48 30センチ ◆
「「「ふぅうゎぁーーーーー!!!」」」
「うるせぇ!!黙って食え!」
「いてぇ!!あー!ちょっと出た!勿体ない!!」
「ギャー!頭割れる!でもやべぇうめぇ!!」
「ぐふぅう!!!オレは出さねぇ!カケラまで出さねぇ!」
出来上がったアップルパイを速攻味見した三兄弟が叫んでいた。叫んでヨウグさんに鉄拳も貰っていた。
でも確かに。叫ぶ気持ちも分からんではない。
この世界での初料理、お菓子だけれど、それでも[料理]スキルを使って作った初めての食べ物。
まさかこんなに美味しく出来ると思ってなかった。
この世界の料理はヨウグさんのご飯しか知らない。そんなヨウグさんのご飯は美味しい。
下準備の段階から丁寧に、しっかりと作られている料理はその素材に合った優しい味や、満足感のある味わい等、見事に素材が活かされて丁寧に作り上げられているのでどれも美味しい。
しかし、この自分の作ったアップルパイ。
何というか、上手く言えないけれど、そんな美味しいご飯よりも一段上の段階で美味しい…。
魔法。魔法を使った料理だからだろうか…。
外に塗った卵黄がこんがり焼けたパイと相まって、香ばしさと生地の甘みを感じるサクッとしたパイの何層か下には、生地から香るバターの風味とリンゴの甘みと酸味、それがシャリッとしたとろけるリンゴの程よい食感を伝えながら、しっとりふんわりいい匂いを放っていて、甘すぎない美味しさと一緒に幸せのような物が噛んでる間中溢れて来る感じがする。
正直前の世界で食べたどのアップルパイよりも断然美味しい…。
私も黙って食べてはいるものの、異世界に来て良かった。とかまで思ってしまっている。
それ程までに出来上がったアップルパイは美味しい。アップルパイが特に好きって訳ではなかったけれど、こんなに美味しいとハマってしまいそうである。
これは、魔王様リンゴ好きならきっと喜んでくれる筈だ。
そう嬉しそうにアップルパイを食べる魔王様を想像して少しほっこりしていると、ヨウグさんの大きな溜息が聞こえて来た。
「ハァー…この有無を言わせないような美味すぎる感じ。これユリエのユニークスキルだよなぁ、いいなぁ俺も欲しいなぁ…」
アップルパイを食べたヨウグさんは凹んでいる。
アップルパイを前に、テーブルに両手を突いて項垂れている。
私の作った物には[料理]スキル以外の魔法も付くかも知れないからと、その効果を知るために私とヨウグさんは別々で作ったのだけど、その差がはっきりと出てしまった感じ。
いや、ヨウグさんのも全然美味しい。凄く美味しい。
でも、確かに自分の作ったアップルパイには、その「美味しい」の一段上の「美味しい」が魔法によって存在している…。
分かってしまうだけに何とも言えない…。
自分の作ったアップルパイと私の作ったアップルパイを食べ比べたヨウグさんは、ハー、とひと際大きな溜息を吐いてから、大きな手で擦る様に顔を上げ、小さく息を吐いてから項垂れていた胸を張った。
「ま、いい手本がありゃあ後は盗むだけだしな」
そう言って私に笑ったヨウグさんはいつもは怖い顔なイメージだけれど、その目はワクワクしたようにキラキラしていて、料理に対して研鑽を怠らないと言うか、追及し続ける姿勢は本当に料理が好きなんだなって思って尊敬する、と素直に思う。
そして再び私の作ったアップルパイを食べたヨウグさんがその味をしっかりと学ぶように咀嚼しながら、真面目な面持ちで首を傾げた。
「しかし、何かこう、ユリエのアップルパイ食べてると魔王の事思い出すな。魔王の好物がリンゴだからか?」
私が粗熱のとれた一口サイズのアップルパイを、紙を敷いた籠に盛っていると、最後に一口、と摘まんでいたヨウグさんと三兄弟が、アップルパイを咀嚼しながら首を傾げている。
「あ、オレも、なんか魔王様が笑ってる感じしてる」
「魔王様ってオレ1回しか見た事ないけど、笑うイメージないのに分かる」
「それそれ、なんかちょっと嬉しい」
「…え?」
待って。
ヨウグさんは分かる。ヨウグさんは魔王様の事よく知ってるだろうし、アップルパイだって魔王様がリンゴ好きって言ってたからチョイスしたのだ。気付くのは分かる。
けど、三兄弟、何言ってるの?
まさか…
私は籠に盛ったアップルパイを見て、最後の一口と言ったのに更に摘まもうとしていた三兄弟から籠を素早く抱えて死守する。
「ダメ」
魔法。このアップルパイには魔法が籠っている。
それはあの美味しさを知ればよく分かる。
そしてアップルパイを作った時、私はしっかり考えていた。考えていたのだ。
『魔王様はリンゴ好きだし、喜んでくれるといいな』って。
それが、まさか…まさかこんな形で効果に出るの!?
「えー!ユリエさん!最後!マジで最後なんで!」
「あと1個だけ!」
「美味い上に幸せ感じるとかハンパないんで!お願い!」
油断してた…お茶も料理も製造だから、願った効果が発揮されるって、魔法が乗る事は知ってたけど、こんな形で効果が出るとは思ってなかった。
じわじわと自分の顔が赤くなっているのが分かる。
透視された気分とはこんな感じだろうか。何か心の中がもろバレになったような、得も言われぬ恥ずかしさ。
しかし、私の想いが詰まり過ぎた破廉恥アップルパイを求め、三兄弟は手を伸ばしてくる。
「だ…だっ……だめーーーー!!!」
逃げた。
破廉恥アップルパイを抱え、これ以上なく華麗に逃げた。そりゃ逃げる。だってこんなの恥ずかし過ぎる。
厨房を走り去り、食堂を駆け抜ける。
本人に食べて貰う分には良いかもしれない、喜んでくれると思う。けれど、他の人はダメだ。作った奴はこんな事考えながら作ったんだなって分かってしまう。
それも、特定の個人に対する想いを、だ!
「やだーーーー!!!」
自分の分析に更に恥ずかしくなって、1階のエントランスで思わず叫んでしまった。
広いエントランスにそんな声が響いて、余りの恥ずかしさにしゃがんでしまう。
その瞬間、バーンと音を立てて正面の扉が開いた。
「ユリエ!!」
私を重い扉を開けた風圧が通り過ぎ、やっぱりこの扉はこう言う仕様なのだと思ってしまう。
そこには魔王様が立っている。
久しぶりに見た魔王様はバーンと扉を開けた状態で何だかビリビリ帯電している。静電気にしては凄い痛そうな量だ。
私は呆けたようにそんな魔王様を見てしまう。
帯電してるけど、元気そうで良かった。
「…魔王様? お…おかえりなさい」
「ん?…ただいま…??」
私が挨拶をすると、あれ?と首を傾げた魔王様から凄い静電気が消えて行く。
「大事、ないのか?」
「え、あ、はい。ちょっと、ええっと、驚いただけです」
言えない。破廉恥アップルパイが恥ずかしかったとか言えない。知られたくない人ナンバー1だ。
私は立ち上がってじっと魔王様を観察する。
魔王様に変わった様子はない。危ない所に行ってたみたいだけれど、怪我もないし大丈夫そうで本当に良かった。
そう分かると自然と笑みが零れる。その存在はとても私を安心させる。
「魔王様も大丈夫そうで良かった。無事で安心しました」
「う、うむ…私は、その、大丈夫だぞ」
私が笑うと魔王様が赤くなる。
赤くなって、照れたように横を向く。そんな事にも安心してしまうのはきっとずっと心配してたからだろう。
でも、なんだろう。この既視感。
前に見た事のあるこの距離感。
「魔王様、ちょっと遠くないですか?」
10メートル。
魔王様との距離10メートル。これ初期位置だ。
「いや…その…」
私の言葉に、自分でも自覚があるのか、魔王様は視線を彷徨わせながら顔を伏せる。
魔王様の取る距離は心の距離。信用とか信頼とか、そう言った物で距離が埋まる。
そして私はいつか魔王様に魔法を使う為に、その心の距離を埋めている最中なのだ。
なのに初期位置……。
溜息が出そうになるのをしっかり堪える。だってもしかしたら何か理由があるのかも知れない。
「何か、変わった事でもあったんですか?近付くのは問題ありますか?」
「いや…問題は、ない…」
問題はない、じゃあ変わった事はあったんだろうか。
私が首を傾げていると、まだ顔の赤い魔王様がこちらを見た。
相変わらす綺麗だな。
顔は赤いけれど、どこか何かを覚悟したような魔王様が、一度大きく深呼吸して真面目な面持ちで私に問う。
「ユリエ、そちらに行っても?」
「…え?はい…大丈夫、ですよ?」
大丈夫。大丈夫だけど、どうしたの?
魔王様から近付こうなんて、行っていいかなんて訊かれると思ってなかったので、微妙に反応が遅れてしまう。
けれど唖然とする私に向かって、魔王様がその長い脚をゆっくり進めた。
硬いブーツの音が床に響いて、この思いも寄らない状況に緊張してるのに何だか更に緊張する。
ゆっくりと、でも私に向かって、少しずつ魔王様が近付いてくる。
6メートル…5メートル…3メートル、これは信用できる人の距離。2メートル、これは信頼のある人の距離。1メートル30センチ、これは私の頑張った距離。
魔王様の脚はまだ止まらない。
その一歩がとても貴重なものだと分かる分、私は動けずにその真面目な面持ちの魔王様を見詰めている。
魔王様の脚が止まる。そして、私を見ている。
魔王様との距離は30センチ。
この距離には、どんな意味があるの?
「ユリエ、私は…」
近い。物凄く近い。でも私は目が離せない。
その魔王様のサラサラした銀の髪が流れるように揺れる様も、長い睫毛が緊張に揺れる様も、その真剣な、深い海のような瞳が私を見詰める様も、何一つ目が離せない。
体温さえ感じそうなその距離で、魔王様の整った唇が開かれる。
「立候補しても、よいだろうか」
静かなエントランスの中で、その決意の籠ったような真剣な声が私の鼓膜を揺らす。
そして音のなくなった静寂が、私の返答を待っている。
「……な…何に…
立候補、するんでしょうか」
私は目を逸らせないまま、その真剣な魔王様を見詰めている。
とても真剣だったから、きっと大事な事なんだろう。
けれど、何に立候補するのか分からない。
私の返答に、大きく目を見開いた魔王様は次の瞬間にはボンっと音がしそうな感じで真っ赤に染まり、綺麗な銀髪がフワリと揺れた。




