5 スケスケ眼鏡
起きたら知らない天井どころか、突き抜けて朝日に白みかけた空だった。
ああそうだ、異世界に来てたんでした。
そんな認識と共に、手の下にある土の感触で地面に寝ていたのだと理解する。
しかしながら、少し体は痛いけれど、地面に寝てた割には動けるな、なんて感心しながらゆっくり上半身を起こすと、肩からスルリと黒い布が膝に落ちて、ふわりと良い匂いがする。
「…気付いたか」
「へぁ!?」
急に掛けられた声にビクッと跳ねて声のした方を見ると、そこには朝日に輝くイケメンがいた。
眩しい。
そうだ、昨日親切にしてくれたイケメンさんだ。と起きたての頭で辿り着いたその人は、昨夜より少し近い、5メートル程先に座ってこちらを窺うように見ている。
「その…平気、だろうか」
何の事だろうと首を傾げると、気まずそうなイケメンさんが言葉を続けた。
「昨夜は、すまなかった。…その、配慮が足りていなかったと言うか、怖がらせるような事を言ってしまって…その……」
最後の方はモゴモゴと、そしてそのまま言葉を詰まらせたイケメンさんの視線は逸らされたものの、その視線はたまにチラリとこちらを窺っている。
謝られてはいるけれど、謝られるような事があっただろうか?
そう昨夜のことを思い出していると、最後の辺りで私が固まった。
そうだ、私、泣き落ちしたんだ。
「こ、こちらこそ、大変ご迷惑をお掛けし、申し訳ありませんでした!」
そう慌てて頭を下げた私の顔はきっと真っ赤だろう。いい年こいて泣いてそのまま寝るなんて、穴があったら入りたい。そして更に埋めて欲しい。
埋もれるように謝る私に、向こうでは焦ったように、え、いや、と慌てる気配がしている。
お見苦しい謝罪で重ねて申し訳ない……。
「おっ、お前が謝る事はない!わ…私がお前の不安を煽ったせいなのだから…あ、謝る必要はどこにもない…」
だから、と言ってまた声は止まる。
途切れた言葉に顔を上げると、俯いてどうしたらいいのか分からない、と顔に書いてあるイケメンさんが困った顔で視線を落している。
イケメンさんはどうやら昨晩自分が説明した内容で、私を不安にさせた事を謝っているらしい。
確かに不安にはなったけれど、何も知らない私に解るように、面倒がらずに説明してくれた上、その不安を拭ってくれた事には感謝しかない。
その上起きるまで見守ってくれていたのだから、イケメンと言う生き物は全てがハイスペックで出来ているのだろうか…。
「いえ、あの、色々教えて下さって、とても助かりました」
「しかし…!」
そうイケメンさんは一瞬顔を上げたけれど、すぐにまた俯く。そして俯いて流れた銀髪が朝日でキラキラと輝いてとても美しい。
などと、謝られているのにどうにも美術品に見えて申し訳ない。
そんなイケメンさん。昨夜と少し雰囲気が違う気がするのは、会った時に羽織って居たマントがないからだろうか。
そう思って膝にある黒い布を見る。
それは、やはりと言うべきかイケメンさんのマントだ。
うわ、マジでイケてるメンズだ。
「あの、マント、ありがとうございます」
「…ああ」
「寒くなかったですか?」
「平気だ」
「ずっと、起きるの待っててくれたんですか?」
「うむ…」
「もしかして、寝ずに?」
「何日か寝なくても平気だ」
「あの…ありがとうございました?」
言葉を交わしながら、私はイケメンさんのマントを畳んでイケメンさんに差し出しているのだけれど、チラリと品物は見るものの、受け取られる気配は全くない。
お礼の言葉が足りなかったのか?と思って更に感想を付け足してみる。
「あの、このマント温かかったし、とてもいい匂いがして、その、快適でした」
すると、付け足した感謝に勢いよく顔を上げたイケメンさんは、な、とか、は、とか言いながら、どんどん顔が赤くなる。
「…っは…は、破廉恥な!!」
破廉恥。
異世界の銀髪イケメンが破廉恥って言った。
なんだろう、とても神聖な物を穢した気分。
そう何とも言えない気分を表情に出さないように頑張るが、いや、でも確かに、嗅ごうとして嗅いだ訳ではないけれど、嗅いでやろうと匂いを嗅ぐ行為自体は破廉恥かもしれない。
「すいませんでした」
「あ、いや……」
そんな謝罪と共に何とも言えない空気が辺りに流れ、それを察したのかイケメンさんが赤い顔を背けながら地面を指した。
「そこに…置いてくれればよい」
はい、と頷いて畳んだマントを自分の少し前に置くと、イケメンさんがマントを指した指をクイッと上げ、すると畳んだマントが浮き上がり、フワフワ移動してイケメンさんの手に収まった。
「凄い、それも魔法ですか?」
「…こんなもの、魔法とも言えぬ代物だ」
「私にも出来るでしょうか」
「これをか?」
ふむ、と少し悩んでから、イケメンさんは赤みの引いた顔をこちらに向ける。
「これは風の魔法を意識している。風の属性に適性がなければ使えないだろう」
「なるほど」
「そしてお前には適正がない」
「ん?」
「お前には、どの属性にも適性がなかったと思う」
なん…だと
イケメンさんの絶望的な宣告に、私はそれをサラッと口にしたイケメンさんを見つめたまま唖然と固まってしまった。
きっと私は今、悲しみと絶望に溢れた顔をしているだろう。
異世界に来たのに。魔法もあるのに。
まさか魔法が使えないなんて悲し過ぎやしませんか…。
絶望、と悲しんでいる私を見ていたイケメンさんの顔が、何故か見る見るうちに再び真っ赤に染まっていく。さっきよりも赤いかもしれない。
「ちっ…違う!その!見たが!見ていない!!そんな破廉恥な事…っ!私は…っ!」
え、何。急にどうしたの?
何を見たのか、何が破廉恥なのか。イケメンさんはワタワタと必死に両手をふりながら、見ていない!と連発している。
え、異世界に来て魔法が使えないのも気になるけれど、イケメンさんは一体何見たの?
さすがに、そんな必死に見ていないと言われると、何を見たのかとても気になるし、それもイケメンさん基準で何やらの破廉恥に該当する事ならば尚更気になると言うものだ。
「いやっ…勝手に見た事は謝る!!しっ仕方なかったのだ!昨夜、異性といえど、お前が何者か見定めるために、確かに見たが!そんな!疚しい思いではなく…っ!」
ん?何だかこれ、イケメンさん的には破廉恥らしいが、破廉恥な事ではないんじゃない?
だって危険かもしれない何者かを見定めるために匂いを嗅いだ。に変換しても、イケメンさんに言わせれば破廉恥だが、私としてはセーフだ。
「あの、一応、何を見たんですか?」
「うっ……」
私の問いかけに、泣きそうな表情でフリーズしたイケメンさんは、真っ赤な顔をゆっくりと俯かせる。
「す…ステータスを……見た…っ」
「ステータス…」
湯気が出そうな程真っ赤に染めた顔で、ギュッと目を瞑り、絞り出すような声でそう言葉にしたイケメンさんは、私の復唱にコクリと頷く。
ステータスならセーフなんじゃないだろうか。何故そんな破廉恥だと焦る必要が?見る方法が破廉恥なの?
「その…ステータスって、どうやって見るんですか?」
「わ、私は、【魔眼】持ちなので…その、見ようと思えば、相手の情報が、頭に、うかぶ感じで…」
魔眼かぁ。よく分からないけど何でも見えそうだし、このイケメンさんなら持ってそうだけど、ステータス以外も見えてしまったりしたんだろうか。
「魔眼って、どんな事が見えるんですか?」
「その……見ようと思えば、色々、見える…」
色々………。
え、スリーサイズ的なやつも!? もしかして、服とかも透けて見えるんだろうか!?それはとても嫌だし、とても破廉恥だ。
ここは何を見たのか、しっかりと聞いておく必要がありそうだな……。
「あのぉ…何を、ご覧になったんでしょうか………?」
私の声が疑うように低かったせいか、イケメンさんはビクリと肩を震わせて、震える声で私に懺悔を始めた。
「な…名前と、種族、強さや年齢、スキルと、後…ユニークスキルも見た……!!」
…………うん?
普通……じゃない?
普通の、よくある定番のステータスっぽい内容に聞こえる。
うん。普通にステータスのみっぽい。
だが、イケメンさんはとうとう真っ赤な顔を両手で覆い、異性のステータスを勝手に視るなど許せないだろうが、どうか許してほしい!と、両手の隙間から叫んでいる。
……本当に、本当に申し訳ない。
こんなピュアなイケメンさんを、スケスケ眼鏡的な不純な目で疑った私こそどうか許して欲しい。
破廉恥なのは、あなたをそんな目で見た私だと思う。
ピュアなイケメンが眩し過ぎて、私の穢れが深くてつらい。




