40 料理スキル
行ってきまーす、と軽く笑って手を振ったレイ君と共に、食堂を埋め尽くす勢いの箱の群れが消える。
私は何とも複雑な気持ちでそれを見送った。
先入観。そう、今私は先入観と戦っている。
だって優しい魔王様が凄く強いらしい。それは前の世界でたくさん読んだ話の中でも、“魔王”と言う存在は沢山いて、基本的に強かったし、頑張って考えればなんとか納得できる。見た目も大人だし。
でもすごく幼くて可愛いレイ君がその次に強い。ムキムキマッチョのヨウグさんより強い。でも、確かに、こんな物量を一瞬で運ぶとか、転移自体はとても強い…んだろう。
強い。強いとは…。
自分がよわよわのFランクなので、この世界の皆が自分よりも強いんだろうって事は分かるけど、私が弱過ぎて、地上から雲の高さを測れと言われているような感じになるので、正に雲を掴むような感覚で理解し辛い。
そして魔物も同じように強かったなら、例え強くても危険は危険だし、強いから大丈夫、と言われる大丈夫の加減が全く分からない…。
そう複雑な表情で荷物のなくなった食堂を眺めている私に、ヨウグさんの声が掛かった。
「ユリエ、こっちだ」
「あ、はい!」
確かに心配になる気持ちはあるけれど、今はとりあえず出来る事をやろうと気持ちを切り替えて、呼ばれるままにヨウグさんに続いて厨房へ入る。
カウンターから見えていた厨房は軽い調理スペースと食器置き場で、お茶やらの飲み物を用意する以外に使われる事はない。
ご飯の時も、奥から料理を持って来てくれるので、実際調理関係で使われているのはカウンター厨房の奥にある厨房だ。
「今日の分はさっきので終わったんだが、明日の分の仕込みを始めねぇと…。ユリエにはその手伝いをして欲しいんだが…」
「あ、大丈夫です。皮むきでも何でもやります」
「助かる。ここに居る馬鹿共は、そう言うチマチマした事は面倒臭ぇってぼやくんでな。ユリエを見習ってほしいぜ全く」
そう顰めた顔で溜息を吐きながら、ヨウグさんはこっちだ、と奥への厨房扉を潜る。
そう言えば厨房には他の人もいるんだったと思いながら、ヨウグさんに続いて入った奥厨房は思ったよりも広い。
20人程は立てそうな厨房の中央には広い作業台があって、それを囲むように左右に電気コンロのような模様が並ぶ調理スペース、奥には大きなオーブンが並んでいる。
天井棚の部分にはお鍋や調理器具が並び、焼き場の壁にも油汚れなんかは全く見えず、どの場所もとても綺麗に使われているのが料理に対する敬意や愛情を感じられてとても素敵。
そんな厨房入ってすぐの左右にはまた扉があって、片方は食材置き場、もう片方は仕込み部屋らしい。
そんな仕込み部屋に案内されると、そこに居た3人が一斉にこちらを見た。
ヨウグさんが何か声を出そうと息を吸った時には3人が私の前に並んでいて、驚く私にはおかまいなく、既に自己紹介が始まっている。
動きが速い。
「初めまして!俺達厨房で見習いやらして貰ってる三つ子っス」
「赤いのがサン。青いのがキョウ。黄色いのがダイです。合わせて三兄弟っす。適当にこんなん居るってくらいでいいんで」
「勇者にはシンゴウキって呼ばれてました」
ああ、確かに。と思ってしまった。そして凄いネーミングである。覚えやすいけど…。
目の前に現れた3人は、17・8くらいの青年だ。鼻までしっかり黒いマスクで覆っていて、ヨウグさんのようにムキムキではないけれど、服や何かはヨウグさんと同じ物。短い髪と少しだけ目つきの悪い瞳は、確かにとても鮮やかな赤と青と黄色で信号機を思わせる。
「ええっと、はい。ユリエです、お世話になります。宜しくお願いします」
「やーマジ感激っすわ!」
「華があるって素晴らしい!」
「料理長よくやった!!」
ウェーイと高らかにハイタッチしている3人の勢いに、若い、と見事に押されていると、そんな3人が目の前から消えた。そして同時に悲鳴も聞こえた。
「いてぇ!」
「ヤバい!割れた!」
「料理長の身体強化とかマジひでぇ!」
「馬鹿共がすまんなユリエ」
気付いたら目の前に立っていたヨウグさんがグーを握っている。下を見ると頭を痛そうに押さえた3人がしゃがんでいた。
動きが速い。
「悪い奴らじゃないんだが、ちょっと馬鹿でとにかくお調子者で馬鹿なんだ。許してやってくれ」
「いえ、私は大丈夫ですけど…大丈夫ですか?」
馬鹿が2回あった。
そしてヨウグさんのグーだ…割れてなくても物理的にへこんでそう…。
私が心配しながら大丈夫か尋ねると、しゃがんでいた3人は、ユリエさんマジ天使、丈夫なんで平気っす…と言いながら、ヨウグさんに顎で促されて持ち場に戻って行く。
「しばらく軍部へ応援に行かせてたんだが、自分らもユリエに会いてぇって煩かったんでな。ちゃんと仕事すんなら戻すって言ったんだが…ちゃんとするんだか不安になるぜ」
参ったように短く息を吐いたヨウグさんが「手ぇ抜いてたら叱ってやってくれ」と言って、出してくれたナイフの束の中から手に合ったサイズの包丁を借りる。
仕込み部屋の隅には木箱が沢山積まれていて、その中にはジャガイモにそっくりのお芋と、こちらも玉ねぎにしか見えない野菜が入っている。
どうやらこの2種類を処理するのが今日の仕事らしい。
三兄弟の内、黄色いダイ君が私と同じ作業分担で、箱に囲まれた椅子に座って既に作業をしているものの、どこか面倒そうに見えるのでこの作業が嫌いなのがよく分かる。
「俺は隣で別の仕込みやってる、何かあったらその黄色いのに聞いてくれ」
「わかりました」
隣の部屋へ戻っていくヨウグさんと別れ、私は与えられた作業場にある木の丸椅子に座る。
手元には水の入った樽があって、足元に皮を入れる籠。隣はお芋の詰まった木箱、反対側には空の樽が置いてある。
正面の少し離れた場所にはダイ君が座っていて、お手本にとダイ君を観察すると、どうやら剥き終ったお芋は空の樽に入れるらしい。
そんなダイ君は意外と黙々とお芋と格闘している。よろしくお願いします、と声を掛けると、しゃぁす、と軽い返事を返してまたお芋に向かう。
私も頑張らねばと自分の手にお掃除魔法を掛けてから、お芋に手を伸ばすとダイ君が小さな声で、役得~と機嫌よさげにスラスラとお芋を剥き始めた。
チャラいけど、剥くのは意外と上手い。
手に取ったお芋はジャガイモに見える。世界は違うけど、見た事のある物で少し懐かしい気持ちになった。
食材に触るのは随分久々な気がして普通に嬉しい。
前の世界にいた頃は、仕事が忙しくて毎日ご飯を作れる事はなかったけれど、休みの日や奇跡的に早くに仕事が終わった日などにまとめて作り置きしたり、下準備や多めに調理した物を冷凍保存しておいたりと、料理自体はとても好きだった。
誰かに作って貰うご飯も好きだけど、好きな物を好きなだけ作って食べるのは楽しいものがあったな。なんて思い出しながらお芋を剥いていたら、木箱の中からお芋がなくなった。
思ったよりも浸ってた?ちょっとなくなるのが早い気がする。
不思議に思いながらも空の木箱を引きずるようにして端に避けるけれど、新しくお芋の詰まった木箱を運ぶのは無理だった。
大型の木箱一杯に入った芋。重い。
なので集中している所大変申し訳ないけれど、ダイ君に手伝って貰おうと声を掛けると、不思議そうに顔を上げたダイ君が首を傾げる。
「ごめんダイ君、運ぶの少し手伝って貰えないかな」
「え?嘘、終わったんスか?!」
「うん」
「うわっマジだ!ユリエさんハンパねぇ!」
樽を覗いたダイ君が樽に叫んでいる。そしてヤバイ、マジで?と言いながら、私の横に新たな木箱を軽々と運んで来た。
この世界の人は皆力持ち。
そして自分の席に戻ったダイ君は何故かこちらをガン見している。
「運んでくれてありがとう、けど、どうしたの?」
「や、ちょっと見せて貰いたいな、と」
「お芋剥くの?」
「うっす」
よく分からないけど残りの処理も沢山あるし、さっさと片付けないと、と私は再びお芋を剥く。
向こうの世界と同じジャガイモなら、この薄く剥いた皮も駄目な所をしっかり取れば使えるし、少し水につけた方が変色しないだろうとか思いながらひたすらお芋を剥く。
すると、またすぐに木箱からお芋が消える。
あ、何で見られてるかちょっと分かった。
顔を上げると、ガッツリ開かれた目がこちらを見ている。
「ええっと…」
「ユリエさん、早すぎ…」
そう、私だって気付いた。
お芋がなくなるのが早過ぎるのだ。
皮の事を考えている間に、この大きな木箱いっぱいのお芋が無くなるなんて正直意味がわからない。けれど、足元には綺麗な皮が沢山積みあがっていて、事実木箱からお芋はなくなり、剥かれたお芋が樽に詰まっている。
「ですよねー…どうなってた?」
「や、もしかしてユリエさん料理スキル持ってます?」
「あ、ある。持ってる」
「あー、そりゃ料理長レベルな訳っすわ。ユリエさん、オレが1・2個剥く間にひと箱の勢いなんすけど。もしか料理長超えなんすけど」
え、料理スキルってこんな時空を超えたような事になるの!?
そう唖然とする私に、ダイくんがいいなぁ~オレも欲しい、と言いながら、剥き終ったお芋の入った樽を交換して、新たなお芋の木箱を置いて足元の皮を移動させてくれる。
「料理スキル、どんなんか知んなかったんスか?」
「こっちに来てからお茶は淹れてたけど、料理に関わるの初めてだったから…こんなもの?」
「そっすね、料理する事自体に補正掛かるんで。あ、でもオーブンとか手ぇ離れる道具使うのは早くはなんねぇすね。普通。でもマジユリエさん料理長より早いかも?なのに芽とかもスゲー綺麗に取ってますよね」
そう言って、ダイ君は樽から剥かれたジャガイモを手に取る。芽を取るって事はこっちの世界のジャガイモもジャガイモなんだな。と確認できたのは嬉しいけれど、料理スキルとは…と思う所存である。
「ユリエさん鬼早ぇって事で、オレ運ぶ係やっていいっすか」
「あ、お願いします」
そう提案してくれたダイ君とサクサク皮むき作業を進める。[料理]スキル、まさかの時空超えではあるけれど、料理の下準備が早くなるのはとても有難い。
とりあえず、皮むきの続きをやりながらこの感覚を掴まなくてはと集中していると、掴む前に気付いたらまた作業が終わっている。
[料理]スキル、早過ぎる。




