53 糸口
魔道具を開発している部署への勧誘は諦めたジギーさんに、応援には絶対来るようにと釘を刺された私が、必ず、と頷くとようやくジギーさんは身を引いた。
眠そうなのに、興味のある話をする時だけ目が起きるので、ジギーさんは目しか見えないのに意外と分かりやすい。
ジギーさんが引いて、今度はヨウグさんがテーブルに身を乗り出す。筋肉の圧が凄い。
「いや、それよりさっきの話だ、野菜がなんだって?」
「そうなんです、野菜![洗濯]と[修復]使えば新鮮な野菜に戻るんじゃないかと思うんですよ」
「マジかよ。それなら今まで傷んで使えなかったやつ取ってあるから、野菜不足が解消できるんじゃ……」
わーい、と喜びそうになった私達に、「それ無理」とジギーさんが待ったをかけた。
ハイタッチでもしそうな私とヨウグさんの視線が、ミートパイを食べ終わって満足そうな、そして眠そうなジギーさんに注がれる。
「壊れた物を戻して更に品質を上げるなんて、そんな高い効力の魔法を普通の水やそこらの魔素水に使っても効果は出ない。エリクサーでも無理。魔王様の魔法でも無理。ちょっとよくなったくらいで終わる。無理」
「あ…素材の限界値…でも直なら…」
「素材の限界は魔法の限界。直でってユリエさんの[洗濯]は水中限定だよね?どうやるの?」
「うっ…」
「だから無理だよ。ゾンビは生物には戻らないの。死体になるだけ」
例え方…。
それでもなんとかならないの?と縋るような視線を2人で向けると、少し眉根を寄せたジギーさんが首を振る。
「あのね、普通に使ってる魔法だって使った瞬間から少なからず分散してる。そのままの威力は出てないの。水なんて物質の中なら尚更分散する」
「そこを何とか…」
「可能にする魔道具はないのか?」
私とヨウグさんの熱い視線に面倒そうに息を吐いたジギーさんが、マスクをしたままお茶を飲んだ。
え、だから何そのファンタジーマスク。
「そんな魔道具ない。あったら既に使ってる。だいたいそんな凄い事が簡単にできるなら、既に魔国で野菜育ててるでしょ」
「あー…」
「だなぁ…」
肩とテンションを落とした私達に、ジギーさんが目を細め、でも、と言葉を続ける。
「それを可能にできる物はある…」
「あ」
「なんだ?」
ジギーさんの言わんとする事が分かった私と、分からないヨウグさんと、溜息を吐いたジギーさん。
その場に何とも言えない沈黙が落ちる。
「【死の泉】の魔素水、ですかぁー…」
「ほんと万能水だよ。欲しいんだけど…ねぇ…」
手に入れる事はできる万能水。だがその前に立ちはだかる激強で優しくて繊細な魔王様を倒さねば、手に入らならない万能アイテム【死の泉】の魔素水。
「あんなもんどうするんだ」
「媒介だよ。魔法の。それも最高級のね」
「媒介かぁ…」
媒介。そう、媒介、媒介?
ハッとした。そうだ。魔法を分散させる事無く水を介して魔法が使える。それは……と私はとても真剣にジギーさんに向かう。
「あの、それって、直接人に触れなくても、魔法が…使える?」
「使えるねぇ」
「魔王様…にも? 私の魔法が、使える?」
私の発言に、2人が大きく目を見開いた。
緊張を伝えるように静まり返った食堂で、しんと耳に空気の音が聞こえそうなその場で、2人の息を呑む音が聞こえた気がした。
そして、真剣な声でジギーさんは返答を口にする。
「使える」
その言葉はとても響いて聞こえた。
ファンタジー水……流石ファンタジー水!
何て可能性だろう。もしかしたら私の魔法を触れる事なく魔王様に使う事が出来るかもしれない!
そうしたら、魔王様が必死に探って分からなかった、【魔力譲渡】と触れてはいけない魔法で乱れた魔力回路が整うかも知れない!
「魔王様に相談を……」
「いや、待って、ちょっと考えさせてユリエさん」
何だか居ても立っても居られなくて、席を立ちかけた私をジギーさんが片手で制し、残りの手で頭を支えながらとても真剣に悩んでいる。
「それは、危ないかも、知れない」
「…どうして、ですか?」
「オレ達も無駄に200年過ごしてない。魔王様のアレは【魔力譲渡】じゃない。魔法だ。だから魔素水が魔法を媒介するのが一方向じゃない」
「でも…魔王様が触れるのは水です…生き物じゃない」
もし、本当に【魔力譲渡】じゃなくて『生き物に触れると壊れる』って魔法だったとしても、魔王様が触れるのは水だ、生き物には触れていないのだから魔法は発動しないんじゃないの?
私の考えを見透かしたようにジギーさんが目を細め、首を横に振って難しい顔で視線を落した。
「魔王様の魔法はユリエさんが想像してる、『生き物に触れると壊れる』って魔法であってる。でも、よく考えて。魔王様は【死の泉】と自分を重ねてる。そのイメージが強い。そして何より触れたいとも思ってる。不安要素が多すぎる」
言葉に詰まる。確かに、そうかもしれない…でも……。
「だから、待って、考えるから。待って、少し…」
そのまま顔を俯かせ、考え続けているジギーさんのテーブルに固定された目が薄っすらと光っている。
そんな真剣なジギーさんの姿を見て、私は大人しく席に腰を戻した。
焦っては、いけない。
このお城の皆はずっと悩んできたのだ。どうにかしたくて、出来なくて、そして今、その光明がすぐそこにある。
慎重に、その可能性を失ってはいけないのだ。もし失敗する可能性が高い方法で魔王様にそれを使って、下手な事が起きたらもう二度とその手は使えない。
それどころかもう、魔王様に近付く事も出来なくなるかも知れない…もう目の前にすら出て来てくれなくなるかも知れない…。
私も、会って貰えなくなるかも知れない…。
そう黙って考える続けるジギーさんを見ていると、そんなジギーさんの周りの空気が歪む。
「魔素の配列を……でも…魔力……阻害……変換………陣に…無効化され……」
「じ…ジギーさん…?」
「お、おい、ジギー、その辺で……」
可能性を呟きながら考え続けるジギーさんの髪を浮かせながら、熱で歪んだようなモヤが上がり、その中で不規則に電気が弾けたように火花を散らしている。
これ、さっき魔王様がなってたやつじゃないだろうか…。
「じ、ジギーさん……」
それはまた危険な気がして、止めようと腕を伸ばした私の手首をジギーさんが強く握った。
そしてテーブルに固定されていた視線がゆっくりと私を見る。
その光る眼はとても真剣だ。
「ユリエさん。どれだけ魔法を使える?」
「と…トータルの消費量ですか?1回の量ですか?」
「両方」
「トータルは半分切ると吐き気、それを越すと眩暈がします。1回の量は椅子を消しても余裕があります。それ以上は試した事がありません…」
そう答えた私の言葉に、ジギーさんは大きく目を見開いて勢いよく立ち上がり、私を引き寄せてとても強く抱きしめた。
待って、ちょっと折れそう。
「じっジギーさん…!」
お、折れる…!
「ちょっ…ジギー!離れろ!それはヤバい!」
「あ、ごめん。つい。オレ魔王様とやり合いたくない」
私は折れそうな背骨に驚いただけだったけれど、焦ったように立ち上がってジギーさんを止めたヨウグさんは真っ青で、ジギーさんもすぐさま私の肩を掴んで離れ、パッと降参したように手を上げた。
危なかった。普通に背骨がやられるかと思った…。魔族、皆、力、強い……。
そんなインドア派に見えるけど力の強いジギーさんからは、危なそうなバチバチのモヤは消えているけれど、何だかとても疲れているように見える。
「で、何か考え付いたのか」
気疲れを色濃く声に乗せながら、大きく息を吐いて席に腰を下ろしたヨウグさんがそう訊くと、今度は最初からダレたように椅子に座ったジギーさんが更に椅子に沈む。相当お疲れだ。
それに倣って私も座ると、ジギーさんが疲れた声で説明を始めた。




