54 頭いっぱい
「ごり押しなら、魔法は使える。 やっぱり今すぐには無理だけど」
脱力する体を椅子に沈め、静かな食堂でそう頷いたジギーさんの言葉に私は首を傾げる。
使えるけど、ごり押しとは。
「えっと…?」
「【死の泉】の魔素水に、魔王様の魔法が入る隙をなくした状態で、ユリエさんの魔法を魔王様に押し込むんだよ。 ただ、魔王様は魔法の王だ、生半可な魔法や魔力じゃ勢いを殺されて魔王様の魔法が必ず勝つ。それに色々検証も必要だし、魔素水の量も隙をなくす為に込める魔法の威力も半端なものじゃ無理だし、事前準備もかなり必要だしで、やっぱ今すぐにってのは無理」
魔王様って、魔法の王の略だったのか…。
うん、魔法の王様。魔王様に似合うしかっこいい。が、それよりも。今は真剣にジギーさんの話を聞かなければ。
とても大事な事なのだ。
「詳しい説明、要る?」
そう首を傾げたジギーさんに私が頷いて居住まいを正すと、ジギーさんは大きく深呼吸をし、最後に大きく息を吸ってゆっくりと私に言葉を並べた。
「魔王様の魔力回路に干渉するような強力な魔法は恐ろしく魔力を食う。いくらユリエさんの魔力が多いと言っても単独の魔力量じゃ絶対足りない。だから魔力を補充しながら魔法を使う必要がある。治す為の魔力と、魔王様に近付くために使う魔法と、その両方の魔力庫が必要。そうなると魔素水の量もかなり必要だし、それを使う為の魔道具や装備も必要になる。
そしてそんな強力な魔法を魔王様に使い続けるには、それなりの魔力回路と魔力制御がないと絶対に無理。下手したら魔力回路が焼け尽きる。 ユリエさんが魔力過多でこの城の椅子を消せる程の魔力回路なら、計算上魔力の消費には耐えられるだろうけど、それでも時間は掛けられない。使う時間が長ければ長いほど魔法は使う側に負担が多いし、必ずユリエさんの方が不利になる。それにユリエさんは相手の魔力回路の状態を分かるくらいには魔力の制御を鍛えないと、魔王様の魔力回路に辿り着く前に魔力が尽きる」
「はい」
「【死の泉】の魔素水を魔力倉庫にして、ユリエさんの魔力保持量、魔力回路があれば、魔力の消費率でも魔法の施行でも魔王様に押される事はない。けど、大切なのはユリエさんの魔法で先に魔素水を満たしておく事。そうしないと魔王様の魔法と陣取りをする事になるし、そうなれば必ず負ける。意識して使う魔法と無意識に使う魔法では、無意識に使う方が発動が早い。その上魔素水の魔力も奪われる。だから魔素水を手に入れたら、その中にユリエさんの魔法を込めて、事前に作っておかないといけない」
「はい…」
「魔王様が魔法の籠った魔素水に触れた後、魔王様の魔法が無意識に発動していても、ユリエさんが全力で魔法を使い続ければ魔素水に魔王様の魔法が入る隙は生まれない。ユリエさんの魔法は【死の泉】に効くような強いユニークスキルだ。序列で言えば魔法より上、いくら魔王様でもそんなユニークスキルにすぐさま干渉するのは難しい。だから最初から最後まで、ユリエさんの魔力と魔法、【死の泉】の魔素水でごり押しすれば魔王様に魔法は届く。魔法は使える」
そう一気に説明したジギーさんは、まぁそれだけじゃ解決はしないんだけど、と息を吐いて体を沈めた。
ヨウグさんは頑張って理解しようとしているのか固まったまま動かない。
きっと色々理解が追い付いてないのかも知れないな、とか思うけど、私も相槌こそ打っていたもののギリギリ。
頭の中はジギーさんの語った方法で一杯だ。
「…じゃあ、その、私は、【死の泉】の魔素水を沢山用意して、それに沢山魔法を込めて、沢山魔力制御の練習をすればいけるって事ですか?」
「そうだね。魔王様を治す時に必要な魔素水なんかを留めておく魔道具やなんかはオレ達が作れる。でも、今話した方法は、魔王様に魔法が使えるってだけだよ。治そうと思ったら他にも色々解決しないといけないし」
「でも私の魔法が使えたら、魔王様は治るんですよね?」
「……魔王様が、ユリエさんの魔法で魔力回路の乱れが治った後に『生き物に触れたら壊れる』って魔法を制御できればね」
そう言ってジギーさんは盛大に溜息を吐いた。
そうだ…そこの問題があったんだ…。
「魔王様がその魔法を制御できないとまた振り出しに戻るだけ。だから焦らないで。まだこの方法は本人には言わない方がいい。根本を解決するなら、まず魔王様の、自分が生き物に触れたら壊れるってイメージを払拭しないと……って、それすらオレ達200年掛かっても出来なかった訳なんですが」
面目ないわぁ、とジギーさんは再び大きな溜息を吐いた。
そうか…魔王様は自分が【死の泉】と同じだって言ってた…。今だってきっと、まだ【死の泉】のイメージと自分のイメージを重ねている…。
でも、治そうと思えば、まずその『生き物に触れたら壊れる』って魔王様が自分と混同してるイメージを、魔王様が自分は違う、そうじゃないって自ら認識しないといけないんだ……。
って待って。
その魔法、何で魔王様の中で作られてしまったの?
そう考え着いて、すっと背筋が冷える。
駄目だ。これは、本当にちゃんと考えないと駄目だ。
魔王様だって前向きになったし、頑張れば何とか大丈夫になるんじゃないかとか、そんな漠然とした事だけでは駄目なやつだ。
こんなに魔王様を大切に思っている人達が、何で皆何も出来なかったのか。何で魔王様に制御出来てないのは【魔力譲渡】じゃなくて、魔法だとすら言えなかったのか、もっと考えるべきだった…。
お城の大人組は魔王様の子供の頃に接点があった。皆懐かしそうによく話してた。小さい頃は触れても平気だった期間があったんだ…。
なら、魔王様が子供の頃に、そんなイメージの魔法が出来てしまう何かがあった……。
それは…心的外傷、トラウマ……?
「ごめんね。オレ達には無理だったんだよね…」
その言葉に私が青い顔を上げると、苦笑したジギーさんが申し訳なさそうに私を見ていた。
「言えなかったんだ…。むしろ、【魔力譲渡】が制御できないって事にして、隠しておきたかった……。何の解決方法も持たずに、その魔法を作ったのが魔王様自身だなんて、これ以上魔王様を揺らがせてしまうような、悪化させるような事は出来なかった……」
そうとても苦く笑っているジギーさんに、私の顔がくしゃりと歪む。
「私、言っちゃった!制御できてないの【魔力譲渡】じゃないって!!それも、明日会う約束したのに!もうこれどんな顔して会えばいいのか分からないじゃないですか!!」
「あはは、それはユリエさん見事に踏み込んだねぇ。ま、今は魔王様他の事で頭一杯だろうから、こんな魔法だったのかって気付くまでには、もう少し掛かるんじゃない?」
「わ、笑い事じゃないですよ!魔王様きっと色々知ろうとするし!絶対すぐ分かっちゃうし!そ、その前に何とかしないと…!」
「そうだねぇ。でもユリエさんに頑張って貰うしかないなぁ。オレ達にはその辺無理だから。でもほら、その辺は多分ユリエさんが献身してくれたら何とかなるでしょ」
献身って何。今頭使う難しい事言わないで欲しい。
明日会うって約束したのだ、こんなの変に気を遣ってしまいそうになるし、どうにかしないとって思ってしまう!
でもそんな事したらきっと魔王様私に気を遣うし、なんなら、困らせてすまない、ってまたあの苦しそうな顔で笑うんだ!距離だってきっと離れる!そうなる自信がある!
そう私がテーブルに突っ伏して限界を迎えているのに、ジギーさんは軽く笑ってるし、ヨウグさんは苦笑しかくれない。 酷い!
「まぁ頑張って?」
「ジギーさん考えて下さいよ!さっきみたいに頑張って!」
「専門外。それに疲れた。死んじゃう」
そんな返答に絶望!って顔を上げると、そんな所へとても嬉しそうな、満面の笑顔を湛えたレイ君が食堂に走って来るのが見えた。
ああ、オレンジ色の天使に見える。
レイ君ならきっと一緒に考えてくれる筈だ!
「ユリエ様ー!!」
そう言うや否や私に抱き着いたレイ君がとてもキラキラした目で私に問う。
「立候補の件どうなりました!?途中から結界で何にも分からなくて!」
「立候補?魔王様がしたやつ?」
「はい!魔王様が恋人に立候補された件です!!」
え?
「え?」
心と言葉で二回訊いた。大事な事だ。二回訊こう。
「ですから!魔王様立候補なされたでしょう?!」
「何に?」
「恋人に!!こーいーびーとっ!!」
とても嬉しそうなレイ君に、私はきっとこれ以上ないポカンとした顔を見せているだろう。
頭の中で、あのエントランスで、あの30センチのあの距離で、記憶の中の魔王様の整った口が動く。
『立候補しても、よいだろうか』
自分が爆発したかと思った。
一気に熱くなった体や、これ以上なく熱い顔も耳も、全部どうしていいのか分からない。
視界がチカチカしてて、身体もフワフワしてて、一体何が起こってるのか理解できない。
出来ないけれど
私、告白されてた?
私は青から真っ赤に染まった顔を真っ赤な手で覆う。
そしてテーブルに突っ伏して叫んだ。
「今これ以上は駄目ーーーー!!!!」




