42 乱れ
昼食も食べ終わり、三兄弟は私にお疲れさまっす!と挨拶を残して厨房へ戻って行った。
私は返事を返したものの、再び込み上げてくる不安のような胸のざわつきに、どうしてもぼんやりしてしまう。
このソワソワにも似た不安は、どうにかならないものだろうかと窓の外を見ているそこに、微かに甘い香りを感じて視線を戻すと、ヨウグさんが淹れてくれたお茶を私の前に置いてくれた所だった。
「まぁ、不安にもなるわな」
「ユリエはこの状況初めてだから、心配するなって方が無理だと思うけど、大丈夫だからね」
「その…すいません、ありがとうございます」
苦笑するヨウグさんとプリシラさんに宥めて貰うのだけど、どうしてもいつもと違うと感じる雰囲気に、零れた溜息を吐きながらお茶を飲んでまた溜息を吐く。
何か作業をしている時は気が紛れるのか結構平気なのだけど、いざこうやって何もしない時間が出来てしまうと駄目だ。
皆強いよ、って教えて貰っても、大丈夫なんだろうか、怪我とかしてないだろうかと、そんな心配ばかりが思い浮かぶ。
「今は魔素泉の乱れが強いから落ち着かないだろうけど、収まればユリエも少しは安心できると思う。もう少しの我慢」
「そうなんでしょうか…」
「ユリエは魔力が多いからきついんだろうさ。まぁいつもなら魔王が一人で片付けて帰ってくるような事なんだ。今回はたまたま近くに軍が居たから、訓練ついでに動いてるだけだ。そう心配すんな」
「そうなんですね…」
とても落ち着いた2人に気を遣って貰って、何だか自分が迷子の子供みたいで恥ずかしくなる。
そんな恥ずかしさにテーブルに額を預けると、やはり預けたそのままに溜息が漏れた。
皆が強い事とか、魔物はどんな生き物なのか、湧いた魔素泉はどうなっているのか、もし知る事が出来たら、脅威に対する不安と、それを払拭する強さを秤にかける事が出来れば少しは安心するんだろうか…。
秤にかける事が出来たとして、私は落ち着いていられるんだろうか…。
けれど、きっとそう、みたいな空気を掴むような想像ではまったく落ち着く事は出来ない……。
いつもと同じ晴れた空、いつもと同じ静かな廊下、いつもと同じ窓から吹く風、その大きな中に、何かが足りなくて何かが違う。
この感覚が、とても大きな違いになって帰って来たらと想像するだけで、漠然とした不安がどんどん増す。
嫌だな。うじうじした自分が嫌になる。
私も少しくらい戦えたり強かったりすれば、もっと違ったんだろうか…。
「強い……強いってなんだ」
そう、強いってなんなんだ。
異世界に来て、きっとファンタジーな感じで漠然と凄い事が出来るんじゃないか、強くなったりしないのか、なんて何の努力もしてない無責任な期待をするから、できない自分にガッカリするのだ。
もともと弱いし、芋の箱すら持ち上げられない癖に、戦えたらなんてどの口が言うのだろうか。
私は私に出来る事をするしかないし、そんな自分なのだから選べない選択肢があって当たり前なのだ。
だから気持ちくらい強くありたい。せめて心配できるくらい…。
でも、それすらも出来ていない。
「はー……」
あー、なんか掃除したい。
すんごい勢いで掃除したい。
全部綺麗になればいいのに。そしたら少しは、この胸の中で弾けそうな何かをスッキリできる気がする…。
全部、さっぱり、綺麗になればいい。
そう私がうだうだ考えていたら、ヨウグさんとプリシラさんの焦った声が聞こえて来た。
「ユリエ!お…おい!待て待てどこまでやる気だ!」
「ユリエ落ち着いて!ちょっと…うわ…うわー……」
「?…なんでしょうか」
そんな2人の声に顔を上げると、そこは光り輝いていた。
少し薄暗かった食堂が、窓からの光を吸収するように煌めき、晴れやかで明るく、清潔を絵に描いたような、けれどとても落ち着いた雰囲気のシックで素敵な食堂になっている。
「え?」
「え、じゃない。急に魔法使うからびっくりした」
「おいおい、何だこりゃあ…すんげぇな」
申し訳ない。でもおかげで何か気持ちがスッキリしてる。
私が急に落ち着いた胸の辺りを気にしていると、横に居たプリシラさんが「乱れた魔素が気持ち悪かったんだね…」と呆れたように笑いながら息を吐いた。
ヨウグさんは立ち上がって嬉しそうにキレイになった食堂を眺めていて、無意識とはいえ勝手に掃除してしまったので怒ってないかな、と思ったけれど、嬉しそうでよかった。
「すいません、何かモヤモヤしてたら勝手に魔法使ってました」
「魔素泉が湧くとね、周りの魔素も乱れる。今回は魔素泉が一気に沢山湧いたから、ユリエはその乱れの影響を受けてたんだね。まだ慣れてないからしょうがないけど、急に大きな魔法使うと体に負担が掛かる、気を付けて」
はい、と返事をすると、プリシラさんは私の手をとって治癒魔法を使ってくれる。
温かい。
「うん、魔力回路も大丈夫。でも、ユリエの魔法初めて見たけど、すごい」
「こりゃ大したもんだぜ。3階のエントランスも凄かったが、うちの食堂がここまで綺麗になるとは…」
喜んでもらえるとやっぱり嬉しい。
私は嬉しくて笑った自分の表情筋が、今日はほとんど動いていなかった事を知って少し驚いた。
結構かなり、緊張してたんだな……。
にしても、今はすごく気持ちがスッキリしてる。もしかして、さっきまでの何とも言えない不安感や、うじうじしてしまう気持ち悪さ、あれが魔素の乱れの影響ってやつだったんだろうか。
魔法使えばスッキリするんだな。勉強になった。と考えていると、どたどたと音がしそうな勢いで厨房から出て来た三兄弟が、カウンターに飛びついてヨウグさんを呼んだ。
「料理長ー!何か急に厨房がやべぇくらいピカピカになったんすけどー!」
「やべぇ!ここも超キレイ!あ!あのムカつく染みがねぇ!」
「眩しい!ってか食堂もマジやべぇ!何コレやべぇ!」
「やべぇやべぇうるせぇぞお前ら!今行く!」
そう三兄弟に大きな声を返したヨウグさんが私に振り返って大きく笑う。
「ユリエ。綺麗にしてくれてありがとな。また明日の朝も厨房頼めるか?」
「はい!」
私は笑顔で厨房へ戻るヨウグさんの背中を見送って、綺麗になった食堂を見渡した。
やはり掃除は素晴らしい。




