6 ステータスの前に
ステータス。
その概念がこの世界にあるのなら、魔法は使えなくとも、今後のこの世界で生きる参考にする為に、この世界の自分の情報が知れるのはとても役に立つのではないだろうか。
とても知りたい。
「あの」
「なんだ!」
まだ真っ赤な顔を大きな両手で覆い、必死に何も見ませんと言わんばかりのイケメンさんに、何だかこちらが申し訳なくなってくるし、そんな相手にステータスの内容教えて欲しいとは更に言い辛い。
「あの、大丈夫です。私が危険な人物か確かめる為だったんですよね?なら、必要な事だと思いますし」
「しかし…」
「ステータス見せる事で、危険じゃないって判断して貰えるなら、きっと自分から視て下さいってお願いしてたと思いますし、ね?」
「……そう…か?」
本当に?と、困った顔を覆った手を緩め、こちらにお伺いを立てる様は悪い事をした犬が申し訳なさそうな顔をするそれと似ている。
何だか表情の良く変わる人だ。考えてる事とか隠せなさそう…。
「それに、今後の為に、私も自分の事知りたいので、内容、教えて貰えると有難いです」
そう私が真面目に頷くと、少し考える素振りはあったけれど、顔の赤みも収まって落ち着いたイケメンさんが頷き返した。
ゆっくりと朝日が昇り、森の瑞々しい空気が漂う中、朝日にキラキラと照らされ始めた【死の泉】の畔で、5メートルの距離は維持したままイケメンさんと私は向き合う形で座り直す。
地味に地面が痛いけれど、今はとりあえず話が聞きたい。
「まず、ステータスを話す前に、お前に訊かなくてはならない事がある」
そう真面目にこちらを見ているイケメンさんに頷くと、少しだけ言い難そうに、視線を彷徨させて言葉を選んでいるイケメンさんがチラリとこちらを見る。
「その、言いたくなければ、言わなくともよいのだが…」
そう言葉を切ってから、イケメンさんが意を決したように息を整えてしっかりと私を見据えた。
「お前は、異世界から来たのではないか?」
その一言で心臓が跳ねた。
そうだ、と言ってしまって大丈夫なのか、秘密にしなければいけないのか。判断がつかないまま体を固くした私に、イケメンさんが慌てたようにこちらの反応を手で遮る。
「大丈夫だ!危害を加えるつもりはない!そして知ったからと言って何かを課すつもりもない!だから…そう警戒してくれるな」
困ったように、言葉を選ぶように、イケメンさんはこちらを気遣いながらゆっくりと言葉を続ける。
「私は、異世界の人間を見るのは初めてではない」
「え?」
「以前、異世界人に会ったのは200年程前の事で、私もまだ幼く、父が対応していたのを傍目で見ていただけなのだが、確か、種族は【勇者】で、召喚されたと言っていた」
「…え、え?」
「人族の王に魔王討伐を課され、父に挑んで来た所を取り押さえたらしいが…」
「すっすいません!少し、待って頂けますか…!」
待って待って、情報が多すぎて、過多。情報過多です。
そんな現実とは思えない情報に、一気に頭が熱くなった気がして、止めるように出した反対の手で頭を支える。
え。この世界、魔法があるのは分かったし、魔素も魔力も分かったけど、召喚とか勇者とか魔王とかもある系の世界なの?
ステータスもあったりするんだから、結構なファンタジー世界なのかも知れないけれど、ファンタジーならファンタジーなりの決まり事とか文明的な物がある訳でしょう?そんな中でじゃあ何か、私はファンタジーな水を飲んで一発やらかして、それを確認しに来た魔王の息子さんと遭遇し、物凄く親切にして頂いて寝落ちたお世話をして頂いたと……?
えぇ……これもう既に、やらかし過ぎではないでしょうか?
見事なファンタジー世界である事は分かったけれど、ここは現実。目の前に居る魔王の息子さんも、現実味を帯びない美術品のようなイケメンだけど生きている。
物語を読むように傍観している場合でも、他人事のように考えている場合でもない。
渦中だ。
そして目の前におわすお方、こちら魔王の息子さんと言う事は王子さまであると言う事。
偉い人だ。これは、私、もうずっと頭が高かったのでは……。
「ま、まずは…度重なる無礼、誠に申し訳ございませんでした…」
そう理解した現実で地面に額をつけるよう頭を下げた私に、土を擦る音と共にイケメンさんが動いた気配がする。
「やめよ!そ…そんな事は望んでいない!」
「しかし…貴方様は魔王様のご子息で、王子様であらせられると言う事で……」
頭を下げたままそう返すと、少し向こうで小さな溜息が聞こえた。
「いや。今は私が魔王だ」
ああ……また凄い事をサラッと言った、この人…いや、魔王様。
「…では、尚更」
「…私は、そのように頭を垂れさせるために魔王になった訳ではない。頭を上げて欲しい…そして、どうか先程までのように話して欲しい……」
そうは言われても、いい魔王様なのだから怖くはないが、この世界で頭を上げていいものなのか、それが正解なのかが分からなくて頭を上げない私に、魔王様が「頼む」と弱弱しく呟いた声に眉が困る。
その言い方は反則なのでは……。
「…………。不敬罪とか、ないですか?」
少しだけ顔を上げて魔王様を窺うと、そこには縋るような、とても悲しそうな顔をしたイケメンさんが私を見ていた。
わぁ、何それ、イケメンを使った反則だ。
「そっそのような決まりはない!だから、その、そのように繕った態度は必要ない!」
「……分かりました、後でやっぱり、は無しでお願いします」
まだ少し困惑はあるけれど、顔を上げて魔王様をしっかり見据えると、悲しそうな表情からゆっくり頬を染めて笑い、うむ!と嬉しそうに返事をした魔王様。
うん…。さすが魔王様、凄い攻撃だ。美しさが眩しい…。
イケメンさん改め現魔王様は良い人。
魔王って聞くと、やっぱりイメージとしては魔界の王様みたいなイメージが先行するけれど、ここは魔界には見えないし、目の前の魔王様は悪い人には全く見えない。
むしろ、尻尾があったら凄い勢いで振ってそうな感じで私の言葉を待っているし、やっぱり色々知らないと、前の世界のイメージだけでこちらの常識を測るのは良くなさそう。
ならば、ステータスも知りたいけれど、ちゃんと生きる為にもこの世界の情報が欲しい。
「あの…詳しく伺いたい事が色々あるのですが…」
「ああ、何でも、たくさん聞くと良い!」
訊きたい内容を纏める為に悩む私に、イケメンさんは長いまつ毛を緩めるように目を細めて嬉しそうに笑う。
何だろうか、聞きたい事があるってだけで、そうも嬉しそうにされると、訊きたい内容が頭から抜けそうになる…眩しい…この世界の魔王様は朝日より眩しい……。
「じゃあ、まず、年齢が、200歳?を超えてるんですか?」
「うむ。昨夜も話したように、この世界の年齢は持って生まれた魔力に比例する。私は魔力がかなり多いので後十数倍は生きるだろうな」
「十数倍…」
既に200年を生きた感じはちょっと想像できないけれど、魔王様なんだしそんなもんなんだろうか。そして魔力と寿命がイコールなら、長く生きる感覚とかも、この世界の人達にとっては当たり前の事なんだろう。
「あの、その召喚された勇者さんはその後どうなったんでしょうか」
「勇者は人族の王に在らぬ情報を吹き込まれていたようで、人族の国には帰りたくないと、その後は我が国の者と結婚し、最近天寿を全うしたと聞いた」
「最近…」
「確か…30年程前だったか…?すまない、私もその辺りはしっかりと聞いていなくて…」
「いえ、大丈夫です…」
申し訳なさそうに眉を困らせる魔王様に、ぎこちない笑顔を返す。ぎこちなくもなる。
勇者先輩も、長生きだねぇ……。
魔王様が勇者先輩に会ったのが200年前、そして30年前まで勇者先輩が生きてたって事は、勇者先輩の寿命は最低でも170年以上。
異世界から来ても寿命が魔力に比例するなら、きっと私も魔力に比例する寿命と言う事になる。
長そうだなぁ…。とは思うけれど、こればっかりは生きてみないと分からないのだから、今はとりあえず飲み込んでおこう。
しかし何より、勇者先輩は結婚して寿命を迎えるまでこの世界で過ごしたなら、異世界人でも普通に生きる場所はあるって事だ。
それはとても朗報だ。
普通に生きられる場所があるなら、寿命が長かろうが何とかなる気がする。
けれど、気になるのは異世界人の扱い。
勇者先輩は勇者だったから色々何とかなったかも知れないけれど、私は召喚されたと言うより落っこちた系。魔法も使えないし身の保証もないのだから、出来るだけ身の危険は避けていきたい。
それにはやはり、異世界人だって言わない方がいいのか、言ってしまっても平気なのか……。
「あの…それで、私もよく分かってないんですが、多分私は異世界から来たんだと思うんですけど……」
「うむ」
「この世界で、異世界人は…どんな扱いなんでしょうか」
少し言葉にするのは怖かったけれど、この優しい魔王様だからか尋ねる事が出来る。
しっかりと見放さずに聞いてくれるし、答えもくれる。
何も分からないこの状態で、それは本当に心強く有難い。
そんな有難い魔王様が私の質問に小さく頷き、そしてしっかりこちらを見る。
「異世界人の扱いは国によって違うだろう。我が国、魔国は多くの種族の暮らす国だ。異世界人であろうが皆扱いは同じ。どんな種族であろうが民は民だ」
だが、と言葉を切った魔王様は少し眉根を寄せてから言葉を繋げた。
「異世界人は特殊なスキル、ユニークスキルを必ず持っていると聞く。この世界の人間にも持つ者はいるが、とても希少だ。その中でも、異世界人の持っているユニークスキルはこの世界に類を見ない物。故に、それを利用しようと悪心を抱く者も少なからずいるだろう。信用のない者には、異世界人である事を口にするのは控えた方がよい」
そう告げられると、少し世界が暗くなったような気がして、頷く事しかできなかった私に魔王様が静かに大丈夫だ、と頷き返す。
「この世界で他者のステータスを見る方法は【魔眼】か[鑑定]、そして[鑑定]の付与された魔道具だけだ。だがその魔道具も、【魔眼】や[鑑定]も持つ者もとても少ない。私が見たお前のステータスにも、確かにユニークスキルは存在するが、用心さえすればそれを知る者は限られる」
「はい…」
「不用意に自分が異世界から来たと言わない事、そしてこの世界の常識を学べば、そうそう勘付かれる事もない。大丈夫」
大丈夫だよ、と繰り返した魔王様は少し困った顔で微笑んでいる。それだけで、私の不安はとても薄くなる。
この人はとても優しい…。有難い。
私ができるだけ怖がらないように、安心できる内容を添えて教えてくれているのだ。
腿の上に乗せた手をぎゅっと握り、ありがとうございます、と呟くと、魔王様は少し照れたように小さくうむ、と頷く。
私の為に、心を砕いて伝えてくれる有難さに頭が自然と下がる。
異世界で、初めて会った人がこの人で良かった。




