52 ファンタジーマスク
リリーさんとレイ君が去ったその場に残っていたその人は、耳に掛かるくらいの紫の髪の隙間から、不健康そうな隈を作った濃い青紫の眠そうな目でこちらを見ている。
口元はピッタリした黒のマスクで鼻まで覆っていて、年齢が上手く分からないけれど、恐らく24・5歳くらいの男性で、茶色い首を回るような立ち襟のマントを首前で留め、その中にはロングコートのような黒い制服を着ている。
そして、あれ?と言ったようにレイ君とリリーさんが走り去った方を一度振り返り、もう一度こちらに向いて頭を掻いた。
「えーと…オレは最初から居ましたよ?魔王様と一緒に帰って来たんで。 要ります?この説明」
「…いや、ジギーに他意がないのは分かる。引き留めてすまなかった」
魔王様がそう言うと、そんなジギーさんは頷いてエントランスに入り、廊下に向かおうとして気付いたように足を止め、パッと顔だけをこちらに向けた。
「あ、そう言えば初めまして異世界出身のユリエさん。話には聞いてる。オレはジギー・ブラウン。ジギーでいい。城の地下で魔道具を作ってる。面白い魔道具思い付いたら一報おくれ。宜しく」
そう一気に話したジギーさんは、最後に軽い会釈をしたので私も会釈を返すと、じゃ、と言って私の言葉を待たずにそのまま廊下の奥へと消えて行った。
私はその姿を唖然と見送って、そのままの感想をそのまま口にした。
「何だか、簡潔な人ですね」
「うむ、ジギーは無駄な事が嫌いだからな」
「ああ、だから魔王様ジギーさんには怒らなかったんですね」
「別に怒ってはいないぞ?窘めただけで」
そうは言いながらも、少し楽しそうな魔王様がそこにいる。やっぱり人に会う事自体は好きなのではないだろうか。
「そう言えば魔王様、晩ご飯どうします?って言うか入りますか?」
「ん? んー……」
さっき「食べられる」と言った手前、お腹いっぱいとだと言えないだろう魔王様が、お腹に触れて少し顔を逸らす。
そんな魔王様に笑って、じゃあ明日の朝食は少し多めに貰いましょうか、と提案すると、魔王様は恥ずかしそうに頷いた。
「ユリエ、その…明日も、会えるだろうか」
「はい、いつでも会えますよ」
自室に戻る魔王様が、エントランス横の階段に足を掛けて私を振り返り、少し寂しそうに尋ねるので私は笑顔でそう答える。
その返答に、とても嬉しそうに笑った魔王様が頷いて、私達はおやすみの挨拶をしてその場を離れた。
今、私と魔王様との距離は1メートル。近くなった存在が消えて、何だか隣が少し寂しい。
そんな思いを抱えながら、私は廊下を歩いて食堂へ向かう。魔王様のご飯の件も伝えなきゃだし、何より私はお腹が空いた。
食堂に着くと、そこにはついさっき会ったジギーさんが座ってお茶を飲んでおり、私を見付けてひらひらと手招きをした。
「えーっと、先ほどぶりです」
「まぁ座ってよ。ちょっと話したいし」
ジギーさんはその眠そうな目で正面の椅子を私に促し、私が座ると懐から出した小さいけれど綺麗な銀色の塊を、私の前に置いて指先で軽く触れる。
すると、その小さな塊は一瞬電気が走ったようにビリっと光って、次の瞬間には銀色の塊はカップに姿を変えていた。
「うわ、凄い、今の何ですか」
「あー、錬成。鉱石をカップに変えただけ」
何でもない事のように、その作ったカップにお茶を注いでくれたジギーさんは、で、と言って言葉を繋ぐ。
「ユリエさんって【死の泉】から魔素水作れるんだよね」
「みたいですね」
「それ、また採って来れない?」
作られた銀のカップを触って感心していた私に、ジギーさんはほんの少しだけ首を傾げる。
【死の泉】、魔王様曰く避けられて当然みたいに言っていたけどそんな事もなく、意外に、と言うか思った以上に求められている。
「それプリシラさんにもお願いされてるんですが、魔王様によるかなって…」
「あー……そこかぁ…」
無理だわぁ、と椅子に凭れ掛かったジギーさんが椅子に沈む。
ダレた様子が似合うって言うのもなんだが、とても自然だ。
魔王様は私が【死の泉】に再び触れる事を嫌がる、と言うか、自分に重ねて触れられるのを怖がっている節がある。危ないからダメ。プリシラさんにもそう言っていた。
しかし、プリシラさんは飲みたいから欲しいと言っていたけれど、ジギーさんは何故【死の泉】の魔素水が欲しいんだろう。
「プリシラさんは飲みたいって言ってましたけど、ジギーさんは何で【死の泉】の魔素水が欲しいんですか?」
「えぇぇ…あいつアレを飲む気なの?薬に使うんじゃなくて?」
「そう言われましたね」
「まぁ確かに超万能な魔力ポーションの原液みたいなもんだしな…。飲みたいとは思わないけど」
すいません、飲みました。美味しかったです。
「高純度の魔素水って、最高の魔力庫であり触媒で媒介になる超便利アイテムなんだよね」
「便利アイテムですか」
そう、と言って説明してくれたジギーさんによると、魔素水は普通の水ではなく凝縮された魔素だから、それ自体が魔力の元で、魔法を通しやすかったり、魔素水自体に魔法を留めておく事ができるんだそうだ。
薬草や魔石の効果や効能も同じく留める事ができるので、濃くなればなる程、劣化なく込めた魔法を留めておけるからとても便利。
薬や魔道具作りには必ず魔素水が必要になるのだとジギーさんは教えてくれた。
ああ、だから普通の材料と魔素水だけで薬ができたのか。と納得していた私に、興が乗ったのかテーブルに腕を乗せて少し前のめりになったジギーさんが、だからね、と言ってこちらを見る。
「【死の泉】なんてバカみたいに濃い魔素水だったら、何でもできるんじゃない?とか思う訳ですよ」
「なるほど。確かに凄い可能性の塊って感じですね」
「あ、分かる?ユリエさんとは上手くやっていける気がするわ」
「あれですよね、例えば[掃除]の魔法を込めた魔素水が、洗剤要らずのクリーナーになるって事ですよね。[洗濯]を込めたら、おうちクリーニングができる?あ、もしかして傷んだ野菜とか新鮮にできたり?」
「何それ気になる」
そんな便利グッズ的な話を2人で前のめりに話していると、目の前に料理の乗ったプレートが置かれた。
パイだ。恐らくこの香りはミートパイだろう。ヨウグさんは早速パイの研究を始めたらしい。流石だ。
そう私が見上げて頷くと、ヨウグさんがニヤリと笑う。
「珍しくモグラが出て来てると思ったら、面白そうな話してるな。」
「あ、ヨウグさん。魔王様晩ご飯要らないみたいです。代わりに明日の朝食少し多めにしてあげて下さい」
「分かった。で、さっきの話だが」
椅子を持って来て話に加わったヨウグさんと3人で、晩ご飯を食べながら便利グッズの話をしていると、私のユニークスキルの話も当然出る訳で、それを聞いたジギーさんは当然のように魔道具の研究部署に、と勧誘してきたのをヨウグさんに止められていた。
そしてミートパイはとても美味しかった。流石ヨウグさん。
そして、マスクをしたままご飯を食べたジギーさん。
何そのファンタジーマスク。




