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66 ロイ君

 翌朝、少し眠い目を擦って厨房組に挨拶し、私は昨夜約束したお茶を淹れる。


 お茶係に任命して頂いたので朝一からお茶を作らねばならないのに、昨夜は勢い余って、魔王様を治すファンタジー水が本当に作れるかどうかを夜遅くまで試してしまった。


 結果としては作れる。

 全力で魔法を込めれば、いける、と分かる魔法が籠ったファンタジー水が作れた。


 込める願いは『願いよ届け』

 それが一番しっくり来る。


 私の魔法は全力で込めればファンタジー水に全てが入る。既に[整理]も入っているなら、込める願いは私が魔法を使う時に、治したいって願いを叶えるブーストのようになってくれればいいと思ったのだ。


 ただ問題は、それを作るのにファンタジー水を飲みながら作らなければならないし、水瓶一つ作るだけでも数時間魔法を使い続けなければならない。

 そして流石に、それだけ長い時間全力で魔法を使い続けると、疲労が凄い。

 体がとてつもなく怠くなるし、熱が出そうにもなる。


 これからはもっとコツコツやらないと駄目。


 それでも翌朝ちょっと眠いだけで、疲労の残っていない体は素晴らしい。

 若いって素晴らしい!【生活魔法様】は素晴らしい!


 そう有難い気持ちで、お城の皆がいつでもお茶が飲めるようにと設置されている、蛇口の付いた大きな瓶でお茶を作る。


 表厨房で作るお茶は、自室で飲みたい人や別の場所に持って行って飲む場合、各自が大きな瓶から魔道具ポットにお茶を移して持って行くシステムだ。


 そんなお茶。今日使う茶葉はジャスミンティーに似た味の、大きな白い花弁を乾燥させたもの。

 見た目も可愛いので気分が上がる。


 厨房で使っている水もお茶を淹れる水も、洗濯の時に使った庭にある浄化された魔素泉から汲んでいる魔素水で、魔素水の濃さで言うなら下の上くらい。

 蛇口から出るそんな水を、私が持てるギリギリのお鍋で沸かし、大きな瓶に注いでいくのは中々大変ではあるけれど、美味しいお茶が出来るのだからやる気も出る。


 最後に大きな瓶に見合った分量のファンタジー水を入れると、願ったのは『元気になりますように』と言う願い。今日も一日頑張りたい。

 そんな思いを込めてお茶を淹れていると、食堂にリリーさんとレイ君がやって来た。

 他の人は基本朝ご飯には来ないので、だいたい三兄弟の誰かが配達に行っている。


 お茶作りも終え、食堂に来た2人と一緒に朝食を摂っていると、魔王様は既にお城を発っているらしく、レイ君が一緒に行きたかったとぼやいていた。

 どうやらレイ君は、魔王様が戦ってる所を見るのが好きらしい。


 戦っていると言う事は、また危ない所に行っているのかと私が心配すると、レイ君はニヤニヤ嬉しそうにしていて、リリーさんが大丈夫と笑顔をくれるけれど、魔王様は強いから平気だと言われても、私は魔王様が戦う姿を見た事ないし、昨日は疲れた様子だったのでどうしても心配してしまう。

 今度お願いして、戦う姿、見せて貰おうかな…。


 その後、朝食を終えたリリーさんはファンタジー水を使うのだと張り切って作業に向かい、私とレイ君はティーセットを持ってロイ君の居る書類部屋へと向かっている。


 魔素泉が沢山湧いた件や諸々が落ち着いたらしく、レイ君の弟であるロイ君に、ようやく挨拶出来る運びとなった。


 ロイ君が仕事をしている部屋は通称書類部屋。

 いつも山のように書類が積み上がっているからそう呼ばれるようになったらしい。


 そう聞くだけで、ホワイトに働いて欲しい気持ちが沸々と湧き上がる。


 そんな書類部屋は2階のエントランス脇にある角部屋だ。レイ君が慣れた様子で扉をノックして、扉を開けると確かに書類が至る所に積み上げられている。


 入ってすぐには4人掛けの応接セットがあり、そのテーブルの上や一番奥の天井まである本棚にも、資料や書類が挟まっているのが印象的。

 書類部屋と呼ばれる訳だ。


 右の壁には窓があって、窓から射す光が床に積まれた書類の陰影に、キラキラと輝く埃を舞わせているのを目で追ってしまう。


 掃除したい…。


 応接セットのその奥にはとても大きな執務机があって、その上にも山のような書類や書類の束が重ねて置かれている。全く見えないが、多分この向こうにロイ君が居るんだろう。


「ロイ!来たよ!見えないよ!」


 レイ君が書類に向かって嬉しそうに元気な声を掛けると、書類の向こうから「今行きます」とレイ君とは少し違う、とても落ち着いた感じの声が聞こえた。


 積み上がった書類の向こうから出て来たのは、レイ君とそっくりな男の子。


 違う所は髪が薄い水色な事と、目の色が鮮やかに青い事。レイ君は私から見て左目が見えているけれど、ロイ君は逆の右目が見えている。

 着ている服も、レイ君のボレロをとって、ロングベストを着た感じの、とてもそっくり、いやこれは…


「双子?」


 私がそんな言葉を零すと、レイ君がロイ君の横に並んで嬉しそうに私を振り向く。


「はい!レイとロイは双子です!そっくりでしょう?」

「そうです、レイとロイは双子ですが、似ているのは外だけです」


 確かに。とても元気なレイ君に対し、ロイ君は口調も淡々としていて、とても落ち着いた感じの“冷静沈着”を体現したような男の子。

 するとそんなロイ君が一歩前に出て、ゆっくり丁寧に頭を下げた。


「初めましてユリエ様、ロイと申します。話は兄から聞いております。兄がいつもお世話になっているようで、魔王様の事も、心より感謝申し上げます」

「初めまして、ユリエです。こちらこそ、お世話になっているのは私の方です」


 そう挨拶を返して頭を下げる。

 すると、互いに頭をあげた開口一番、正面からとても冷ややかな視線と声が聞こえた。


「……ですが、僕は人族が嫌いです。それとこれとは話が別です」

「ぉぉ…はい、…何かすいません…」

「ロイ!? ユリエ様になんて事言ってるの!?駄目だよ謝って!!」


 ロイ君の言葉にレイ君が慌てて窘めているけれど、圧の増したレイ君に窘められているロイ君の表情に悪意は見えない。

 正直このお城に来てから、こんな塩対応は初めてなので、私は凹む前に変な新鮮さを覚えてしまう。

 驚いて、どうしていいのか分からないだけかも知れないけれど…。


 そして、謝らないロイ君の隣にいる人物が、そんなロイ君を許す訳もなく、レイ君は顔を歪めてロイ君の肩を強く引き、謝って!と厳しく睨む。


 けれど、そんな言葉は聞こえなかったように、ロイ君はレイ君から顔を背けて淡々と言葉を並べた。


「お仕事に関しまして、魔国では王も他と変わらず働きます。ですので、婚約者だからと言って働かない選択肢はありません。魔王様のご用命なので書類は通しております。清掃員としてしっかり働いて下さい。給金は月払いで、現在までの分は貯蓄されております。貯蓄、手渡し等の支払方法は希望を提示してください。金額の詳細は追って書類をお届けします。正式に王妃になられた場合は給与制度が変わります。ご報告下さい。休日は専門の要件がない限りは職務怠慢にならない程度に取って頂いて構いません。他部署に応援に行く旨も、魔王様の件も伺っておりますので、全てユリエ様の采配にお任せします。他に質問がなければ、僕からは以上です」


「ロイ!ちゃんと話したでしょ!?ユリエ様の魔力を見れば分かるのに、なんでそんな態度……ユリエ様は魔王様の信用してる婚約者なんだよ!?」


 レイ君にそう言われ、ロイ君は顔を曇らせた。


「僕には、魔力は見えないので…」

「あ………」


 ロイ君の返答に、今度はレイ君が黙ってしまった。

 俯いたレイ君と、顔を顰めたロイ君。


 って言うか…物凄く気まずい。これどうしたらいいんだ。


「あの…私は大丈夫だからその辺で…」

「人族には関係ありません」

「ぁ…はい」


 ぴしゃりとロイ君に睨まれて、すいません、と私は再び口を結ぶ。

 けれど、そんなやりとりにレイ君の顔はどんどん拗ねるような、怒るような、悲しい顔になって行って、苦しむように絞り出した言葉は純粋な疑問だった。


「何で…」

「何で? 人族だよ? 何故魔王様の御側に置くのに、これくらいの確認は必要でしょう?」

「ロイ……」


 とても悲しそうな、理解を得たくて縋るような顔でレイ君はロイ君を見る。けれど、ロイ君は私の方を見て嘲るように笑った。


「ユリエ様、さっき双子っておっしゃっていましたね。珍しいですか、魔族の双子。売ったら幾らになるか、考えましたか?」

「ロイ!!」

「? 何で言わないの?レイはユリエ様を信じているんでしょう?僕も信じたいと思うから確認してるんだよ?魔王様に何かあったら嫌だもの」


 そう言って、レイ君に首を傾げた後、無表情になったロイ君は私を見る。


 そしてロイ君は、私にこの世界の広さを示した。






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