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46 一歩 魔王side

 レイに、ユリエに好きな人が出来たらどうするのか。そう問われて頭が真っ白になった。


 そして、胸に穴が開いたのかとも思った。


 嫌だ。その一言と共に、ここ最近ずっと感じていた胸の苦しさが空いた穴で暴れている…。

 膨れ上がった己の魔力を抑える事は叶わず、自分でもよく分からない魔力の暴走を起こした中で、心に刺さって痛みを訴えているのは“ユリエに好いた者が居るかも知れない“と言う思考だった。


 その余りに痛む胸を治めたくて、レイに答えを求めるが、「好いた者は聞いた事がない」と言う一言以外の言葉は、痛みを増す物ばかりで体の内から嫌な焦りが湧く。


 蓋をして、見ぬように、考えぬようにと努めて来たユリエが私の元から去るかも知れないと言う不安。

 その不安は一度解放してしまえば心を蝕む。


 レイの言葉で解放されてしまった不安は眩暈を起こしそうな程頭の中を支配して、その胸の内に湧いた黒い物が心臓を掴む。



 誰かが、私からユリエを奪うかも知れない。



 嫌だ…。

 だってユリエは私のものなのに…。


 黒く染まった心の中から出て来たのは、そんな身勝手な感情だった。


 ユリエは私の物ではないのに、こんな汚い感情で見ていい者ではないのに…。

 けれど、確かにそう思っていた自分に嫌悪感を覚える。


 何度も欲しいと思った。しかし欲しいとは言えなかった。欲しいと願っても、この手で受け取る事はできない………。


 そしてそれは浅ましい願いだと知りながらも、そう思う度に、欲しいと願う度に、隣で、すぐ側で、笑っているユリエが居て、温かく満たされているこれだけは、この気持ちだけは私のものだと思っていた。


 そしていつの間にか、満たされるそれだけではなく、幸せを、その温かな物を生み出すユリエすらも、自分のものだと思っていた…。


 ユリエは私の側に居ると言ったのだ。

 “誰か”の元へなど行く筈がない。

 ずっと側で、私の隣で、ずっと変わらず笑っていてくれると思い込んでいた……。



 だが、違う…。



 あの優しい瞳が、私以外の“誰か”に向けられる日が来るかも知れない。あの温かな声で、“誰か”を「好きだ」と言うかも知れない…。



 耐えられない…。



  もう知ってしまったのだ。これが「好きだ」と言う感情だと…。好きだと、恋しいと、愛おしいと、ずっと側に居たいと思う感情を知ってしまった。


 離れるのは嫌だ。手放す事は出来ない。そうでなければ生きて行けない。

 余りに胸が潰れそうで吐き気がする。己の乱れた魔力で血の気が引く程に気分が悪い。



 何故、私には許されない…。



 もし、もしも触れる事が許されていたのなら…。

 皆のように、何も恐れる事無く、恐れられる事もなく、ただ愛おしいと、その髪に、その頬に、触れる事が許されていたなら…。

 私には出来ないそれで、愛おしさを伝える術で、私には許されないその一歩で、“誰か”がユリエを奪って行くかも知れない…。

 行くなとその腕を掴む事も出来ない私の前から、ユリエを、その全てを手に入れるかも知れない…。


 妬ましい…。


 この感情を、触れたいと思う気持ちを、愛を伝える言葉にしても許されていたなら、こんなに苦しむ事はなかったのに……。



 触れてはいけない。ただその一つの制限が私から全てを奪う。


「好きだ」と言うこの言葉すら、私が口にする事は許されない……。



 触れれば壊すのだ…。

 言える訳がない……。





 ああ

 いかん

 駄目だ


 死にたい。



 闇の中へ突き落されたような気分だ。

 死にたいと願う事は何度もあった。じわじわと心を蝕む苦しみが続くだけならば、破滅に向かって進むだけならば、終わらせてしまいたいと何度も願った。

 そんな闇の中で息の出来ない感覚を、ユリエが来てから忘れていた…。


 ユリエが来て、私の側で、与えられる温かな笑顔の側で過ごす内に、そんな苦しさは忘れていたのに、ユリエを失うのかと思ったそれで一気にその闇を思い出す。


 無理だ…。

 ユリエが居ない世界で生きるのは、もう嫌だ…。


 身体が震える中で痛む胸を押さえ、「嫌だ」と言葉を零した私に、レイが何と言う事もないかのように口にした言葉は、再び私の思考を奪った。



「じゃあそうなる前に、せめて恋人くらいには立候補なされては?」




 ?

 …??

 ………????


 何を、言っている????


 再び真っ白になった頭の中で、最初に出て来た言葉は純粋な疑問だった。


 私が?ユリエの?恋人に?好きだと言う事も許されない私が?どうやって???


 真っ白い思考の中から湧き出るように降ってくる疑問を受け取っていると、何かが当たった衝撃で我に返る。


「わっ私はそのような…!そのような…………しかし……でも………」


 急に時が戻ったように、動き出した現実に上手く頭が回らない。身体が動くままに空へと向かうが、魔法を使うには余りにも頭の中が雑多だった。


 だが、溢れかえる思考の中で、輝いて見える物がある。



 立候補するだけならば、許されるのではないだろうか……。



 そう思ってしまった思考が今の今まで考えていた全てを消し去って、頭の中を大きく占拠して離れない。

 それは余りに魅力的で、こんな私に許された一歩に思える。


 しかし、恋人。恋人に……。

 立候補したいと、私がそれを望んでよいのだろうか。

 触れられもしないのだぞ?指先一つの温もりが欲しいと望まれても、応える事も出来ないと言うのに?恋人に?なりたいと、そんな対象に、立候補したいと言ってもよいのか??


 それは、駄目では、ないのか?


 もし、もしも了承して貰えたとして、寂しい思いをさせるのでは?辛い思いをさせるのでは?触れられない事に耐える日々を、あの苦しさに耐えてくれと言うような物だ…。


 それは、やはり駄目なのでは…。


 いや、だが、しかし…。


 ユリエは待っていてと言ってくれた。望んでもよいと言っていた。ならば、ユリエが待ってくれるのならば、やはりよいのでは??


 立候補するだけなのだ…今すぐにと言う訳ではないのなら、好いて貰えるように努力する期間が貰えるのではないだろうか。そしてユリエが選ぶ選択肢の中には入れるのでは…?


 せめて、立候補……立候補するだけならば…。


 …そ、それくらいならば、許されるのではないだろうか…。


 もし立候補が許されたのならば、誰か他の者がユリエを求めて来ても対戦を挑めばよいのだし、待っていてと言う事は、治るまでは、それまでは私からは離れないと言う事で、ならば、ユリエが治すと言ってくれたそれまで、立候補した地位を守り続ける事が出来るのではないだろうか……猶予だって貰えるのではないだろうか………。




 立候補…。 したい…。 物凄く……。




 だが、待て!

 立候補するのはよいとして、ど、どのように立候補したいと伝えればよいのだ…!?

 これは言わば告白と同じ、好きだと伝えるも同じなのだ!いかん想像しただけで恥ずかしいっ!顔が熱い!!魔力が漏れる!!


 フワフワとしていた己の魔力が告白だと思い到った瞬間に、一気に膨れ上がって辺りを消し去るが、今はそれ所ではない。素材などどうでもいい。


 だ、だが落ち着かねば。よく考えるのだ。色よい返事を貰う為にはしっかりと伝えねばならん訳だし、時間を掛けてしっかりと準備を……。


 じゅっ、準備とは何だ!?何をすればよいのだ?!


 余りの混乱に両手で覆った顔はとても熱い。

 魔力回路は酷使していないのに熱が出そうだ…っ。


 こんな事は考えた事もない、やり方など全く分からない。最近ようやく会う方法が分かった所なのだ、告白の仕方なんぞ分かる訳がなかろうが!


「だが伝えたい…っ」


 ひ、跪けばよいのか?確か、絵本ではそのような絵を見た事がある…が、あれは絵本だっ!何故絵本にしかそれを書かん…っ!!


 だが、駄目だ、違う。本に頼るのはよくはないと先日気付いたばかりではないか…。


 どうすればよい…。どうすれば伝えられる…。


 ユリエに会えば、自然と分かったりするのだろうか…。


 ふとそう考えて思い出したユリエは、頭の中でとても綺麗に笑っていて、触れたい、そう思った自分の気持ちが頭の中でユリエの頬に触れた。



「ふぐっ!!!」



 そんな破廉恥極まりない頭の中に、情けない声と共に再び魔力が広範囲を吹き飛ばした。


 立候補したいと伝える術は分からない。だが今すぐ伝えたい。

 持て余した自分の気持ちに顔を覆って耐えるしかない私に、遠くからレイの叫ぶ声が聞こえた。


「魔王様!!素材!!!」

「分かっている!!!」






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