60 爆弾
来るときは昇っていた日が、もう沈もうとしている。
朝に出たのに、時刻はそろそろ夕方4時って所だろうか。
お腹が減ってないのが不思議、と言うと、こんな濃い魔素水を飲んだら腹は減らない、と言われた。
うむ。ファンタジー水はやはりファンタジー水だった。
そろそろ帰らないと晩御飯まで食べ損ねるので、私と魔王様は各自の収納魔法に水瓶を収納している。
魔王様は自分用に一壺収納し、残りは[貯金]の練習も兼ねて私が収納する事になった。
「この泉の水を制御するのはとてもいい訓練になる。また来たい」
「じゃあまた作りに来ませんか?私も魔法使う感覚鍛えたいし、制御の練習もしたいので」
「ではまた一緒に来るとしよう」
「デートですね」
デート、と言う言葉に、魔王様の顔が真っ赤に染まる。でも嬉しそうだからいいと思う。
この場所が、逃げる場所ではなく、楽しい場所に変わればいい。
そんなデートスポットになった【死の泉】を後にして、来た時と同じように魔王様のマントを掴んで転移した先は、初めて魔王城に来た時と同じ門の前。
何だかとても感慨深い。
長いような短いような時間の中で、初めてここに来た時に比べたら、魔王様との距離はこんなにも近付いたのだ。
そう思うととても嬉しい気持ちになる。
私がニコニコしていると魔王様も嬉しそうに笑う。
そんな魔王様との距離は現在50センチ。
とても近い。初期位置の10メートルからすると単位すら変わっているのだから驚きの近さだ。
大切にしたい。
そうしみじみしながら門になっているアーチを潜って城内広場へ入ると、そこには何だか人が沢山居た。
この前魔素泉が沢山湧いた時に見た事のある、深い緑のマントを羽織った人達が沢山居るのだ。これは軍の人たちだろうか。武器を担いだ人が居たりして、何だか雰囲気が物々しい。
そんな状況を見た魔王様の足が止まったので私も止まる。
なるほど、広場の人との距離は5メートル。魔王様の距離感は健在だ。
「何を騒いでいる」
魔王様が声を掛けると、広場の人達が一斉にこちらを見た。
見て、皆驚きを隠さない唖然とした顔で、誰一人言葉を返せずにいる。
ああ、分かる。レアキャラである筈の魔王様が居るもんね。
びっくりするよね。
「あー!!!居た!どこ行ってたんですか!!」
そんなフリーズしている人達を掻き分けて出て来たのはレイ君だ。そしてお冠。
プリプリと頬を膨らませて魔王様の2メートル前までやって来て、腰に手を当てて怒ってますよ、と態度で示す。
「魔王様だけなら分かりますけど!ユリエ様までいなくなるなんて心配するでしょう!?城門から出た記録もないし!!どうやって出たんですか!?何で一言くれなかったんですか!?軍で捜索に出る所だったんですよ!?分かってますか!?」
「す…すまない」
レイ君の勢いに押されて魔王様が謝った。
それを聞いたレイ君が今度は私を見たので、私もごめんなさいと謝った。
確かに、屋上から転移したので出た形跡は残っていない。その上私が魔王様とそんな近い距離で、それも一緒に転移するなんて思ってもみなかっただろう…それはとても心配させてしまった…悪い事したな、と目を伏せて反省しているが、何だかレイ君が凄く静か。
そう反省していた視線を上げると、目の前にいるレイ君は、私と魔王様の間を見比べるようにして視線を動かし、そして少しずつ目を輝かせ、最後には花が咲くように満面の笑みになった。
あ、これは、立候補の結果に気付いたんだね。
そんなキラキラ笑顔になったレイ君が、後ろに居る軍の人達にクルリと向き直って片手を上げ、ご機嫌な声で号令を掛ける。
「解散!もう見つかったので帰っていいです!早く帰って下さい!駆け足で!!早くしないと燃やしちゃいますよ!」
言い放った内容は物騒なのに、軍の皆さんを容赦なく追い立てるレイ君は嬉しそうな笑顔だ。
笑顔で怖い事を言っている。燃やすとは…。
そんなレイ君の言葉に軍の皆さんは一瞬ザワッと声を上げたけれど、もの凄いスピードで魔王様の前で一度止まって、自分の胸に手を当ててから門を抜けて駆けて行く。
どうやらその仕草、胸に手を当てるのは魔国の敬礼になるらしい。
貴方に魔法は放ちませんよ。そう言う意味があるのだと、不思議そうに見ていた私に魔王様が教えてくれた。
しかし皆速い。とても速い。とても速いので私には敬礼する一瞬の姿しか見えていない。
私も鍛えたらあんな速さになれるのだろうか…。そう思って魔王様にその事も尋ねてみると、とても困った、そして慈しみの籠った苦笑を返された。
ですよね…。
そんなやり取りも終わると、皆も心配してますよ、早く顔見せてあげましょう!と私達を先導するレイ君はご機嫌だ。
鼻歌を歌いながらスキップまでしているので、こちらの人も浮かれるとああなるんだな、と何故かとても冷静に見てしまう私がいる。
きっとこの後、お付き合いしてますよ、と発表する事になるんだろうか。そんな経験もないし、どう言えば良いんだろう…そして妙に恥ずかしい。
隣を見ると至って落ち着いた魔王様が居る。魔王様はどんな反応をするんだろう…皆に何て言うんだろう…。
そんな想像でちょっとした恥ずかしさを凌ぎながらレイ君に付いて行くと、どうやら向かう先は食堂。
「ユリエ様居ましたよ!魔王様と一緒でした!」
食堂には知ってる顔が揃っていた。
レイ君の明るい声に皆一斉にこちらを見て、私と魔王様を確認すると、肩の荷が下りたように各自が大きく息を吐いた。
テーブルの中央には地図らしき物が見えていて、心配させてしまった事に申し訳ない気持ちが大きく湧いて、私は一も二もなく頭を下げた。
「ご心配をお掛けして申し訳ありませんでした!」
私が皆に頭を下げると、魔王様が私と皆を見比べるように慌ててから私と同じく頭を下げる。
「わっ私が連れ出したのだ!心配をかけてすまなかった!」
「いや、無事ならいいんだ」
下げた頭上に、困ったような落ち着いたヨウグさんの声が掛かる。
頭を上げると、皆席に座ったりテーブルに腰かけたりしながら、やれやれと言ったように笑っている。
「お疲れじゃないですか?とりあえず座りませんか?」
そんな皆に申し訳なかったと苦笑を浮かべていると、ちょっと苦笑いのレイ君が私達を席へと促す。
ヨウグさんと三兄弟は夕飯を作ると厨房へ入って行って、レイ君に促された私と魔王様は、皆の居るテーブルへ着く。
魔王様はパーティー席。その斜め前の、いつもの席に私が座ると、その目の前にはレイ君が座る。
レイ君の隣にはジギーさん、私の隣にはリリーさんとプリシラさんが座っていて、そんな面々はよく見ると、この状況に若干緊張しているように見えた。
きっと、魔王様との距離が近いからだろう。
食堂のダイニングテーブルは大きいけれど、それでも同席すればそれなりに近い。
引き籠りから漸く出て来はしたけれど、それでも絶対に2メートルは距離を開けていた魔王様が、今は手を伸ばせば触れられる距離で普通に座っているんだから、よく考えればそれだけでも皆にとっては驚きの状況だろう。
私は魔王様とご飯を食べる時よりも少し近いな、くらいの感覚だけど、皆はチラリと会う事はあっても、こうして同席する事は200年以上振りと言う事になる。
そりゃ緊張もするよね…と視線で皆を見ていると、会話を続けるようにレイ君が声を上げた。
「で、とりあえずご説明頂けますか?」
いつもの笑顔で、全然平気そうに話すレイ君ではあるけれど、少しだけ握ったその手には緊張が見えるし、さすがに魔王様と1メートル内は緊張するらしい。
そんなレイ君も含め、皆頑張って『普通』を装っている。
魔王様に距離を意識させたくないから頑張っているんだろうと理解すると、魔王様、愛されてるなぁと笑顔が浮かび、心の中で「頑張れ!」と応援している私を振り向いた魔王様と不意に目が合った。
すると落ち着いた様子の魔王様が私に頷き、頷いて、皆に、そして私に、とてもいい笑顔でサラッと爆弾を落とした。
「ユリエと婚約した」




