39 誤差
その日、私は朝の鐘が鳴る前に起きた。
外はまだ薄暗い。なんだろう、何かいつもと違う気がする。
布団の中から見ている景色はいつもと同じ。
ただ、ちょっと起きたのが早かった為か、変に暗く感じてしまう。
鼓動が少しだけ早まるような、落ち着いてるのにソワソワするような、そんな感覚に首を傾げながら、やけに静まり返っている空気の中で朝の準備を済ませる。
この不整脈や動悸に似たソワソワは何だろうか…若返る前はよくあったとか思い出しながら、少し早いかとは思うけれど、準備を済ませて食堂へ向かおうと部屋を出る。
廊下に出ると、まだ点々と照明が灯る暗い廊下の窓からは、お城に囲まれた城内広場が見える。
そこにはまだ朝の霧掛かる薄暗い夜明けの中に、見た事のない人が何人か居るのが見えた。
制服のような装いに、深い緑のマントを羽織った体躯のしっかりとした人達。
ここへ来て、お城に知らない人が居るのを初めて見た。と思うと同時に、何だか少し不安を感じる。
そんな不安を解消したくて、目が離せなくなった私が広場の様子を眺めていると、お城からレイ君と魔王様が出て来て、知らない人達と何かを話している。
暗くてよく見えないけれど、レイ君の雰囲気はとても真剣だし、魔王様の表情は見えないけれど、少しだけピリピリしたような感じがする。
少し、不安が増す。
声はさすがに聞こえないけれど、レイ君は見慣れないマントの人達と少し話してから魔王様に振り向くと、何かに頷いた魔王様はその場から消える。
どこに行ったんだろう…。
魔王様が居なくなって、マントの人達とまた少しだけ話したレイ君はお城に戻り、マントの人達はしばらくそこに立ち尽くしていたけれど、程なく門を潜ってお城から出て行った。
私はそんな光景を見送って、さらに強くなってしまった不安を抱えて食堂へ向かう。
なんとなくその見た場所を通りたくなくて、少し遠回りになるけれどエントランス側から階段を下りる。
何だろう、全然ソワソワが消えない……。
「ユリエ様!起きてたんですね!」
階段を下り切ったそこで鉢合わせたレイ君は、いつもと同じように笑ってから、私を見付けて走って来る。
そして私の両手をとって、少しだけ申し訳なさそうな顔を浮かべた顔が苦笑へ変わった。
いつもみたいに腰に装着されないのが寂しいような、複雑な気分。
「今日お掃除お手伝いするって言ってたのに、ご一緒できなくなりました…」
ごめんなさい、とレイ君は謝るけれど、なんだろう、それよりもさっきの事を聞きたいような、聞きたくないような、私が「大丈夫だけど…」とその先を言えずにいると、レイ君が私をじっと見て首を傾げた。
「もしかしてユリエ様、魔力乱されてます?」
「? 何それ」
「えっと、結構遠いから大丈夫かと思ったんですが、魔素泉が集中して湧いたんです。魔力が多いとその魔素泉の乱れた魔素が分かるみたいで、胸騒ぎがしたり、ソワソワしたりするらしいです」
「あー…」
これ不整脈じゃなかったのか。
そして、その状況は大丈夫なんだろうか。
私が不安を隠せずにいると、レイ君が私の手を少しだけ強く握って、努めて明るく笑って見せる。
「大丈夫ですよユリエ様。魔素泉が湧くのはよくある事ですし、何より魔王様が向かいましたから。すぐに収まります」
「そうなの?でも、危なくないの?魔王様1人で動くんでしょう?大丈夫なのかな…」
魔素泉からは魔物が湧くって聞いてるし、魔物は危ない生き物って認識しかない。魔王様が誰かと一緒に行動してる想像は出来ないし、何かあっては、と私が心配していると、レイ君は何だか少し悪い顔でニヤニヤしている。
この顔は見た事ある。悪戯する時の顔だ。
「ユリエ様、魔王様心配ですか?レイは魔王様に早く教えてあげたいです!」
「レイ君?私結構本気で心配してるんだけど…危ない所に行くんでしょう?」
「あ…すいません…、そっか、ユリエ様は魔王様の戦ってる所見た事ないですもんね」
忘れてた、みたいにばつの悪そうな表情を浮かべたレイ君が、握った手を揺らしていつも通りに軽く笑う。
「ユリエ様、魔王様は凄く強いんですよ?レイは魔物嫌いですが、ちょっと可哀想に見えるくらいに魔王様は理不尽に強いです」
「そう…なの?」
私の頭の中の魔王様は何となく強いんだろうなーくらいしか想像できない。
すぐ赤くなったり、慌てたり。寂しそうだったりと、確かに頼もしい所もあるけれど、基本とても優しい人ってイメージが強い。
戦っていると言われても、そんなイメージが湧いて来ない。
でもよく考えれば空も飛べるし転移も出来る。魔王ってポジションなんだから強いんだろうけど…。いやそもそもこの世界の『魔王』って何なんだろう。
単独行動の王様…難しい。
私が情報と頭の中の誤差に悩んでいると、レイ君は「でも」と少し辛そうな顔で笑う。
「きっと、とても疲れて帰ってくるので、労ってあげて欲しいです」
「……うん」
すぐに表情を戻してしまったレイ君に、どうしてそんな辛そうな顔するの?と訊けないまま、私はレイ君に手を引かれて食堂へ向かっている。
「ロイは今回の魔素泉の関係で指揮を執る為に、今は軍部に行ってて会えないんです。またしばらく会えそうにありませんが、これが落ち着いたら会ってくれますか?」
「うん、挨拶まだだもんね」
「あ、後しばらくお城もバタバタすると思うので、ユリエ様にはご迷惑をかけてしまうかも知れませんが…」
「大丈夫、私にできる事何かある?」
「はい。料理長がお願いがあるそうなので、聞いてあげて欲しいなって思って」
そう話している間に食堂へ着くと、広い食堂には積み上げられた金属製の箱が沢山並んでおり、それを纏めてロープで縛っているヨウグさんがいた。
「料理長!ユリエ様来てくれましたよ!」
「おお!助かる!ユリエ、厨房手伝って欲しいんだが、いけるか?」
ギュッとロープを締めるヨウグさんが顔だけでこちらを向いて私を見たので、頷きながらヨウグさんの側まで進む。
しかしすごい数の箱だ…そして重そう。
「はい、私にできる事があればやりたいです。お願いします」
「そう言ってくれて助かる。馬鹿みたいな量の飯作らなきゃならん。人手が欲しかったんだ…と、少し待っててくれ」
そう言って視線を戻したヨウグさんは、積み上げられた箱をどんどん縛っていく。重そうな箱なのに、ロープを回す時なんかはその箱は紙でできてるのかな?と思わせる程楽々と、片手で持ち上げている様は圧巻だ。
しかし隣で同じくそんな様子を見ているレイ君は、それを気にする様子もなく私の手を揺らして私を見上げる。
「今回は急だったので、今前線で軍が食べるご飯が足りないんです。なので、沢山ご飯が要るんです」
「そうなんだ」
「レイが運んだ後、レイはそのまま向こうに残るので、次からは軍部の誰かが取りに来ると思いますけど…」
「え?! レイ君も行くの?戦うの?」
一瞬で血の気が引いた。
確かにレイ君は転移ができる。それは連絡とか輸送とか、必要な人材だと思う。けど…こんな子供なのに…と思ってしまう。
この世界では、子供が戦場に出るのは当たり前の事なんだろうか……。
そう青くなっている私を見て、レイ君は少し驚いた顔をした後、ふんわり笑って私をのぞき込む。
「ユリエ様、レイの事も心配してくれるんですか?」
「心配。すごく……ものすごく……」
少し茶化すように言ったレイ君を私は強く抱きしめる。出来るならこのまま離したくない。そう思ってしまう。
「だってこんなに小さいのに…」
「……心配されるのって、すこしムズムズするけど、嬉しいんですね」
レイ君は少し照れたような声をしながら、私の背に腕を回して肩に頬を乗せる。
「行かないと駄目なんだよね…」
「はい」
「危なかったら、すぐ逃げるんだよ?」
「はい、レイには転移がありますから大丈夫です」
私はあまりに心配で、離し難いとレイ君を抱きしめているけれど、そんな私に箱を縛り終えたヨウグさんの大きな声が掛かった。
「ユリエ、そいつは魔王の次に強ぇ。俺より強いんだから心配するだけ無駄だぞ」
「え?」
まさかの情報に私が唖然とそう評された本人を見ると、目の前にはとても可愛い小さな男の子が居る。
魔王様との比較はよく分からなかったけど、ヨウグさんと比較されると頭が少しパニくる。
ヨウグさんより強い?あんな大きな箱を紙のように扱う、山のように強そうな人より??この小さなレイ君が??
私が固まっているのを見て、目の前の可愛い男の子は照れたように頬を赤らめて、やはりとても可愛く笑った。
「エヘヘ」
そして私は再び、情報と脳内の誤差に苦しめられた。




