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36 洗濯1

 高く広い青い空には、柔らかな白い線を引いたような雲が沢山流れている。

 春に見るすじ雲だ。


 こちらの世界の雲も水分で出来ているのかな。虹が切り取れるらしいから、雲も切り取れたりするんだろうか。

 そんな事を考えながら見上げた空は、とても心地のいい晴天。


「雨は大丈夫そうだなぁー」


 そんな空を高らかに見上げ、私は干し終わったシーツの群れに視線を戻す。ここまで並ぶと壮観である。





 今朝、リリーさんとレイ君と一緒に朝食を食べていた時、渡されていた洗濯袋がそろそろ一杯になるので、洗濯したいけれどどうすればいいのかと尋ねた時、それは発覚した。


 この広いお城には雑用をこなす従業員がいない。

 例えばメイドさん的な掃除や洗濯、調度品のお手入れだとか、何か細々とした事をこなしてくれる人は、魔王様が引き籠った時に全員お城から出てしまっていて誰もいない。


 理由は人に会うのが嫌だと言った魔王様が、少しでも部屋から出やすい状態にしたかったから。


 けれど、お城に魔王様を1人にする事はしたくなかったので、魔王様と親しかった各部署の所長とか、面識のある人だけが残ったのが今の状態。


 初めて来た時から人の気配がなく、知ってる顔以外に誰にも会わないなって思っていたから、何となくは分かっていたけれど、こんな広いお城で数人しか活動してないとか、そりゃ100年以上掃除されてない部屋も出て来るってもんだ。


 そんな現状が連れてくるのは家事の滞納。


 このお城に居るのは色んな部署の所長。なので各自のお仕事もあるし家事にまで手が回らない。

 たまにリリーさんやヨウグさんが家事出来ない組のお手伝いをしていたらしいけど、それでも追い付く訳もなく、お城のお手入れどころか、日頃消化しなければならない家事も含め、どんどん溜まって行ったの今の現状。


 なので、今私は清掃員としてしっかりその滞納分を消化している。


 1階のプリシラさんがいる医務室の隣にはリリーさんの作業場があって、更にその隣には日用品の保管庫と家事室がある。

 そう、家事室はある。のだけど、その家事室に入れない程ギュウギュウに押し込まれた、これでもかって程の洗濯物の入った大きな袋を、まずは引っ張り出しては片付ける所から本日の作業は始まった。


 お城の掃除はちまちまやるとしても、洗濯物が溜まっているのは本当に駄目。

 洗濯物を放置すると、シミが酷くなったり臭いが取れなくなったり、そのまま放置すれば虫食いだって起こるだろうし、生地も傷んでボロボロになる。


 なので早々に溜まりまくった洗濯物を消化したいのだけど、どんな力で詰め込んだのか、家事室に詰め込まれた洗濯袋はギュウギュウ過ぎて、私の力ではびくともせず、ここにも袋と言う名の壁があったのかと思ったそれは、私の隣に付いててくれるレイ君が難なく引っ張り出しては庭へ転移させてくれたのが有難かった。


 しかし、日常のレベルが高くてやや悟りが啓きそう。

 家事をこなすだけでも強さと言う物の差が凄い。


 扉を開けられるかどうかの件で薄々感じてはいたけれど、ランクFの私は魔王様曰く赤子レベル。きっとそれよりも成長しているレイ君に負けるレベル。


 これは何をするにも一々躓きそうだと小さな溜息を吐きながら、両手を広げても足りないくらいの大きな木製のタライを何とか運び、庭にある薄い魔素水が湧いている井戸のポンプから水を汲んでいると、本日の助っ人であるレイ君が家事室にあった大量の物干しを庭に並べてくれる。


 私がタライに水を汲み終わって振り返った時には既に並べ終わっていたので、どんなスピードなのかと思ったけれど、お礼を言うに留めた。

 悟りを啓くにはやや早い。


 ここにある袋の中身は、基本シーツだとかタオルの類。他にも洗濯物はあるらしいのだけど、家事室に入りきらなかったので別の場所にあるらしい。


 ふふ、100年分の洗濯物…腕が鳴るってもんですよ。


 服や下着なんかは各自で洗ったり、下着に関しては一度使った物は捨てて新しいのを着たりしていたらしく、意外と服やなんかの日常的な洗濯物は少ないらしい。

 確かにこの現状で、親しい人に下着を洗われるのは嫌かもしれないが、下着を一度使って捨てるとかセレブだ。むしろめちゃくちゃセレブだ!と思ったのは庶民なのだから仕方ない。

 これからはきっちり洗わせて頂こう。


 とりあえず、まずは目の前にある大量のシーツを片付ける所から始めているのだけど、初めて使った[洗濯]魔法は本当に優秀だった。


 タライに張った水に、袋から出したシワシワで全体的に少し黄ばんで見える、そんな年代を感じさせる一応白いシーツを魔法を意識しながら漬けた瞬間、一瞬シーツが光り、おお、と感心しながら持ち上げてみると、そこには真っ白でシワまで伸びた、その上乾いた状態のシーツが手の中にあったのだ。


 [洗濯]スキル、まさに神対応。


 こちらの世界に洗濯機はなく、全てが手洗いなので全部の行程が面倒かもだけど、前の世界の感覚で言うのなら、一番面倒なのは濡れた洗濯物をシワが出来ないように伸ばして干して、生乾きにならないように乾かして、それをまたとり込んでアイロンをかけて畳むまでの行程が大変…と考えていると、洗濯って意外と面倒な行程が多い。

 それを、[洗濯]魔法様は一瞬で熟されてしまうのだから神と言っても過言ではない。


 そんな神対応に輝くシーツを、一旦レイ君が並べてくれた物干しに広げて掛けて、ここで洗濯が終わるまでお日様を浴びて待ってて貰おう。


 そう次の洗濯物に手を伸ばし、今度は新たな試みで、シーツの入った袋ごとタライに押すように漬け、洗濯袋ごと綺麗にしようと魔法を使ってみると、袋はしっかり一瞬光り、持ち上げてみると少し軽くなった袋の中身、と言うか袋ごと中身も綺麗になっていた。


 ああ、神は万能であったか…。


 更なる神対応に胸を熱くしながら、綺麗になった袋の中身をまた物干しに掛けていると、家事室から袋を運び終わったレイ君が、干されたシーツに抱き着くように突っ込んだ。


「ダメだよーシワいくよー」

「気持ちいいー!これユリエ様の魔力の匂いがします!」

「え…何その匂い」


 その一瞬で、魔王様が匂いを嗅ぐのは破廉恥だと言った理由が分かった気がした。


 干そうとしていたシーツを握ったまま、愕然とした表情をシーツに頬擦りするレイ君に向けていると、こちらをチラリと見たレイ君が首を傾げる。


「微かですが魔力は匂いしますよ?」

「えぇぇ…そうなんだ…。何か体臭みたいで凄く嫌なんだけど…」

「そうですか?ユリエ様の匂いは心地いいのでいいと思いますよ?少しだけ甘い匂いと、いい天気のお昼寝みたいな匂いがします。駄目な奴は臭いので分かりやすいですよ?匂い」

「でも魔法使った物にも私の匂いがするとか、何か嫌じゃない?それにこれ、洗濯物だし…」

「すぐ消えますから大丈夫ですよ。それに服とかは本人の匂いで消されますから」


 そう言って干したてのシーツに移動して、また顔を埋めているレイ君を見ながら、手の中にあったシーツを嗅いでみたけれど、特に匂いはしなかった。

 しかし、何とも言い難い気持ちである…。


 嫌だと言っても洗濯しない訳にもいかないし、しばらくしたら消えるらしいので、これは柔軟剤だと腹を括って洗濯の続きを行う。


 シーツから出て来たレイ君が、私が洗ったシーツを干してくれる事になったのだけど、風の魔法で一気に干してしまうそれで大量になって来たシーツの群れに、取り込むの大変かな、と呟くと、取り込むのも風の魔法ですぐに出来てしまうらしい。


 う、羨ましくなんかないんだからね!


 [洗濯]魔法が万能だったおかげで、大量にあったシーツも早々に干し終わり、次はどうしようかと空を眺め、雨はまだまだ大丈夫そうなので今度は服の洗濯でもしようかと考えていた私の動きはピタリと止まる。


 魔王様の部屋の洗濯物ってどうなってるんだ?


 誰も入れないなら、シーツとか布団ってどうなってるんだろう……。服とか下着とか…魔王様が自分でやってる?

 ちょっと想像が出来ないな、と自分の眉が寄っているのがよく分かる。


 200年引き籠っている部屋…。頭の中でどんどん廃墟のような想像になるそれに、どうにかせねばと難しい顔をしていると、レイ君がどうしました?とそんな私を覗き込んだ。


「魔王様の部屋…って言うか、洗濯物とかってどうなってるんだろう」

「魔王様は多分浄化の魔法使ってると思います」

「浄化…それは、洗濯物とかも綺麗になる感じの魔法?」

「ですね。穢れレベルも消せるので、洗濯程度だったら簡単だと思います」


 理解、理解が必要。

 確かに、ラノベで読んだ事のある主人公の中にも、そんな感じの魔法で自分自身を綺麗にしている人はいた。

 でも、こう…実感はない訳で、洗濯してないんだって思うと少し、こう……魔王様を洗濯しなければ、と思ってしまう私がいる。


 そんな事にまだ眉を顰める私に、何かに気付いたレイ君が慌てて私の腰に装着されて勢いよく体を揺らす。


「ゆっユリエ様!大丈夫です!魔王様は清潔です!!お風呂にも入ってますし汚くないです!!」

「う…うん。それは、そう、思うんだけど、ね?」

「取って来ます!魔王様の洗濯物!レイが取って来ますから!!イメージ下げないで下さい!不潔なイメージとか結婚に響きます!!困ります!!」


 まだ諦めてなかったんだなそれ。と思ってる間に、レイ君は一瞬で消えた?と思うスピードでお城の中に走って行った。


 もしかして、魔王様の所へ突撃しに行ったんだろうか……。






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