47 アップルパイ
魔王様達が居なくなってからもう一週間が経ち、今日は7日目。
魔素の乱れる感覚はもうないけれど、依然として皆は帰って来ない。
いや、レイ君とか魔王様辺りは転移があるから帰って来てるのかも知れないけれど、会う事は出来ていない。
私は朝からヨウグさんの厨房を手伝って、昼過ぎからはプリシラさんに頼まれている自称ポーションを仕込む。
夕方までは清掃員としてお城を掃除して、夜は小物を作ってみたりでちまちまと魔法の特訓を行っている。
掃除に関しては、先日無意識に発動してしまったお掃除魔法の続きを行った。
どうやら私から床を伝うように円状に広がったのを急に止めたせいで、綺麗な部分とそうでない部分がきっぱり分かれてしまったのだ。それは物凄く中途半端で気持ち悪い。
必死にその境目をなくそうと、1階の部分の廊下や階段、エントランスなんかを掃除をしているのだけど、そのまま進んで開かない扉や入っていいか分からない場所以外はそろそろ一階で出来る部分が終わってしまいそう。
5メートル以上は軽くありそうな高い天井とか、全くもって届かないしな…。
なんて考えてる間に、1階で出来る部分が終わってしまった私は、1階エントランス端にいくつかあるソファーに座って、一段と高い天井を眺めて足を揺らしている。
高い天井が掃除できていないのを見ると、魔王様と掃除した事を思い出す。
魔王様と天井を掃除する時は、魔王様が作ってくれた結界の階段を上がって天井部分を掃除するのだけど、そんな時必ず魔王様は目を覆う。
結界は不透明な物なので、私がスカートだろうが中は見えないと思うんだけど、チラッと下を見るとしっかり両手で目を覆っているので、そんな姿が少し面白くて密かに笑っているのは内緒だ。
でも、そんな姿ももう長く見ていない気がする。
一週間ってこんなに長かっただろうか……。
こんな広いエントランスに1人で居るのは何だかとても変な気分。
天井から視線を下ろすと正面の重そうな扉が見える。
あの重そうな正面の入り口は最初に開いた時の印象が強かったせいか、魔王様がバーンと開けるイメージがとても強い。
真っ赤な顔で入って来ないかな、とか思ってしまう。
魔王様、元気かな…。
レイ君が魔王様を労ってあげて欲しいと言っていたので、帰って来たらご飯でも作ろうかと考えてはいたけれど、王様にご飯って労いになるんだろうか…。
労うって何すればいいんだろう。
ソファーから伸ばした足先を揺らして遊ばせながら、労う内容を考える。
そう言えば、両親以外に労われた経験は、先に帰る人の「お疲れ様です」だけだった気がする。他にもあったかも知れないけれど、なんとなく前の世界の事を薄くしか思い出さない。
きっとこちらの世界で受け取る思いが濃いからだろう。
そして、そんな世界の労いってなんだろうか。
「プレゼント…とか?」
いや、誕生日ならまだしも、労いでプレゼント的なのはどうなんだろう…。もっとこう、軽い感じの、気楽なやつがいいのでは?
そうなるとやっぱり消え物だろうか…。
消え物、食べ物。後はいい感じの石鹸とか、ハンドクリームとか…いや、相手は男性だ。
それは女子に送る物だろうし、まず手元に材料がない。
「うーん…お父さんにはお酒だったなぁ…」
作れるかな、お酒。
いや、作れたとして魔王様ってお酒飲むんだろうか…。嫌いだったら駄目だよねぇ…。
「意外と難しい。労い…」
遊ばせる足先で、靴をコツコツ鳴らす音がエントランスに良く響く。
やっぱり掃除すると空気が違う。
そう言えば誕生日って何かしてるのかな。
こっちの世界で誕生日を祝うって風習はあるんだろうか…。もしあるとしたらどんな感じなんだろう…。
皆に祝われる魔王様。
やっぱりそれなりの距離を開けそうで少し想像し難いけれど、想像の中の魔王様は何だかんだで嬉しそうなので、お祝いはなしではないかも知れない。
「あ、そうだ、ケーキ。お菓子とか」
そう思い付いて、私は、よし、と反動をつけて立ち上がると厨房へと向かう。
労いにケーキは少し派手だ、なら良い感じのお菓子とかはいいんじゃないだろうか。
リンゴが好きだって言ってたし、リンゴを使ったお菓子とかいい感じだと思う。
「ヨウグさーん、少しいいですか?」
もう慣れた厨房の扉から顔を覗かせてヨウグさんにお伺いを立てると、そこには標的のリストを眺めているのかと思うような、怖い顔をしたヨウグさんが紙の束とにらめっこしていた。
そんな顔がこちらを向いて少しだけ足が止まる。
迫力。
「おう、どうしたユリエ」
「忙しかったですか?」
「いや、食材の確認してただけだ」
「難しい顔してましたけど、何か問題でも?」
厨房の中央にある作業テーブルに凭れていたヨウグさんの隣へ行くと、再び紙の束に視線を落としたヨウグさんが歯切れの悪い感じに、まぁなぁ、と零して難しい顔を更に顰める。
「野菜が足りなくなるかも知れん」
「野菜ですか…」
「元々野菜は少ないんだが、輪を掛けて今回急に軍の訓練が入ったからな。予想より多く消費する羽目になった」
野菜。ヨウグさんの作る料理にお肉は多いけれど、確かに野菜は節約されていたように思う。
消費が多いのではなく、供給が少ないのだろうか。
「いつもの取引先に増やして欲しいと打診してみては?」
「それがなぁ…野菜の卸先は精霊国のエルフなんだよなぁ…」
「あー…」
ちょっと待ってが1年からのエルフ、鎖国大好き精霊国。…逆にどうやって野菜を仕入れているんだろう。
「魔国で野菜は作ってないんですか?」
「この国で野菜は育ちにくいんだ。なんとか上手く育っても実は少なくて小さい、そんで味が悪い」
「なるほど。いつもはどうやって精霊国に発注するんです?」
「1年に一度、決まった時期に一気に取引するんだ。それを時間経過のない収納袋で保存するんだが…急な取引は期待できねぇ。おそらくその時期じゃないとまず会えねぇからな」
それは難しい顔にもなるってもんだ。
そしてサラッと時間経過がない収納袋がある事が判明した。気になるけど、自分に必要かと言われると必要ではない。あると便利だろうな、とは思うけど。
とりあえず野菜についてどうしたものかと考えていると、そう言えば、とヨウグさんが私を見下ろす。
「ユリエは何の用事だったんだ?」
「あ、いえ、大丈夫です。材料が心配な時にする相談ではないので」
「いや、野菜以外なら大丈夫だ。言ってみろ」
確かに私がお願いしようとしている内容に野菜はない。けど野菜に近いリンゴは使う事になってしまうので、その辺りはどうなんだろう……。
「その、アップルパイを作りたいな、と思って」
「ん?そりゃ異世界の料理か?」
「一応?でも簡単なやつです。リンゴを使ったパイです。こっちにもありそうなんですが…ないですか?」
「どんな料理だ」
異世界料理の話をするとヨウグさんは毎回目を輝かせるけれど、獲物を狙うようで迫力が酷い。
そしてアップルパイについては、まず「パイ」が存在しなかった。
だからアップルパイも存在しない。
厨房のお手伝いをする時に、世間話のようにこちらの食事情を軽くは聞いてはいたけれど、この世界の、と言うか魔国の食事情は思ったよりも進んでいない。
日本が飽食だっただけかもしれないけれど。勇者先輩が居た割には進んでいないと思ってしまう感じ。
魔国の料理は基本的に肉を焼く、肉を煮る。
基本が肉食ではあるけれど、野菜を食べない訳ではなく、野菜が貴重だからだと理解した。
味覚に関しては私と殆ど変わらないので、個人の好みはあるだろうけど、味付けに関しては濃い薄いの判別もそこまで変わらない。
使われる食材は貴重な物から魔国で採れる物まで様々あるけれど、勇者先輩が来るまでは調理の概念自体が2つだけだったので、主な料理は焼いた肉と煮込んだスープ。
主な味付けは塩と香草だ。
勇者先輩が来て、煮る、焼くの他に、蒸す、揚げるなどの概念が追加され、調理内容や味付けに関しては色々と研究したのだとヨウグさんは教えてくれた。
なのでソースやダシの類。これはヨウグさんの料理に対する研鑽の結果。
マヨネーズは勇者先輩らしいけど、他のソース類やダシを取る事に関しては、ヨウグさんが美味しい物が作りたいと言う一心で作り上げた物だそうで、一般的ではないそうだ。
そんな味付け用の調味料、色々と揃ってはいるけれど、昆布やら小魚が多いこれはヨウグさん曰く勇者先輩が頑張ったらしい。ただ使い方は乾燥させて煮る。と伝わっている。
間違ってはいないけれど、丸投げ過ぎる。
しかし味噌や醤油はなく、スパイス系の集め方を見ると、きっとカレーを作りたかったようだけど、ターメリックやクミンなど、代表的なスパイスが多く欠けている…。
食材に関しては勇者先輩の努力が色々見えるが、勇者先輩は本当に料理が全く駄目だったようで、全然そこが進んでなかった事には少し泣ける。
男性が料理出来ないとは全く思わないけれど、勇者先輩はプリンにスライムを入れようとする人だ、出来る出来ない以前の問題のようにも思えるけれど、それでも勇者先輩は頑張った。
日本食とかカレーとか、色々食べたかったんだろうな…。
切ない……。
そんな勇者先輩が頑張って色々集めた食材の中にも、残念ながらお米はない。
なので主食に該当するのは精霊国から仕入れた小麦で作るパン。
パンの製法は精霊国から伝わったらしいけど、そんなパンも基本的にはカンパーニュのようなハード系の固いパン。
お城のパンが柔らかいのは勇者先輩にパンが硬いと文句を言われ、ヨウグさんの研鑽の結果柔らかいパンが完成したのも50年くらい前。
切っ掛けはバターを使う事を発見したかららしいけど、パンの進化も結構最近。
私が生きた年月が掛かっているので何とも言えなくなってしまう。
そんな食事情。これから少しずつ進めて行きたい。
だって色々食べたい。お米も見付けたい。
そんな私の食の第一歩はアップルパイ。
とりあえずリンゴはセーフらしいので作ってみようって事になり、私は今ヨウグさんとアップルパイを作っている。
料理の話は色々したし下準備には参加したけど、実際こちらの世界で食べ物を作るのは初めてだ。
久々の調理にテンションが上がる。
アップルパイを作る際に色々説明が必要かと思ったけれど、私が作る工程を見るとヨウグさんはすぐに理解するのでとりあえず私は作ってるだけ。
言葉で説明されるより、作り方を見て考えて知るのが楽しいらしい。
職人肌だ。かっこいい。
「生地を重ねるって発想はなかったなぁ…」
「そうするとサクサクになるんですけど、私は少し中がしっとりしたやつも好きですね。もちもちするのがいいです」
「確かに、食感の違いはよさそうだ」
「サイズを変えたり、器を使ったり、ポットパイもいいですよ。中にシチュー入れるんです。お肉なんかで具材作るとミートパイになりますね。パイはデザート系もご飯系も美味しいです」
「万能だな」
今私達はアップルパイの入ったオーブンの前でお話ししている状態だ。
互いに料理スキルが仕事をしたので、何か色々あっと言う間に出来てしまった。
特に生地作りは早かったし、寝かせている間に中身のリンゴを準備するのもあっと言う間だった気がする。
そう、気がする、くらいにしか感じない早さだった。
ちょっと早すぎて物足りない。もっと作りたくなるけれど、野菜が足りないとか忙しい中で勝手をする訳にはいかないし、料理に関しては今日はここまで。
「あのー…全っ然分からなかったんすけど…」
「スキル使われたら勉強にならないじゃないっすか!」
「食べて盗む!ここは譲れないっすわ」
材料を揃えていた辺りから、自分たちにも教えて欲しいと見学していた三兄弟が、私の後ろから文句を言っている。
最近はヨウグさんに怒られないように、私を盾にする事を覚えたらしいのだけど、こんなへなちょこな盾に意味はないのだし、毎度回り込まれて後ろから急に聞こえる悲鳴で私がびっくりするのでやめて欲しい。
「オレたちの分も勿論あるんすよね」
「まさかない訳ないっすよね」
「ユリエさん優しいからちゃんとあるって信じてます」
「あるよ。小さく作ったから摘まむ程度だけど、量は沢山あるから大丈夫。あ、ヨウグさん、オーブンの温度落とせます?」
「おう、任せろ」
後ろでウェーイとハイタッチしている三兄弟に、温度の勉強はしないの?と尋ねると、物凄い速さでオーブンに向かって行ってヨウグさんに邪魔だと怒られている。
今日もお城は平和である。




