61 えっ
「「「「えっ!!??」」」」
って、私も言いそうになったのを我慢した事を誰か褒めて欲しい。
皆『普通』を装う事も忘れ、思いっきり驚きを表情に出してしまっている。
私もそっちに入りたい。
厨房からも重い鍋が落ちる音が聞こえたので、このサプライズ発表はきっと向こうにも伝わったんだろう。
どうやら魔王様の中で、『恋人』=『婚約』だったらしい。
いや、いいんだけど。いいんだけども。
そう言えば魔王様は王様だった。庶民の感覚では付き合う、恋人、婚約、結婚の順になるけれど、王様の感覚だと恋人は婚約になるらしい。
いや、確かにそうか。そうなるのか。
色々すっ飛ばした感はあるけれど、魔王様といるのは幸せなので、それでもいいかな。
そう魔王様を見ると、嬉しそうに頬を赤らめてニッコリ笑ったので、私もニッコリ笑っておいた。
驚いた事は話すまい。
そんな魔王様から視線を戻すと、説明しろ。って皆の視線が私に刺さっているので、ここは合わせて頂きたい、と意思を込めて頷きで返す。
「ええっと…おめでとう?」
私の意を汲んだのか、ジギーさんが魔王様にお祝いの言葉を掛けると、魔王様は嬉しそうに、うむ、と頷いて、そんな魔王様の様子にリリーさんとプリシラさんも「おめでとう」と笑って嬉しそうな魔王様を見ているが、テーブルの下で私の足をつま先でこついた。
後で説明するから。との思いを込めて頷くと、2人も私に頷きを返す。
だが一人、それでは納得しなかった人がいる。
レイ君だ。
「何で結婚じゃないんですか!!」
バンっとテーブルに両手を乗せて抗議の声を上げたレイ君は再びの膨れっ面。
可愛いほっぺがパンパンである。
そんなレイ君に、魔王様が恥ずかしそうな困ったような顔で少し溜息を吐く。
「レイよ、ものには順序と言うものが…」
「いいじゃないですか!今結婚しても後で結婚しても同じ結婚じゃないですか!」
「焦ってするものではないだろう。それに私はまだ触れる事は出来ない。故に、そ、その…ぎ、儀式はまだ、出来はしないのだし…」
そうとても恥ずかしそうにレイ君から視線を逸らした魔王様に、レイ君の視線が私を向いた。
「でも! ユリエ様~…」
魔王様を説得できなかったレイ君は、テーブルに伏せるように私に手を伸ばし、縋るような上目使いを向けて来る。
可愛さで落とそうって魂胆だな。うん。かわいい。だがここは私も魔王様に賛成だ。
「私も焦ってする結婚は嫌かなー」
「うぅ~…じゃあ契約だけして下さい!血の契約!」
「え、何その怖いワード」
「レイ!我儘を言ってはいけない!」
いや、だから何その物騒な響きのやつ。
駄々をこねるレイ君を魔王様が窘めているので、私がその物騒ワードが何か分からず眉をしかめていると、プリシラさんが物騒ワードの内容を教えてくれる。
「魔族の風習。互い、もしくは一方の血を飲む。所有権を主張する契約。破ると死ぬ」
「え、普通に怖い。やだ」
超物騒。
そんな物騒な内容に私が嫌、と言った瞬間、さっきまで言い合っていた魔王様とレイ君の声がピタリと止まった。
止まった方を見てみると、そこには泣きそうな顔の魔王様と、物凄く不服そうなレイ君がいる。
「いやいや、利点が分からないですし、血とか普通に怖い。それに何か、そんな事しないと信じられないのも、そんな契約に頼るのも何か嫌」
「でも~…」
「嫌。レイ君がやる訳じゃないでしょ」
「ぶぅ……」
私がきっぱりそう言うと、レイ君は椅子に凭れて少し沈む。魔王様を見ると、どうやらその契約には魅力を感じていたようで、私の意見に視線を泳がせている。
「……魔王様?」
「う、うむ…分かっている…分かっているが…」
「が?」
「……何でもない…」
しょんぼりしてしまった魔王様に私は小さく溜息を吐く。
所有権と言う事は、独占欲みたいな物だろうか。他の人に向いて欲しくないと思って貰えるのは嬉しいし、私だって向いて欲しくはない。
けれど、だから契約に頼ると言うのは何か違う。
努力しません。みたいでやっぱり嫌だ。
「私、信用ないですか?」
「そんな事はない……」
「じゃあ契約なんて要らない感じじゃないですか?」
「…しかし、契約すれば手を出されなくなる。ユリエは魅力的だ。きっと沢山言い寄られる。それも嫌だ。取られるのも嫌だ。耐えられない」
くっ……さり気に照れさせてくるなんて、覚醒した魔王様が超強い件。
「…でも、ユリエが嫌なら我慢する」
「……んん~…、ええぇぇぇ、じゃあ……ん~…いいですよ、やっても」
そんな捨てられた犬みたいに悲しそうな顔で我慢されたら、いいよって言ってあげたくなるじゃない。
私がしょうがない、と自分を納得させていると、魔王様が少しばつが悪そうに笑って、いや、と首を振る。
「ユリエがそう言ってくれただけでいい。私はユリエを信じている」
少し俯いて、照れたようにはにかんだ魔王様は激強である。見てると何でもしてあげたくなる自分を誰か止めて欲しい。
でも、契約を回避できてちょっとほっとしたのも本当だ。魔王様以外にどうこう言った気持ちはないけれど、気持ち一つで死ぬとか漠然と怖い。
私がそんな魔王様に信じてくれてありがとう、とお礼を言うと、それを見ていたジギーさんが椅子に沈み、プリシラさんが顔をしかめて胸を押さえ、リリーさんは汲んだ指でその大きな胸を潰しながらキラキラ輝く。
レイ君は唇を尖らせて少し膨れてはいるものの、諦めてくれたのか黙って足を揺らしている。
「……いやー…何て言うか、圧巻?ちょっとオレお腹いっぱいなんだけど」
「私も、心臓が爆散しそう」
「私もいつか契約したいと思っていたけれど、止めるわ!信じ合うって素敵ねぇ!」
え、リリーさんしたかったの?こんな怖い契約。
私が理解できない顔をしていたからか、魔族の皆さんから追加で説明を貰った。
血の契約。
昔は主従関係の証として使われていたものが、最近では夫婦や恋人に誓いを立てる時に使われるようになったもの。
破ると死ぬので、周りも印がある人にはモーションをかけない決まりになっている。
そして魔族の皆さんは、『強い』と言う事に拘りや敬意が強いらしく、相手を認めるととても一途。だから浮ついた気持ちも湧かないので、血の契約にデメリットを感じない。
なので血の契約は、魔族にとってはただの誓の印。
前の世界で例えるなら“命を懸けた婚姻届け”みたいな感じだろうか…。
因みに印は、額に血の色をしたひし形のマークが出るんだと。
そしてお掃除魔法で消えそう…と言ったら場が静まった。
申し訳ない。
「腹も胸もいっぱいの所悪いが、晩飯だ」
そんな重いのか分からなくなる血の契約の話をしていると、ヨウグさんが晩ご飯を運んで来てくれた。
今日はお肉の塊をパイ生地で包んで、少し甘い香りのする濃厚ソースを掛けたものと卵のスープ。
パイの研究は進んでいるらしい。
とても美味しそう。
そんな美味しそうな今日の晩ご飯は魔王様も一緒。
それは料理の美味しさ以上にご飯を美味しく感じさせ、私の顔にも笑顔が浮かぶ。
魔王様も皆とこれは美味しいとか、アップルパイも美味しかったとか、色々話しながらとても嬉しそうにご飯を食べていて、これからはもっと、魔王様もこんなふうに皆と一緒にご飯食べる機会が増えればいいな。そう思わせるとても幸せな食卓で、皆の顔にも、もう緊張の色はない。
とても自然に、楽しそうな魔王様と嬉しそうに話している。
そんな食卓を眺めながら食べるご飯はとても幸せで、そして今も婚約で十分幸せなので、血の契約はやっぱりなくてもいいと思った。




