67 視野
何の情報もないような、ただそこで目の前を見ているだけ。そんな光のない瞳が私を見ている。
そしてその小さな子供の口から、私はこの世界を知る事になった。
「僕らはとても幼い頃、人族の人攫いによって奴隷として捕えられておりました。その人族は奴隷を使ってスキルを取り出す研究や見世物業をやっていた。僕は魔力回路を実験に使われ魔法が使えなくなり、レイは幾度も戦わされてボロボロになった。生きている内に助けられた事は運がよかったと思います。そう言う経緯がありますので、僕は人族が嫌いです。むしろ憎いとさえ思う。 全ての人族がやった事ではありません。だからこれは僕の八つ当たりになりますが、それを受けた貴女はどうですか?貴女はどんな人族ですか?」
私は何の表情も浮かべられず、黙ってそれを聞いていた。
レイ君は私をとても心配そうに見ている。その心配の中には、拒絶を恐れる色が見える。
奴隷…この世界にその制度はあるかも知れない。そうは思っていたけれど、実際耳にするのも、こんなシビアな内容も、この世界に来てから初遭遇だ。
それが、こんな身近に存在していた事に、複雑な衝撃を覚える……。
前の世界で、奴隷と言う制度がなかった訳じゃない。ただ私の住む国ではなくなったものだ。そしてその国はとても平和で、その平和を当たり前に享受していた私は、これからこの世界の当たり前を受け入れていかなければならない。
でも、知らない事が多すぎる…。
戦う事が身近で、魔物が居て、魔法がある。
魔王様の事に、目の前の事に気を取られて、世界に目を向ける事をしていなかった自分に気が付いた。
知らなければ、判断をミスる時が来る。
それでは駄目だ。
ずっと魔王様の事ばかりでお城の外に目を向けなかったけれど、世界は広がっている。
私の知るそこだけが世界ではなく、その外にこそ世界は広がっていて、今も沢山の事が起こっている…。
それは魔王様が逃げずに守ったものだ。
なのに私はそこに目を向けなかった。今の境遇に、この恵まれた環境に甘えていたんだろうな……。
事実私は皆が当たり前にしている『戦う』事すら知らないのだから。視野が狭かった事は反省に値する。後でしこたま反省しよう。
溜息が出そう…。
しかし、溜息にして発散する前に、しっかり考えなければ…。
ロイ君の言った内容は、平和ボケした私にとっては衝撃的で、全く実感は湧かないし、こちらの世界の奴隷制度がどういった使われ方をしているのかも分からない。
ただ、攫って、奴隷にして、酷い事をした人族には嫌悪感しかない。
でも、言葉だけではその内容を、その重さを全く受け留めきれていない…。
ただ、自分がロイ君達の立場だったら、そんな事した種族に近付きたくないし、関わりたくもないと思う。
それがその種族の全てでなくても、そんな現実が現在進行形な世界なのだから、やらかした種族を疑ったり構えたり、信用が地に落ちた状態から始まるのは頷ける。
だから、きっとそこじゃない。
そんなのはロイ君の中で大前提なのだ。
それを踏まえた上で、私はどんな人族なのかを訊かれている……。
考えろ、私。
そう一つ息を吐いて、しっかりと頭に酸素を送る。
八つ当たりも本当、信じたいのも本当、でも嫌いなのも拒絶する気持ちも本当。許せないのも本当。そしてそこには葛藤がない。
それはそうだ、だってすべてがロイ君の本当なのだから。
だからこれはロイ君の、何も隠さない本当の自己紹介。そしてロイ君と言う人の、私を知る方法なのだ。
これは、きっと試されている…。
瞬きするのを忘れた目が痛みを訴え、そんな痛みに現実に引き戻されて私は口を開いた。
「…私は、異世界から来た恐らく人族です。ステータスでは[半人]と表示されてて、多分、魔力の多い人族じゃないかって事以外は分からない。 気が付いたらこの世界に来ていて、【死の泉】を飲んでた所を魔王様に拾って貰いました。ユニークスキルは【生活魔法】で、主な効果が掃除なので、清掃員を希望しました。詳しい効果は色々検証中です」
「……」
「魔王城に居る人達はとても親切で、とても好きです。魔王様とはお付き合い…いえ、婚約させて頂いています。心配してくれるレイ君も、すごくしっかりとした自己紹介をくれたロイ君にも、好感が持てます。 皆大切にしたいです。これからは、視野を広げつつ、魔王様の魔力回路を治す為に尽力したいと思っています」
視線を上げて、そう言い終わった私を見ているロイ君が、少しの沈黙の後に首を傾けて私に質問を追加する。
「奴隷については、どうお考えですか?」
「今も、不当に奴隷にされてる人はいる?」
「僕等の後からはありませんが、まだ数人は捕えられている可能性があります」
「助ける方法はどうしてますか?」
「軍部の一部が人族の国に潜入しています」
「教えてくれてありがとう。軍の人に頑張って貰えるように、微力ながらお仕事頑張ろうと思います」
「ユリエ様は各部署に助っ人に入られるのでしたね?」
「うん」
「僕の所にも来てくれますか?」
「え?!」
え、と声を上げたのはレイ君だ。
唖然とした、そして、何言ってるの?何でそうなるの?って分かりやすく顔に書いたような、そんな理解に苦しむ顔を私とロイ君の間で彷徨わせている。
そんなレイ君に、ロイ君が首を傾げた。
「どうしたの?レイ」
「え…だって、ロイはユリエ様嫌いって…」
「僕は人族が嫌いで、人族のユリエ様に八つ当たりしたけど、ユリエ様を嫌いだとは言ってないでしょ?」
「………………。」
愕然とロイくんを眺めていたレイ君が、しばらくして、何それ…、とソファーに倒れた。
そしてロイ君は私を見て柔らかく笑う。
「ユリエ様はなかなか聡明な方ですね。僕、人族は嫌いですが、ユリエ様は好きになりました。妃になる方が貴女でよかった。魔国の将来も憂いがなさそうで僕は嬉しいです」
その言葉に、私はようやく息を吐けた。
頭が熱い気がする…。やっぱりこれ、普通に試されてたよね……。
流石魔国の内政を取り仕切るドンである。
激強。




