43 薬
午後からはプリシラさんと薬を作る。
少し待ってて、と食堂の席を立ったプリシラさんが医務室へと歩いて行って、手のひらに乗りそうな小さくて綺麗な箱を持って食堂へ帰って来た。
それを私の前に置いて、今度は厨房へ消えて行く。
目の前に置かれた小さな箱は、落ち着いた色合いの銀の小箱。蔦の這う装飾の中に緑の小さな石が散りばめられたデザインの、とても可愛い宝石箱のようにも見える箱。
私が可愛いなー、とそんな小箱を眺めていると、水に入れたら美味しい物何、と厨房から顔を出したプリシラさんに尋ねられ、私が答えた食材を厨房から貰い、更に脇に蛇口の付いた大きな瓶を抱えたプリシラさんが戻って来て、それらを重そうにテーブルの上に置いた。
「薬作ろう」
「ここで?」
「うん」
てっきり特殊な機材がある部屋で何やら難しい作業をするのだと思っていたけれど、どうやらそうではないらしい。
そしてその持って来た食材は一体…。
私が謎に満ちた顔で目の前に座ったプリシラさんを眺めていると、返事を返す様にプリシラさんが一つ頷く。
「いつもは調合部屋で作る。けど、ここは今魔素の乱れが薄いから、薬を作るのに適してる。丁度いい。」
「なるほど、繊細な作業なんですね」
「ん?気分の問題」
「気分…」
気分か…。いや、大事、気分、大事。
「魔素が乱れてると、多少薬の効き目に影響はあるよ」
あるんじゃん!と思ったけれど、そこは腕で、と不敵に笑ったプリシラさんは格好良かった。
そう言う台詞の似合う人になりたい。
そんなかっこいいプリシラさんが小さく何かを呟いて小箱に触れると、その蓋がゆっくりと開き、開いた中は真っ白が詰まってるって感じで、何か物が入っているようには見えなかったのだけど、プリシラさんが摘まむように指を入れると、何と中から小箱には納まる筈のない縦長の瓶が現れた。
「うわ、凄い。それ収納ボックス的なやつですか」
「少し違うけど、同じような物。これはハイエルフにしか開けられないようになってるから」
「へぇ、凄い箱なんですね」
そう感心している私の前に、プリシラさんが小箱から出した色の違う液体の入った瓶を並べて行く。
その瓶は六角形の縦長の瓶で、手のひらに収まりそうな可愛い物。
ポーションがあったらこんな感じかな、と思っていたら、どうやら本当にポーションらしい。
薄くて青いのが低級ポーション。小さな切り傷くらいを治せる物。
濃いめの青いのが通常のポーション、深めの傷や内臓に負った軽い傷、軽い毒をじわじわ治すのだとか。
薄いピンクが中級で、深めの傷や内臓に負った傷を瞬時に治し、猛毒でない限りは毒も治す。
少しピンク掛かった紫が上級。内臓の再生、切断された傷も後遺症なくくっつける事ができて、猛毒でもしっかり治してしまう。
凄い。
傷を治すとか毒が治るとか、医者いらずではないだろうけど、応急薬としては正しくポーションだ。
「最後に、これは無暗に見たって言ってはいけない」
「え、じゃあ見ない方が…」
「見ておいて、あると知っておいて」
「…はい」
並べられたポーションをまじまじと眺めていた私の前で、プリシラさんの細い指が小箱の中に沈み、私の前に新たに置かれたのは、七色に光る液体の入った美しい装飾の瓶。
明らかに今までのポーションとは格が違う雰囲気に、何やら少し気圧されてしまう。
「これは、ハイエルフにしか作れない。特殊な素材を使って作るポーション。『エリクサー』と呼ばれている」
「…はい」
「これは、部位欠損の再生、どんな病気や毒も完全回復する。これを作れると知られれば無駄に狙われる。だからユリエ。これは作ってはいけない」
「え…?はい…作れるとは……」
思わない、と言おうとして口を閉じる。
違う……作れる。
作れてしまうのだ。
材料さえ、魔法を込める物が私の魔法を留められたなら、自分の魔法で作れると分かる…。
私が困惑に顔を上げると、プリシラさんがそんな私に頷いた。
「知っておいて。これは無暗に作ってはいけない」
「はい…」
そうだ、全部よくなれ、なんて願ってしまえば出来てしまう。そんな危ない事だと思わなかったなんて、後で言っても取り返しのつかない事になってしまうんだ…。
そう理解して、私はプリシラさんにお礼を言って頭を下げる。
私は、このお城にいる皆にいつも助けられてるなぁ…。
「プリシラさん、ありがとうございます」
「まぁいくらユリエの魔法でも、今ある魔素水では作れないし、この城に居る限りは作ってしまってもなんとでもなる。ただ外で作ったら駄目だよ」
「作りませんよ。怖いし」
「もし知られても、きっと魔王が手放さないから大丈夫。そんな怖がらなくていい」
言い方。
平穏に過ごしたいので、と小さく息を吐いた私に、プリシラさんが軽く笑ってエリクサーを小箱にしまう。
そしていざポーション作り。
と言う前に、私が毒を治す感覚がいまいち分からないと言うと、プリシラさんが小箱から物量の法則を無視した大きな標本瓶をスルリとテーブルに出した。
その中には大きな爪が一本入っていて、その爪が浸るくらいのどす黒い紫の液体が、粘質な泡で爪を覆いながらタプンと揺れる。
「これが猛毒」
「見た目から猛毒っぽいですね」
「使って見せるから息したら駄目だよ」
「え、怖い」
顔を顰める私を笑っているプリシラさんが、その標本瓶の蓋を開け、風魔法なのかビー玉くらいの大きさの液体をその瓶から掬い上げると、小箱から出した器の上に乗る鳥のような脚に、その猛毒の液体をポトリと落とした。
その瞬間、鳥の脚がどす黒い紫に変色し、猛毒が掛かった部分から紫の煙を出しながら、鳥の脚はずぶずぶと泡になって溶けて行く。
ヒィッ!何コレ怖すぎる!!!
息したら駄目って言われている上この現象。煙も泡も何かもう全部が怖い!
余りの光景に席から離れて数歩下がると、プリシラさんが笑いながら上級ポーションを半分溶けている鳥の脚に掛けた。
すると上がっていた紫の煙が収まって、溶けていた鳥の脚は溶けてはいるけれど、変色もない普通の脚に戻っている。
もう大丈夫、と言われて近付いてみると、何か腐ったような変な臭いはするけれど、鳥の脚は溶けた断面はそのままではあれ、さっきみたいに毒に侵された感じはしない。
「これが毒、分かった?」
「分かりました。物凄く怖いって事が」
「治すイメージは出来る?」
「んー…出来そう、ではあります」
毒を作れと言われたら無理だろうけど、さっき見た恐ろしい症状を消す感覚なら分かる。
いやしかし、こんな毒を食らったら私一瞬で死ぬだろうな…。って言うか、こんな大きな爪でガリッとやられたら毒の前にそれだけで死ぬな。
猛毒の瓶に入っている大きな爪を見ると、こんな毒を持った大きな爪を振るえる魔物がいるんだって実感が湧いてくる。
魔物魔物って確かに言葉では聞いていたけれど、その存在を示す欠片を目の前にすると、実在するって実感に、遭遇してもいないのに若干震える。
「毒も役に立つんだよ?成分を分けて他の薬草と混ぜると毒消しになったりするし」
「ポーションには使わない?」
「一般のポーションは怪我の回復だけ。毒は消さない。毒消しはまた別。私が作るポーションだけだよ。両方の効果があるのは」
そう言ってプリシラさんが目を細めて笑う。
何それまたかっこいい。
プリシラさんかっこいい。と素直に口にすると、更に笑みを深くしたプリシラさんがにっこり笑う。
「ユリエが同じ効能出してくれると、私助かるなー」
そう笑って毒や鳥の脚をしまったプリシラさんに、頑張ります。と頷くと、じゃあ作ってみようかと私の前に並べられたのは薬の材料。
ではなく、さっきの食材。
「これは…食材、ですよね」
「うん。試してみたい事があって、薬の材料は使わない。濃いめの魔素水だけは使うけど」
なるほど。
お城の庭にも魔素水はあるけれど、使う物によって魔素水の濃さの違いは大事だ。
薄い魔素水では魔法の効果が出せなくて、脱毛剤だって出来なかった。
魔法の効果は魔素水の、魔法を溜めて置ける濃さに比例する。
そう考えると【死の泉】のファンタジー水はどんな濃さなんだろう…とプリシラさんに尋ねると、庭の魔素水はほとんど味がしない。今使う魔素水はほんのり甘い味がする。【死の泉】の魔素水になると、濃厚で美味しくてヤバい事になりそう。と、全然分からないけど分かりやすい感じの答えが返って来て、エルフに言ってはならない。と再確認した。
今回使われる魔素水はどうやら他の街から汲んで来た魔素水らしく、濃度で言うなら上の下くらい。
魔素泉は浄化したら水みたいに残る事があるらしいけど、どんな濃さの物が残るかは運次第。
この近所にも濃度が高い魔素水が残れば良かったのに、と愚痴っているプリシラさんは、【死の泉】さえ浄化できれば、と溜息を吐いた。
「いいなぁ、その、ファンタジー水?飲みたいなぁ…」
「そこはほら、魔王様次第ですよ」
「ユリエ、魔王を説得して」
「でもその辺デリケートな部分ぽいじゃないですか、なんかわざわざ言うのもどうかなって」
「魔王、面倒くさい……」
テーブルに顎を乗せてごねているプリシラさんの前で、私は今、食材を切っている。
低級ポーションを作る気で作ってみてと言われ、私はレモンを切っているのだけど、レモンで出来るポーション……一周回ってある意味ファンタジー。
気分はデトックスウォーターを作っている感じだけれど、プリシラさんの低級ポーションの効能はしっかり思い浮かべながら作っている。
切ったレモンを蛇口のついた大きな瓶に入れて、最後にミントを少しだけちぎって入れる。
そこにプリシラさんの小箱から物量の法則を無視して出して来た大きな魔素水の入った樽から、魔素水を柄杓で掬っては注いでいく。
料理スキルがあって良かった、と思う単調作業。
そして出来上がった自称低級ポーションを馴染ませてる間に、次は普通、中級、上級、と同じ感じで作って行く。
入れる材料の内容は足し算で。その方が分かりやすい気がしたからだ。
等級が上がるにつれて、普通にはライム、中級にはリンゴ、上級には蜂蜜を足す。
ちゃんと各ポーションの効能は意識したけれど、使っているのが食材のせいか、美味しいそうだな、美味しくなって欲しいな、とも思ってしまったので、そこは味が変わっても許して欲しい。
「綺麗だねー」
「そうですね。普通に可愛い」
作り終わった自称ポーション達を並べてみると、それぞれの等級に合った色がついた透明な水の中に、食材がフワフワ浮かんで光を反射させている。
見事にデトックスウォーターだ。
「うーん。本当に出来てしまったね」
「びっくりですね」
プリシラさんは鑑定で、私は作っている時に、あ、これ出来てるわ、って感覚があったので分かる。
普通の食材でポーションが出来た。
何とも言えない気持ちである。
色んな種類の薬草とかを調合したり、貴重な薬草がどうの、とかもなく。スーパーに売ってる素材でポーションが出来た。
何とも言えない気持ちにもなるってもんだ。
「でも、ちょっと試してみようか」
私がそんな何とも言えない顔で自称ポーションを眺めていると、そう言ったプリシラさんは厨房へと消えて行く。
試す? 試すってどうやって?




