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65 伝える

 夜は深く、後1・2時間もすれば日付が変わってしまいそうではあるのだけれど、今日色々あった割には体にいい感じの達成感があるだけで、瞼が落ちる程には疲れていない。

 やはりファンタジー水を沢山飲んだからだろうか。


 そんな私は今、両サイドからギュウギュウと抱きしめられている。

 主に圧が高くて私を苦しめているのはリリーさんの装備している小玉スイカだけれど、酔っぱらったような絡み方のプリシラさんもそこそこ大変。

 しかし、そんな2人に挟まれて、むぎゅむぎゅと抱き着かれるのを、私は甘んじて受け入れている。


 本日の説明を求められているからだ。


 目の前にはヨウグさんとレイ君が座っており、まだ戻らない三兄弟が放っただろう、外から漂う毒を消す為の魔道具を設置していたお疲れのジギーさんがその隣に座り、私の淹れたお茶を自分のカップに注ぎながら苦笑を浮かべた。


「ユリエさん、展開早すぎ。物凄く驚いたんだけど?」


 お茶を飲みながらそう切り出したジギーさんの一言で、他の面子が喜びに満ちた声を続ける。


「まさか俺達まで近付けるとは思ってなかったしな」

「レイは信じてましたよ!」

「本当よねぇ夢見てるのかと思って、私少し身体強化使っちゃったわ!」

「私もユリエと結婚する」


 ファンタジー水の余韻を引きずっているプリシラさん以外は、喜びを持て余すように笑いながら、戸惑いと喜びで期待の説明を待っている。

 そんな皆に、私は今日あった事をしっかりと話した。

 皆にも、魔王様が頑張ろうとしている事を伝えたかった。


 魔王様がもう逃げないと決めた事。

 魔王様が魔法を自覚した事。

 魔王様が【死の泉】と離れようとしている事。

 これからに向けて、治った先に向けて、魔法の制御を頑張るって言ってた事。


 皆は静かに聞いてくれた。聞いて、嬉しそうに涙を堪えているそんな皆に、私も吊られて泣きそうになる。


 200年。その時の長さは私には上手く想像できない。

 けれど、耐え続けたその時間は漸く動き出したんだ。そして皆も魔王様の笑顔が見られるようになった。


 そう感動している私に、とりあえずそれは良しとして、とカラの空間を横へ移動させたリリーさんとプリシラさんが、魔王様の告白に私がどう返事を返したのかを詳しく聞いて来て、真っ赤になってしまった私を更に2人が揶揄うものだから、その場は何だかんだで笑顔が溢れる物へと変わっていった。


 いや、もう、笑顔の方が好きだし、いいんだけど、普通に恥ずかしい…。


 そんな温かい空気の中で、話題はやはりこれからの事になる。


「とりあえずはあれだよね、魔王様を治すって事に関しての第一歩は進められた訳だ。で、定期的にファンタジー水?も採って来れるって事なんだよね?」


 冷めたお茶を淹れ直していると、そんなお茶に手を伸ばすジギーさんが私に視線で尋ねるそれに、私はしっかりと頷いて返す。


「はい。制御の練習も兼ねて採りに行こうって話になってます。それと一緒に、まだ魔王様の中で【死の泉】の悪いイメージは残ってると思うので、このファンタジー水を有効活用して、魔王様の中から【死の泉】に対する悪いイメージを完全に消してしまいたいんですよね」

「だね。凝り固まったイメージを変えるのに時間は必要だと思うけど、必要な事だ。どれだけ魔王様が魔法を制御しようとしても、自分とは異質だって認識しないとまず魔法を掴めない訳だしね」


 そうお茶を飲んだジギーさんが、ファンタジー水の活用法について、何か方法あるかなぁ、と言って考え出したその隣で、ヨウグさんが圧の強い感じに眉を寄せて悩んでいた顔を上げる。


「それはあれか、ファンタジー水使って飯を作れば良いって話だよな? 料理なんかは全員の口に入る。そうすりゃユリエだけじゃなく、周りにも触れちゃいけねぇってイメージが消えるんじゃねぇかな」

「服もそうよねぇ。皆着るもの。それにずっと触れているわ」

「薬もそうだね。ファンタジー水は薄めるだけで魔力ポーション作れる訳だし、城の中限定じゃなく、外部まで平気だってイメージを派生させられる」


 今後の事を相談する皆の表情は明るい。

 これからどんな物を作ろうとか、新しい料理がどうとか、明るく、未来ある話題に皆とても幸せそうで、私もとても幸せな気持ちになる。


 楽しそうな声、嬉しそうな顔が並び、止まっていた時間が動き出したお城の雰囲気はとても明るい。

 きっとまだこれからだけど、それでも過去が縛っていた一つの枷が解けたのは確かだ。一歩一歩、そうやって少しずつ、これからの話が沢山できるようになればいい。


 そんな楽しい話題を一巡すると、話題はファンタジー水の詳しい効果について戻って来た。


 ロイ君の所へ行ったレイ君が抜けて、眠さが限界に達したリリーさんも、しっかりファンタジー水を1壺抱えて部屋へと戻り、ヨウグさんは復活した野菜を持ってほくほくと厨房へ入って行った。


 因みに、3人が取り分を争っていた5壺のファンタジー水は、結局各自1壺と言う事に治まり、厨房からも管理が不安だと2壺帰って来たので、私の手持ちは現在5壺。

 これからもファンタジー水は増える予定なので、この5壺は色々な事に使って行こう。


 人数が減った食堂のテーブルに残っているのは、プリシラさんとジギーさんと私。

 新しくお茶を淹れ、ファンタジー水について私は2人に質問されている。


「って言うかあの水でたらめ過ぎじゃない?」

「でも限界ありますよ?」

「限界?ネクタルなら何でも出来そうだけど?」

「ネクタルがどんなのか分からないですけど、あの水は実際使ってみると何となく限界あるなぁって分かります」


 そう、使ってみると、これは出来そうとか、これは無理だなって分かるのだ。

 何でも叶えてくれる訳ではなく、あくまで叶うのは『魔法』の範囲。


 例えば、私が安心した所で言うのなら、『世界を滅ぼす』って願いは叶わない。

 まず私が世界を滅ぼすような魔法が分からないし、そんな魔法を使えたとしても、それに見合う分量のファンタジー水を用意しなくてはならない。そしてそれは不可能。何故なら、その願いを叶える分量のファンタジー水は、あの泉の水を全て使っても足りないからだ。


 そう説明すると、2人には引かれたけれど、最悪が回避できるのはとても良い事である。


「じゃあ、転移も難しいかも知れないなぁ…分量の問題か…性能に目が行っててちょっと盲点」

「確かにネクタルじゃないね。まず寿命を延ばす魔法がないと成立しない。そんな魔法はないからね」

「あくまで叶うのは『魔法』なんですよね。だから限界がある」

「ユリエさんの[製造]使ったらどうなる?願いが叶うんでしょ?」

「今度は魔法にするイメージの問題ですよ。分からない事や難しい事は、しっかりしたイメージにならないので」

「確かに」


 お茶を飲みながら3人で話していると、やはり新しい素材なので、色々検証が必要だなって事に落ち着く。


「でも、既存の物に使う分には効果絶大だろうね。例えば収納袋とか。容量の限界や使用期限が格段に伸びるんじゃないかな。それに金属に関しては今すぐやってみたい。こんな希望を叶えるような媒介を使えば、金属を合成する際に反発する要素がなくなる。新たな金属すら作れそう。むしろ合成できない物がなくなるかも?凄くない?」

「薬もそうだね。素材の効果を上げるための素材が要らなくなる。それに魔力ポーションとしては既に最高級。美味しい上に薄めるだけでいいなんて夢の素材」


 嬉しそうに語っている2人に頷いているけれど、各分野の詳しい事はさっぱり分からない。


 とりあえず、何かが楽になったり凄かったりするなら良かったと思う。それに何より魔王様も治せるんだし、やはりファンタジー水は凄いのだ。

 そう言葉を零した私に2人が呆れた苦笑を向け、「それを作れる人もね」と一言貰った。


 お役に立てて何よりです。


「ユリエさんはこれから、魔王様を治す為の魔法込めたファンタジー水作らなきゃならないんでしょ?他の事より、それを頑張って貰わないとだけど、ユリエさんの能力が凄すぎて誘惑が酷いわ。今日の野菜のやつ見てたけど、あんな魔法の込め方絶対できないし、本当魔力回路強いよね」

「ユリエの魔力回路は本当に強い。ファンタジー水凄く美味しかったけど、私ですらグラス一杯飲んだだけで魔力が漏れた。あんな調子で魔法は込められない」

「普通はどれくらいの感じで魔法を込めるんですか?」

「いくら魔法が分散しないって言っても、あの壺一つ魔法で満たすのに半年は掛かる。ユリエさんならもっと早く出来るんだろうけど、無茶は禁物だよね。負荷がない訳じゃない」

「うん。ユリエは何でも行動が早い。びっくりするからもう少しゆっくりお願いしたい。エルフの時間感覚じゃ付いて行けない」

「分かる。オレもびっくりする。何十年かは掛かるかなって思ってた事を数日単位で刻んでくる。ホント怖い」


 そう言えば長命種の皆さんの時間感覚はとても長いんだった。

 100年も生きられない感覚だった私からすれば、何十年単位で動けと言われた方が戸惑う。って言うか無理。焦る。

 なので、その時間感覚は私にはないなぁって私が笑うと、いずれこの感覚になると笑い返された。


 仙人級だもんな。その内何かしらを悟ったりするんだろうか…。


 結局、もっとファンタジー水を素材として知る所から、大それた事からではなく、日常から見付けて行こうと話が纏まった所で夜も遅いし、そろそろ解散しようって事になった。


 そんな別れ際、私はジギーさんに呼び止められた。


 少し暗い階段で、照明の魔石に照らされて立つジギーさんは、少しばつが悪そうに頭を掻いている。


「ええっとね。ちょっと謝ろうかと思って」

「謝る? 謝られる内容は何もなさそうなんですが…」

「ちょっとね、信じてなかったんだよね。ユリエさんの事」


 そんな事を思わせる素振りはなかったので、驚きに少し目を見開くと、そうじゃなくて、と少し慌てた後にジギーさんは溜息を吐いた。


「いや、なんて言うか、魔王様に関してとか、話には聞いてたけど、行動力とかって別でしょ? ずっと長い間できなかった事を、まさかこんなスピードで解決してくるとか、ちょっと侮ってたと言うか…」

「ああ…」

「…オレはね、大切だって思いとは別で、正直魔王様に触れるのは怖いって思う。魔王様の問題を解決したくて、魔素とか魔力をバカみたいに研究したせいかもだけど、知れば知る程怖くなった……。だからユリエさんも本当は、魔王様に触れるのは怖い筈だって、どっかで思ってたんだよね……」

「……」


 なのに、とジギーさんは苦笑するように笑って深く息を吐く。


「君は希望の塊だ。まるであの水みたいにね。そしてそんな君は強い。だから魔王様は心を許すんだろうね…」


 ジギーさんは私を見て、その目を閉じて頭を下げた。

 私が少し慌てると、それを制すようにとても真面目な声が掛かる。


「魔族は強い者を尊敬する。君になら魔王様を頼める。ありがとうユリエさん。魔王様をよろしく頼む」

「ジギーさん……。…はい、全力で頑張りたいと思います」


 私がそう言葉にして笑うと、頭を上げたジギーさんは嬉しそうに笑った後、ニヤリと目を細めて不敵に笑う。


「後、仕える事になる未来の妃が、馬鹿じゃなくて良かったよ」


 そんな言葉で私が呆けた表情を見届けて、ジギーさんはじゃあね、と手をひらひら降りながら暗い階段を降りていった。


 何というか、相変わらず簡潔な人である。

 そして見た目にそぐわず、とても真面目でしっかりとした人だ。






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