37 洗濯2
レイ君が走り去って程なくすると、少し遠くから大きな音と大きな声で話しているだろう声が聞こえて来た。
そんな声の出所は3階の奥。ここから見えるお城の端っこの部分は魔王様の部屋がある場所だ。
窓が開いているのか大きな声がここまで届く。
『魔王様!一大事です!奥に入れて下さい!!』
『何を唐突に…こら!レイ!近付いてはならん!!』
『そんな事言ってる場合じゃないんです!!ユリエ様に嫌われますよ!!』
『……なっ、何故ユリエが奥に入る事と関係あるのだ!!』
『魔王様が引き籠って不精してるからですよ!!』
『ちゃんと説明せんか!!全然分からん!!』
『不潔な男は一番嫌われるんですよ!!!』
そんなレイ君の言葉を最後に、聞こえていた声は途切れた。
無理に押し入ってなければいいけど、と思いながら、私は洗濯物が入っていた袋を畳んでしまう。
魔王様が不潔だとは思わないけど、服は着替えれば何とかなっても、布団とかは干した方がいいのでは、と思ってしまうから、出来ればその辺もレイ君に頑張って取ってきて貰いたい。
そうしばらく袋を片付けたり、家事室の掃除をして雑巾なんかを洗濯して外に干していると、再びレイ君と魔王様の声が聞こえて来た。
さっきより近くで、言い争うような2人の声は1階の廊下の方から聞こえて来る。
『もう!諦めて下さいよ魔王様!!ただの寝間着じゃないですか!!』
『駄目だ!!それをユリエにさせる訳には…!!』
『転移するとか卑怯ですよ!!』
『お前もしているではないか!!』
そんな声のすぐ後、お城に向かうような低い体勢で、背中に洗濯物の袋を抱えたレイ君が勢いを殺すように足を擦らせて庭に転移してきた。
そして間髪置かずにレイ君のその背後、その背にある洗濯物を掴む仕草の魔王様が現れる。
魔王様が現れた瞬間にはレイ君が消えていて、今度は私の背後に立ったレイ君をすぐさま振り向いた魔王様が捉えるけれど、レイ君と同時に私も視界に入ったのか固まったように動きが止まって、魔王様のマントだけが重力に沿ってゆっくり落ちた。
「ゆ…ユリエ…その……それを、こちらへ…」
緊張に震えるようにそう言って、私に手を差し出した魔王様に、私は真面目に頷いて答えを返す。
「魔王様、洗濯、大事」
「!!…し…しかしっそれは…!」
「袋のまま洗濯して、袋のまま返しますから」
「…しかし……」
ちょっと泣きそうな顔で、ゆるゆると顔を赤く染める魔王様が、どうにかならないかとその手を泳がせている。
が、しかし。こんな機会でもなければ魔王様のお布団なんか多分洗濯させて貰えない。
「後、お布団とかシーツ、あと枕とかも持って来て下さいね」
「そんな…は…破廉 「破廉恥ではないです。洗濯です」
ピシャリと私が言い切ると、魔王様は両手で顔を覆ったけれど、小さく「分かった…」と言った。
分かって貰えてよかった。洗濯は大事だ。
私の背後に隠れていたレイ君が、流石ユリエ様、と零したけれど、無理やりは駄目、と言うと、可愛くエヘヘ、とレイ君は笑っていた。
可愛いから許してしまうのは仕方ない。
その後、魔王様の部屋から大きな布団や枕、クッションみたいなこまごました布類が魔王様によって運び出され、替えの布団もちゃんと持って来た魔王様の前で私が[洗濯]の魔法を使うと、洗濯され、ふわっふわな姿になって干されている布団を魔王様はじっと眺めている。
そんな魔王様の近くで、干すのを手伝ってくれたレイ君もそれを眺めている。
干された布団が珍しいんだろうか…。
魔王様の布団は少し薄めの綿の入った黒い布団で、確かに綺麗ではあったし、洗う必要もない感じではあったのだけど、どうせなら[洗濯]魔法は綺麗に乾くのだし、しっかりと洗って干してしまった方が気分がいい。
2人が布団を眺めている間に私は細々とした物を洗い、金属の洗濯ばさみでそれも吊るように干していると、布団を眺めている2人の方から途切れ途切れのヒソヒソ話のような小さな声が聞こえて来る。
「…私は眠れ…のだろうか…」
「魔王様、破…恥ですよ」
「…そ、そうではなくっ」
「じゃあレイがしばらく使…て渡し…しょうか」
「ならん。レイが使…たいだけ…はないか」
「…レイもお布団…って来ようかな…」
内容はよく聴き取れなかったけれど、枕を干し終えた私にレイ君が振り向いて、レイもお布団持ってきます!と言ってお城へ走って行った。
そしてレイ君を見るように振り向いた魔王様と目が合うと、魔王様は一瞬で赤面して一歩下がる。
何で下がった?
「…?お昼には取り込んで部屋に運びましょうね」
「う、うむ…」
「魔王様?何で緊張してるんですか?やっぱり嫌でした?」
「い、いや、そうでは、ないが…」
視線を泳がせる魔王様に、あ、そうか、匂い…とすっかり忘れていた魔力の匂いの件に気付いて思わず布団を見る。
魔王様にとっては匂いがするのは破廉恥案件だったと思い出しはしたけれど、レイ君はしばらくしたら匂いは消えるって言ってたし、干してる間になくなったり、魔王様が使えばその匂いになるだろうし、心配する必要はないんじゃなかろうか。
「消えるんですよね? 魔力の匂い?」
「っ!!やっその!!き…消えるっ!……い…か」
「? 最後何て言いました?」
「!!!消える!消える!!大丈夫だ!!」
何故か焦った魔王様が布団の前に立ちはだかったので、そんな様子に首を傾げていると、そこに抱えた布団に隠れた足だけのレイ君が走って来た。
「ユリエ様ー!レイのお布団もたっぷりお願いします!」
「いいよ、で、たっぷりって何?」
たっぷりって何か、これは私の知らない常識がここにある。
そうにっこり笑って尋ねると、足だけのレイ君がピタリと止まった。
「……え、ええっと……たっぷり…い、いっぱい、いっぱい綺麗にって意味です!」
上手く答えた!みたいに布団をぎゅっと抱きしめたレイ君から、言う気はないのかと少し溜息を吐きながらも魔王様と同じ素材の布団を受け取って、タライの中の魔素水に漬けこんで普通に[洗濯]魔法を使うと、後ろからレイ君がそんな私を覗きながら声を掛けて来る。
「もっと魔法入れても大丈夫ですよ!それ黒の素材なんで!」
「何、その黒って」
「キングカーススパイダーの黒です!その糸使ってるんで魔力を溜めておけるんです!」
「ほぉ…溜めておける、ねぇ?」
なるほど?と[洗濯]を使う手を止めた私に、レイ君がしまった、と白状した口を手で塞ぐ。
「それって匂いもそのままって事?」
「え…いえ、き、消え…ます、よ?」
「本当に?」
「ですよね!魔王様!!」
「えっ!!?」
私を覗いているレイ君見上げると、あからさまに焦ったレイ君は魔王様に振り返る。急に振られた魔王様が一歩怯んだようにまた下がって、私とレイ君を見比べているがこの質問には答えて欲しい。
「消えるんですよね?」
「…き、消える………い…か」
「さっきもそうですが、その語尾のもにょもにょした所はなんて言ったんですか?」
「…い…」
「い?」
「いい感じに!!」
そう言って魔王様は干してた布団と共に消えた。
えっ、いい感じってどんな感じ!?
意表をつかれてレイ君の布団から手を放した隙に、その布団を奪ったレイ君も転移で消える。
「えぇー…お城で転移は禁止じゃなかったの?」
2人が消えて、シーツがはためく庭で空を見上げると、空は青々と良い天気。
何かよく分からないけど、きっと魔法が溜めておけるなら、しばらくは綺麗なままで使えるだろう。
そして匂いの件ももういい、あれは柔軟剤だ。
そうひとつ溜息を吐いて視線を戻したそこには、リリーさんとプリシラさんが笑顔で布団を抱えている。
どうやら今日は、洗濯日和。




