭上の耳を握られながら抗議している2人を他所に、レイ君が溜息を吐きながら教えてくれたのは、獣人さん独自のルールについて。
獣人さんは魔族以上に強い人がとても好き。強いと認めた人に主従関係を結んで貰うのが誇りになるらしく、耳を触らせるのがその証なのだとか。
そして耳を触ると側にいてもいいと承諾して貰った事になるらしく、何か使命を与えないとずっと付き纏って、更に気に入ると、尻尾まで触らせようとしてくるらしい。
そんな尻尾は恋人や婚約者、家族以外は触ってはいけない物で、求婚する際には尻尾を絡めるのが獣人さんの求愛行動。
なので、耳も尻尾も安易に触ってはいけないとレイ君が厳しく教えてくれた。
危ない。知らなかったら絶対触ってた……。
レイ君は既に2人のモフ耳は、昔押し付けられるように触った事があるらしく、2人はいつか魔王様にも耳を触って貰うのが夢らしい。
そして、軍に卸している美味しい自称ポーションや脱毛カミソリを作っているのが私だと知って、2人は隙あらば耳を近付けてくるようになった。
誘惑が酷い。




