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55 答え

 あの後、どうやって部屋へ戻ったのか覚えていない。


 前にもこんな事あったな、と思ったけれど、今回レイ君の付き添いはなく、最後にレイ君を見たのはヨウグさんに首根っこを掴まれて、申し訳なさそうにプラプラ足を揺らしていた姿だった気がする。


 フラフラの頭でも体の覚えに従ってお風呂に入り、ちゃんと髪まで乾かして、ベッドに入った事は分かるけれど、朝の鐘は聞こえたのに私はまだ起きられずにいる。


 寝たのか寝てないのか分からないまま、朝の鐘の鳴る中で、ベッドの中でもごもご蠢いている。


 頭まで布団にすっぽりくるまって、今日はここから出たくない。


 どうしていいのか分からない……。



 告白。まさかの告白。

 魔王様が立候補したのは恋人。

 その相手はまさかの私。


 あ、熱い…苦しい。息苦しい。胸も苦しい。


 何故今なんだ。

 魔王様に制御できてないの【魔力譲渡】じゃないって言ってしまったタイミングで、そして何でその魔法がトラウマだって知ったタイミングなんだ…。

 どうにかしなきゃいけないのに、私の方がどうにかなってしまってどうする…。


 告白だなんて気付かなかった私が踏み込んだのが悪いんだけど…。でも、何故今なんだ…。

 恋愛なんて経験ない。こう言う場合どうしていいのか分からない。

 確かに魔王様は大切。恩人だし、とても大事。告白してくれたのが嫌だった訳じゃない。

 でもこの状況が何だか怖い。

 この状態もこの気持ちも、どう扱っていいのか分からない……。


 魔王様の事しか頭の中にないのに、何からどうすればいいのか分からない。


 でも、今日会う約束した。


「うぅぅ……」


 正直熱でも出て欲しかった。仕事へ行くのが嫌な時に少し似ているけれど、やっぱり違う。顔が熱い。凄く熱い。

 やっぱり熱じゃないかな、と期待したけれど全然体は元気だし、でもフワフワするから熱かもしれない。


 駄目だ、逃げたい。でも逃げたい訳じゃない。


 怖い……。


 でも何がそんなに怖いのかも分からないし、全然上手く考えられないし、全く頭が回ってないし、でも考えないといけない事は沢山ある。

【魔力譲渡】じゃないって言っちゃった件も考えないといけないし、トラウマの件だって気になる。魔王様がその魔法を生み出したのが自分だって行き着く前に、どうにかしなきゃいけない。時間がない。


 でも、それをどう伝えればいいのか全然考えられない……。


 頭の中は全部魔王様の事なのに、魔王様の事しかなくて頭の中がぐちゃぐちゃになってる気がする…。散らかり過ぎて訳が分からない事になっている。


 カオス……。


 こんなに何も考えられない事なんて今までなかった。

 何かがずっと体から溢れ続けてる気がするのに、何も出て行ってくれなくて凄く苦しい。


「うぅ…………」


 分かっている。頭の中が散らかっているとは言え、分かっている事はある。


【魔力譲渡】の件もトラウマの件も、気になるけれど、あの出来事が告白だったと知ったせいで、そっちに全部持って行かれているからこんなに頭が散らかってしまっているのだ。


 ならまずは、一番目に付くものから。そこから片付けるのが掃除の鉄則


 そう、まずは頭の中で何度も再生される、30センチの魔王様から。


「うぅ~~………っ」


 駄目だ。熱い。窒息しそうなくらい熱い。熱すぎて蒸発しそうなくらい熱い。


 いや、本当に熱い。


「あついっ!!」


 勢いよく上体を起こして布団を除けると、籠っていた熱が抜け、ひんやりした新鮮な空気が肌を抜ける。


 そんな空気を肺に取り込むと、少しだけ頭がスッキリした気がする。


 もう朝の鐘も聞こえない静かな朝。

 だからか、自分の中のごちゃごちゃ具合が更に際立つ。

 そんな自分を少しでもどうにかしたくて、朝のまだ冷やされた空気を大きく吸って大きく吐くと、頭は多少スッキリしたけれど、胸は全然スッキリしない。


 苦しい…。胸が小さな箱に押し込まれたみたいだ。


「でも、とりあえず、起きろ、私」


 もう一度苦しさを吐き出そうと大きく溜息を吐いてから、自分を叱咤してベッドから足を下す。

 眉間に眉を寄せたまま、もう慣れた朝の準備を始めると、歯を磨いて顔を洗ったその水の冷たさで、少し落ち着いた頭は色々諸々と考えてしまう。


 告白。

 確かに魔王様は私に好意があると伝えた訳だけど、それは今まで引き籠ってて、出会う人が居なかったからなんじゃなかろうか。だって他に選択肢はなかった訳だし、そんな対人耐性がない中で、近くに私しか居ないから、好意を感じてしまうのでは?

 魔王様が治って、触れられるようになって、もっと沢山の出会いがある状態になれば、私なんて選ばないのでは?


 邪推しているだけかも知れない。かもしれないってだけで、相手の気持ちを無下に扱っていい訳じゃない。

 でも、そうなんじゃないのかな…。


 そうなのかな………。


 でも、もし、もしもそうだとして。魔王様が他の人を好きになったとして、私はそれで納得できるんだろうか…。

 私はそれを、魔王様が他の人を好きになって、その人を想うそれを、その姿を、心の底からお祝い出来るんだろうか…。



「………。」



 あ、無理かも……。


 無理だし。嫌かも………。



 ワンピースのボタンを留める手が止まる。

 目を閉じて、そして大きく息を吐いた。


 そうか、私、嫌なんだな…。


 今までなら、前の世界に居た頃の私なら、恋人とか結婚ってワードを聞いても他人事で、そこにはお祝いする方の気持ちしか抱かなかった…。

 でも今私は、そんな姿を、魔王様が誰かと寄り添う姿を想像して、物凄く寂しいような、苦しいような、大事なものを失ってしまったように心が痛んだ……。


 どれだけ吐き出そうとしても吐き出せなかった、なくせなかったこの胸の苦しさは、魔王様を恋しく想う私の気持ち。

 離れたくないと願う大事な気持ち。


 好きって、気持ち?



「そうか…これが恋か……」



 そんな自分の胸に当てた手には、とても早い鼓動が伝わっている。



「私、魔王様が好きなんだな…」



 言葉にするとそれはすんなり心に溶けて、散らかっていた物はあるべき場所へ納まった気がした。


 恋の芽って何だろう。

 そう思ってからそれはしっかり育っていたんだ。


 けれど相手は王様だから、とても素敵な人だから。きっと自分なんかが振り向いて貰えるはずがないし、好意を寄せて困らせるのも、今を崩すのもとても怖い。


 だから最初からなかった事にしよう。恋なんて自分の中に存在しない。そんなものはもう枯れている。

 だから恋なんてする筈がないし芽なんて育つ訳がない。

 だから恋はしない。

 だから傷付く事もない。


 そうやって、自分の気持ちを無視し続けて、気持ちを散らかしたままにして、傷付く事を怖がって逃げてたそこに、告白されて、私の中に恋愛の芽がある事を知らしめられたのが怖かった……。


 私は傷付くのが怖くて、ずっと見ない振りをして逃げて来たんだ……。


「私、卑怯だな…」


 それに比べて魔王様は凄い。

 恋をするには大きなデメリットを抱えて、それでも魔王様は逃げなかった。

 怖くて、不安で、確信もない。断られたらと思うととても怖い。何か崩れそうなこんな気持ちを抱えて、あんな正面から魔王様は頑張った。


「魔王様、かっこいい」


 そんな勇気に笑みが零れた。

 私もそんな勇気を持てる人間でありたい。


 まだドキドキはしている。胸だって苦しい。

 不安がない訳じゃない。


 いつか魔王様が治ったら、魔王様にもっと好きな人が出来るかも知れない…。


 でも、側に居たい。


 そんな想いにまた締め付けられるように苦しくなった胸から大きく息を吐く。

 全然苦しいままだけど、こんな大きな感情に気付いたんだから苦しいのも仕方ない。


 だって、好きだもんね。

 かなりね。

 会いたいとか寂しいとか安心するとか思ってたもんね。

 かなりね。


 ガッツリ好きですよね、魔王様の事。


 うん。好き。そしてめっちゃ顔熱い……。


「乙女…乙女心がここに…」


 いや、乙女ではないかも知れない。50だし。それなりに擦れてるし……。


 でも、ちゃんと恋をしている。

 私なりの恋。


 不安がない訳じゃない。きっとこんなの好きでいる限りずっとなくならないんだろう。

 だからちゃんと、ずっと、もっと、沢山好きになって貰える努力をし続ければ、こんな不安だってそれなりにどうにかなるんじゃなかろうか。


 多少恋愛初心者な私にはハードモードな恋ではあるけれど、何があっても頑張ればいいだけだし頑張りたい。


 そうだ、魔王様のトラウマの件だって、そんな全部を含めて魔王様の事が好きだし、今ならむしろかかって来いくらいの気概がある。

 うん。大丈夫。全然いける。


 だからまずはちゃんと、答えを返そう。


 正直、ちゃんと人を好きになるのは始めてで、上手くできる自信はないし正解だって分からない。

 だから全力で、今度は逃げず、どんな事があっても頑張るぞ!


 そんな自分を受け入れると少し心が軽い。

 準備をしっかり済ませ、あれだけお布団から出たくなかったのにドアを開ける勇気すら持てる。


 覚悟って大事な、と思いながらドアを開けると、そこには手紙を片手に、驚いた顔で立っている魔王様が居た。


 ハードモード継続か…。


「お…おはようございます」

「お、おはようユリエ…すまない、その、手紙を…」

「手紙?」

「う、うむ、何時ならば、空いているかと……」


 ああ、そう言えば会う約束はしたけれど、会う時間は決めてなかったな…そして私の心臓の動きが酷い。


 魔王様は制御できないトラウマ魔法について気付いているかと思ったけれど、私を前に視線を泳がせているだけ。

 ジギーさんも言っていたけど、告白した件で魔王様の頭が一杯だったと言われたら納得の仕様。

 そして私だってそれで頭が一杯だし、同じ思いなのかと思うと何だか嬉しくて笑顔になれる。


 薄い朝の光に白む廊下。魔王様との距離は近い。きっと今は1メートルもないかも知れない。

 でも、魔王様はそんな距離でも何だか自然。


 私の方がその距離に慣れないような、嬉しいような、ときめくような感覚を受け取りながら、行く当てを失った手紙を両手で揉んで、少し恥ずかしそうにモジモジしている魔王様を私は見ている。


 うん。好きだわ。


「魔王様、朝食は?」

「もう食べた」

「今から予定は空いてますか?」

「今から? ユリエは朝食の時間だろう?」

「ちょっと今は、入りそうにないので…」


 私が困ったようにそう笑うと、魔王様が心配そうに私を見る。

 大丈夫、体調は万全なんです。胸が苦しいだけで。


 まさか恋煩いまで食らうと思っていなかったけれど、これはこれで貴重な体験。

 元気ですよ、と私が笑うと、少しの心配を残して魔王様は頷いた。


「今日は今から結界石に魔力を入れに行くつもりだった」

「屋上のやつですか?」

「うむ。しばらく入れてなかったので、入れて置かねば結界が緩む」

「一緒に行ってもいいですか?」

「見ていても楽しくはないぞ?」

「でも一緒に居たいので」


 素直に言った。と言うか口から出た。

 すると私の言葉にキョトンとした顔になった魔王様が、ゆるゆると頬を染めて、そして嬉しいと恥ずかしいが混ざり合った表情へと変わっていく。


 何だろう、好きだなって受け入れると、もっと魔王様の事を知りたくなる。

 これは少し我慢しないと羽目を外しそう。


「で…では、その、一緒に、行こうか」

「はい」


 真っ赤な顔を緊張に染めながら、少しぎこちない動きで魔王様が動き出す。これも私に向けられた感情なのだと思うととても嬉しい。


 恋って怖いな。全部がキラキラして見える。

 そして恋は盲目とは良く言ったもんだ。何か魔王様しか見えてないし、足元がお留守になりそうで若干危ない。


 そんな事を考えながら私は魔王様と屋上へ向かう。

 屋上へ出るのは初めてだ。


 3階エントランスの階段を上がると、そこには石造りのアーチに填まる大きな黒い扉が現れる。そんな扉を開けてくれた魔王様と一緒に外へと出ると、そこには広い石造りの屋上と、その反対には朝日が光芒を描く広い空がある。


 こんな何の障害物もない空を見たのは初めてだ。春から夏に変わろうとする薄い雲が、朝日を目指して遠くでゆっくりと流れている。

 そんな遠くで連なる壁は、きっとお城の城壁だろう。


 少し強く感じる風も心地よく、思わず「すごい」と感動の声を上げた私を、その銀の髪と広いマントを風に遊ばせる魔王様が振り向いた。


「寒くはないか?」

「はい、心地いいです」

「ユリエはここにいて欲しい。余り近付くと危ないかも知れない」


 そう柔らかい笑顔で頷いた魔王様が私を案内してくれたのは、城内広場を見下ろせる位置に建てられた、西洋風の四阿のような場所。

 中には少し休憩できるベンチとテーブルがあって、そこから正面に見える場所には、結界を維持している結界石がある。


 結界石があるそこは円状の祭壇みたいな場所で、三段の階段になっている中心には、魔王様よりも遥かに大きい、薄く輝く七色のクリスタルが宙に浮いている。


 私を四阿に案内した魔王様はその祭壇へ向かう。

 その後姿は、この世界の中で、強く生きている人に見えた。






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