80 男子会 ジギーside
オレは今、とても逃げたい。
魔王様が魔法を制御できなかった時や、引き籠った時にも、こんなに悩んだ事はないかも知れない。
だが逃げられない。何せここは、オレの部屋だ。
使う事もなかった丸テーブルが引っ張り出され、それを囲むように隣にはヨウグ、目の前には魔王様が座っている。
何でこうなった。
さかのぼる事数時間前、城に保管していた量では全く足りなかった結界石の採掘を軍に要請し、後は届くのを待つだけって時に、久々に魔王様から手紙が届いた。
その手紙はどうやらオレとヨウグにしか届いてないようで、内容は『男子会をしたい。ジギーの部屋へ行ってもよいだろうか』なんて書いてあるから驚いた。
引き籠ってた魔王様が出て来た事も、前向きになった事も、本当に喜ばしい事だしユリエさんには物凄く感謝してる。
でも、魔王様に何教えた? そう思った。
どうやら男子会ってのは、男同士でしか話せないような事を話すらしく、魔王様がユリエさんに女子会を教えて貰って、自分もやりたいと思ったんだとか。
うん。それはいいよ。まぁいいんだよ。
自分からこうやって面と向かって会おうとするとか、ちょっと前なら絶対なかった事だしさ。
でも、問題はその内容だよ。
「キ…キスとは、どのようにすれば、よいのだろうか……」
真っ赤な顔した魔王様が、すげぇ真剣にそう言って、オレは思わず目を閉じた。
逃げたい。
隣に居るヨウグなんかは目が落ちるんじゃないかってくらい目ぇひん剥いてるし、ヨウグ固まってて答えられないだろうってなったらオレしか居ない訳で。
「…レイとか、その辺詳しそうじゃないですかね?」
「こ、このような事!子供には聞かせられない! ジギーとヨウグにしか聞けないのだ!」
ですよねぇ。魔王様ならそうなるよねぇ……。
でも三兄弟も居るよね?何で省いたの?年下だから?あいつらの方が知ってると思うんだけど…。
逃げたい……。
「いや、魔王様だってキスくらい知ってるでしょ?わざわざ聞かなくても…」
「しっ知ってはいるが、詳しくは…その、知らないし、ゆ、ユリエが“したいのか”ではなく“してくれるのか”と言ったのだ!だっだから!事前準備と言うか…い、いつかの時に!期待を裏切る訳にはいかないではないか!!」
あぁうん。そうね、そうだね。
でも何なのこの難題。キスのやり方?子供の頃ならまだしも、大人になった魔王様にでしょ?
どう説明すれば正解?
口と口を合わせるんですよ~なんて可愛い答えでいい訳ないよね?だってそこは知ってるんだから。
これもう一発先の話だよね?
あー…いや、分かる。分かるよ。そう言う大きな声で話せない系の事って、知る機会ないもんね。
オレだってもっと若い頃には興味もあったし、やりたいな~とか思った事もある訳で。でも、そう言うのって若い頃に仲間内で話す事だしさ、興味本位で娼館とか覗いちゃったり、経験した奴の自慢話聞いたりとか……まぁ、魔王様にはそう言うのなかった訳だし……教えてくれる人も居なかった訳で………知りたくなるのも分かるんだけど…。
ここで聞かなくても良くない?
何で城に籠ってるオレ達なの?
縁遠いよ!!
誰か逃がして……。
「…ほっ本には!そう言う事は書いておらんのだ!そっそれに!本に頼ってばかりではいけないと…!だっ、だからこうやって聞いているのであって…!!」
「あー…ですよね、そう言う本ってないですもんね」
「…う、うむ…そ、それに、あったとしても、そのように破廉恥な物…確かに…き、気にはなるが、読むのはどうかとも思うし…」
「あー……ですよねぇ……」
んぁー…もうきつい…。
ユリエさん、ほんとユリエさん、マジ勘弁してユリエさん。言い方一つだよユリエさん。
固まったままのヨウグの足をテーブルの下で蹴る。
固まってないでちょっとは加勢しろ。
「お、俺は、その、こんな見た目だからな。経験がそんなに、その…じ、ジギーの方が経験あるだろ!?ほら、前に街の道具屋の娘さんと良い感じだったじゃねぇか!」
思わず目ぇ見開いてヨウグを見てしまった。
まさか…売りやがったコイツ……後で覚えてろよ…。
「な、なるほど、では、ジギーは経験があるのだな」
「待って待って、その娘とは何もなかったし。経験も…ないし……」
何でオレこんな暴露させられてんの?泣きそうなんだけど…。
「ジギーもないのか?」
嬉しそうにすんなよフレン!オレは魔道具作ってるのが楽しいの!現在色恋とか興味ないだけだから!!
ってかヨウグ、安心してんじゃねぇぞ。お前の情報だって知ってんだからな!
「ヨウグは経験ありますね。何せ若い頃修行先の獣人の女料理長に、料理以外も教えて貰ったらしいんで」
ヨウグが振り向いた風圧でオレの髪が揺れる。
ははは、すげぇ顔してるな。まぁ頑張れ。
「なんと…」
「あっあれは!若気の至りで…!結局ふられたんだ!だからっ!!」
「しかし、経験はあるのだろう?何か気を付ける事や、そ、その、作法などは…」
作法。 あるの?キスに?作法?ってあったっけ?
いや、落ち着けオレ。キスって要は触れるって事だし、あの触れるの絶対駄目ってなってた魔王様が、触れた後の事考えてるって相当よ?これしっかり考えた方がいいんじゃないのか?
そう思ってヨウグの足をもう一回蹴る。別に考えるのがオレじゃなくてもいいと思う。
言え。ってのは伝わったらしく、ヨウグが言葉を探しながら難しい顔で口を開いた。
「さ、作法は、正直分からねぇが、な、なんとなく、そんな雰囲気になるって言うか…」
「う、うむ。それで?」
「え、いや、その、こう、いい感じに…?な?」
「わ、分からん!ちゃんと言わんか!」
「ふ…普通に、相手の口に………」
頑張れヨウグ。思った以上に頑張ってるが、魔王様に負けじとお前も顔真っ赤だな。
椅子に沈んで観察してたが、テーブルの下でヨウグに足を蹴られた。普通に痛い。
しかしもう降参か…もっと頑張れよ。
仕方なく救援を入れる。言いたくないみたいな雰囲気になって魔王様が会うの躊躇うようになっても嫌だしな。
頑張れオレ。
キスではない。物理接触だ。
「歯とか当たらないようにしたらいいんじゃないですかね」
「そっそうか!なるほど!それで?!」
え?まだ駄目?これ以上何を言えと?!
ほんとしまった。救援になんて出るんじゃなかった…。
「え、ええーっと…そうですね、角度…とか?」
「ど、どのような…」
どのような。と。
魔王様は真剣だ。真剣に学ぶ姿勢は良いと思う。だが、いや、ねぇ、ほんと勘弁して?もう魔力暴走しそうなんだけど。魔王様、そんな目ぇ輝かせてオレを見ないで。
経験ないって言ってんじゃん!!
あー、い、いや、頑張れ、考えろ。角度、角度だろ?
「せ、正対すると鼻当たる訳だし、45度くらい…じゃ、ないですかね」
「45度?もう少し傾くんじゃねぇか?」
ヨウグてめぇ、何話題に食いついてんだ!後でいわす!ほんとその口開かないように錬成してやりたい!
と、思ったけど、ヨウグが口を挟んだから質問の対象がオレからヨウグに移動した。
ははは、ヨウグ、よくやった。
「そうか…では、もう少し深めの方がよいのだな?」
「うっ…しまった」
ヨウグ、口に出てるぞ。
角度の指導が行われているのを眺めながら、誰か助けてくれないかなぁ…って考えてたら天の助けが部屋をノックした。
「ロイです。ジギー様はいらっしゃいますか?」
「居るよー」
失礼しますと言って扉を開けたロイが、そこに居る面々を見て少しだけ眉を動かした。
あれは何かに気付いたな。よし、ロイ、オレを助けろ。
「お邪魔でしたでしょうか。改めた方が良さそうですね」
「え、何、要件あったんでしょ?」
逃げないで、助けてロイ!って気持ちを凄く込めてそう返したら、少しの溜息と共にロイは部屋へ入ってくれた。
さすが精霊の血。
「僕の要件は結界石の採掘についてですが、それは追って書面に致します。で、皆様は何のご相談を?」
子供に聞かせられないと思ってる魔王様が、ロイの問いに一瞬肩を揺らしたが、ヨウグがそれをぶった切る。
「き、キスのやり方を…」
「よっヨウグ!い、いかん!子供に聞かせては…!」
お前助けて欲しいからって見境ないね。魔王様が慌ててるじゃないか。
そんなオレ達に半眼になったロイが大きく溜息を吐いた後、キス以上の情報を、それもとびきり詳しく魔王様に説明して、呆けた感じで聞いてた魔王様がどんどん赤くなって、最終的に魔力暴走させて物は消すし、城は揺らすし、ヨウグは詳しく聞きたがるしで何かもう…何なんだもう……。
とりあえず、消えて行く家具とか部屋とか壁の中で、魔力を張って自分の周りを防ぎながら、もし次があっても男子会の前にどうにか逃げる方法をオレはずっと考えていた。
後、ロイは先生と呼びたい、そう思った。




