51 精神魔法
やっぱり勝手に料理に籠ってしまう精神魔法とか怖かったので、ここは何とか魔王様に教えて貰いたい。
そう私は意を決して、しかしおずおずと魔法に掛かっているかもしれない嬉しそうな魔王様に質問をぶつけた。
「魔王様、その、精神に影響する魔法ってあるんでしょうか…」
「ん? 急に何故?」
「ええっと…自分の魔法の考察に」
「ああ、ユリエのユニークスキルか。確かに精神に影響する魔法はある。だが、結局は威力の問題だろうな」
「威力ですか」
そうだ、と言って魔王様は少しだけ顔を歪めた。
あ…もしかしてアップルパイの秘密に気付いてしまっただろうか…
「ユリエの魔法は分かるぞ。心地がよい。このアップルパイにもそれに近しい魔法が籠っているのは分かる。だが、精神に大きく影響するような威力はない」
違った。既にバレてた。くっ…恥ずかしい…!
まさかのもろバレだった事に赤くなった私を見て、魔王様は険しい顔のままだけれど頬を少し染める。しかしちゃんと真剣な面持ちになって、私に言い聞かせるように言葉を続けた。
「ユリエ、この世界に精神魔法は存在する。だが、先程も言ったように、それは威力によるのだ。物に込めればその物の持つ限界で、直接使うのならばその者の持つ魔力と制御に比例する。故に、直接使う場合は使った者より優れた術者、そして多く魔力を流せる者には効かない。 だが、例外がある」
「例外」
真剣に聞いていた私に、魔王様は更に険しい顔で頷いた。
「ユニークスキル、【魅了】だ」
「魅了ですか。ヤバそうですね」
「うむ。精神魔法は言葉を使うが【魅了】は言葉を使わない。いつ何時仕掛けられたかは、魔力を読む事でしか悟らせん。だが、【魅了】は魔力すらも掌握する厄介なユニークスキルだ。精神魔法の上位に当たる」
「普通に怖い」
「防ぐ術はある。あの魔法は必要ないとは言え、威力を高める為には言葉を使い、そしてより高い威力を求める場合は目も使う。故に、目を見ぬように気を付ける事が何より重要だ。万一出会った場合は己に魔力を流し続けて【魅了】の威力を相殺し、使われた場合は、使った者に魔力を流して強制的に解除させる事で魅了を解除出来るが、一番は会わない事だ。ユリエ、絶対に会ってはいけない」
「会うつもりはないですよ。会いたくもないです」
「ならばよいが……」
何かフラグみたいで嫌なんですが、と思ったのだけど、魔王様は難しい顔に緩く握った手を口元に添えて、その隙間でボソリと呟いた。
「…会う前に…潰すか…?」
物騒なワードが聞こえた。
魔王様はフラグが立つ前に、フラグを滅する方向へ行こうとしている。
それはそれでやめて欲しい。
だめ、と私が言うと、魔王様はとても解せぬ顔で私を見るので、もう一度、だめ、と言っておいた。
無用な殺生は厳禁である。
しかし、潰す、と言う事は、居るって事だ。それも魔王様の知っている人物の中に。
それは怖い。
「ええっと、会わないようにしたいんですが、魔王様の知ってる人ですか?」
「……うむ…。エルフの第二王子だ」
「会う機会のなさそうな人物ですね」
だってエルフだ。国単位で引き籠って出て来ないって聞いてるし、私も精霊国には行くつもりがない。
きっと会わないだろうな、と思っていると、魔王様が忌々し気に首を振る。
「奴はエルフの癖に放浪癖がある。たまにこの城へもフラフラと来る事がある。長年気にしていなかったのでその存在自体失念していた…ここはやはり…」
「だめ」
「上手くやる」
上手くって何を。
おもちゃをねだる子供のように、お願い、と言わんばかりの懇願する表情で、一向に潰す方向から離れない魔王様に首を振って、そんな事はして欲しくない、とお願いすると、嫌そうではあるものの魔王様はようやく頷く。
「会わないように努力しますから。後、来たら、と言うか来るのが分かった時点で教えて下さい。籠ります」
「不安だ…」
「食材、卸して貰えなくなったら困るでしょ?」
「む……」
そう、魔国はエルフに食材と言う大きな生命線を握られている。それも野菜だけではなく、小麦に至るまで結構な食材を卸して貰っている。
何かあって手を切られたら困るのはこの国なのだ。
「それより、今は来るかも分からない第二王子より、魔王様の触れられない問題考えたいです」
「…う、うむ」
私が真剣にそう告げると、照れた魔王様が少し複雑そうではあるものの嬉しそうに笑った。
「でも今日は魔王様帰ってきたばかりで疲れてますよね?だから明日からにしませんか?」
「私は平気だが、もう夜だ。これ以上ユリエを引き留めるのは控えねばな…」
「え?もうそんな時間?」
「ああ、外を遮断する結界を張っていたので……。少し、やじ馬が多くて…」
そう言って立ち上がった魔王様が、つま先で床を踏んでカツンっと音を鳴らすと、慌てた声と共に急になくなった障害物にお城の皆がエントランスに雪崩れて来た。
正面入り口にはレイ君とリリーさんが、私側の廊下にはヨウグさんと三兄弟が、そして対面の廊下にプリシラさんが居る。
「お前達……」
そんな皆に、魔王様の呆れたような冷たい視線が降り注ぐ。ちょっと寒いのでリアル冷気が出てるんじゃないだろうか。
まぁ、でも怒られても仕方ない。魔王様にだって見られたくない事はあるだろうし。知られたくない事もある。
魔王様が泣いた事は、絶対に黙っておこうと心に誓おう。
「だって!お城揺れるし!結界で入れないし!気にしない方がおかしいじゃないですか!」
やはりと言うか、一番に抗議の声を上げたのはレイ君だ。その後ろではリリーさんがテヘって感じで舌先を出して困った顔で笑っている。
かわいい。
2人とも元気そうなので、無事に帰って来てくれて良かったと私は笑顔を向ける。
が、声は掛けられない。助ける事はできない弱い私を許して欲しい。
「レイ、お前は最初から覗こうとしていただろう」
「…そ…そうでしたっけ?」
魔王様にそう冷ややかな視線を向けられて、レイ君もリリーさんと同じ顔になった。
「俺達はユリエの悲鳴が聞こえたから急いで来たんだ…魔王が帰って来たのは、その、見たんだが、その、な」
気になるだろ、と視線を泳がせている大きな鉈を両手に持ったヨウグさんと、ナイフを器用に回して鞘に戻した三兄弟が、自分たちは関係ありませんと言わんばかりにヨウグさんの後ろにそっと隠れる。
「私もユリエの悲鳴で来ただけ。無事ならいい。魔王がお城を揺らしたから薬棚が心配。私は戻る」
上手い事切り抜けたプリシラさんは速攻で踵を返して去っていく。その様子を見たヨウグさんも、俺達も晩飯の準備が!と言って、急いで厨房へ逃げた。
再び魔王様の冷ややかな視線はレイ君とリリーさんに注がれて、ぎょっとした2人は急いで言い訳を口にする。
「れっレイはロイのお手伝いに行ってきます!」
「私も軍部に溜まってる素材処理しなきゃ!」
そう言って凄いスピードで走り去った2人に、魔王様が呆れたように小さく溜息を吐いた。
そして最後に1人、2人が走り去った場所には私の知らない人が立っていた。




