30 考察
お茶をしながら皆で話していたけれど、そろそろいい時間。
そんな時間になってもレイ君の弟であるロイ君はまだ仕事中らしく、ロイ君とご飯を食べる為に準備をしていたレイ君が、途中まで一緒に行こうと言ってくれたので私は皆におやすみの挨拶をしてレイ君と共に食堂を出た。
魔王様も清掃員としての雇用に関する詳しい内容はロイ君にと言っていたが、現在ロイ君はとても忙しいらしく、会えるのはもう少し先になりそうな感じらしい。
レイ君がしっかりしてるからか、それとも皆の自己紹介を聞いている時にレイ君が子供に見えるのに100歳を超えていると聞かされたからか、この世界の年齢やら価値観がいまいち分からず、子供なのに仕事に追われる事を必要以上に憂う気持ちはないけれど、書類に埋もれる姿を想像して差し入れくらいは入れたくなる。
どうか頑張って欲しい。
2人分の料理を乗せた大きなトレーを抱えたレイ君の行く先で、小さな扉を開けては歩いているけれど、隣の棟へ移る為に一旦広場に出た夜の広場は肌寒く、思わず腕を抱えて見上げた空は、寒さに澄んだ深い夜空に沢山の星が輝きを散りばめている。
電気の明かりがないと星はよく見えると聞いていたけれど、本当に沢山見えるんだな。
この星がどの季節のものかは分からないけど、向こうの世界は春だった。こっちは今どの季節なんだろう。
四季があるといいな、と思いながら、とっぷり暗くなった夜の中、窓から微かな明かりが漏れている城内広場を歩く。
【死の泉】に居た時はこの肌寒さは感じなかった。きっとテンションと言うか、冷静なようでしっかり混乱してたんだろうな…。
今、こうして寒さや四季を気に出来るって事は、それだけ私が落ち着いてるって事だ。本当に有難い。
「寒いですか?」
そう言ってレイ君が隣に並ぶと、フワリと温かい空気が私を包んだ。
「ありがとう、温かい。レイ君は優しいね」
私がそう笑うと、レイ君はエヘヘ、と嬉しそうに可愛い笑顔を返す。
このお城に住む人は皆優しい。
もしこの世界に来て、ここではない場所で、この夜空の下に居たとして、私は今と同じように穏やかな気持ちで笑っていられただろうか…。
本当に私は恵まれている。
「何だかね、まだここに来て全然経ってないのに、とても安心する」
私が急にそんな事を言ったせいか、隣を見るとレイ君はキョトンとした顔で私の横を歩いている。
「きっと、レイ君や魔王様、ここに居る人皆優しいから、すごく安心するんだろうなって、だからいつもありがとう、レイ君」
レイ君にお礼を言って向かいの扉を開けると、レイ君は照れたように笑って「こちらこそ」と返して開けた扉を潜った。
肌寒さや季節の話をしながら、2階の廊下で明日の朝食は食堂でと待ち合わせしてからレイ君と別れる。
どうやら魔国は現在春。12ヶ月ある中で言うのなら、今は4月の上旬だ。
日付の感覚は薄いらしく、レイ君は今が何日かは覚えていなかったけれど、とりあえず今は春で、四季はあるらしいのでこれからは梅雨?それともそのまま夏になるんだろうか。
そんな四季の事を考えながら自室に戻ると、扉の隙間に手紙が挟まっていた。
綺麗な型押しの模様が入った封筒に、黒の蝋封された手紙を取って部屋に入り、明るい中で手紙を開けると、それは魔王様からの手紙だった。
『ユリエ
今日は挨拶もなく居なくなってすまない。
また会えると嬉しい
フレン 』
短い文章、でも綺麗な字で書かれたその手紙に笑顔が零れる。
『会いたい』、そう思って貰える事が、ここで、このお城でどんな意味を持つのかを理解した今、この手紙はとても嬉しい物だ。
「あの泉の水、飲んで良かったな…」
そんな手紙を指で撫で、心の底からそう思えた。
あの時は【死の泉】だと聞いて、それを飲んだ事がとても怖かったけれど、今はあの泉は私にとって【死の泉】ではなく、幸せをくれる素敵な泉に思える。
あの泉に触れて、あの水を飲んで、魔王様に会えた。そして希望を感じてくれた。
その希望があるから耐えるのではなく、魔王様がまた人と会う事を求めるようになれたのだと思うと、私がここ居る意味はあるんだな。そう思える。
「…ちゃんと役に立ちたいな…」
居る意味だけではなく、もっとちゃんと形にしたい。
【生活魔法】、地味に使っているけれど、きっとちゃんと使えば凄いポテンシャルがあるのだ。
それこそ、魔王様が感じる希望を叶えるくらいの能力だってあるかも知れない。
頑張らねば。そう決意を新たにし、手紙を綺麗な封筒に戻して部屋にあるチェストの引き出しにそっとしまう。
とりあえずお風呂に入ろうと脱衣所に入り、服を脱ぎながら考えるのは今日の事。
魔王様は触れられない。
それがどれだけ重くて、どれだけ辛かったんだろうと思うとやはり胸が苦しくなるが、お城の皆もただ傍観していた訳ではない。
魔王様が触れられないのは【魔力譲渡】を制御できないから。
多分、触れると勝手に魔力を注いでしまって相手が魔力過多になって壊れる…。
だから誰にも触れないように距離を取る。
でもそれは心の距離だ。
リリーさんが作るこのお城の制服は、魔法や魔力を害のないように調整するのだと教えてくれた。魔王様が触れても平気なように、皆で考えて、頑張って作ったのだとか。
でも、それを作っても、そう伝えても、魔王様は触れる事も距離をなくす事もしなかった。
耐えるのが辛い。そう言った魔王様の言葉はとても重かっただろう。
服で防ぐ事はできても、触れられない自分は変わらないもんな…。
脱いだ服を洗濯袋の中に入れると、入れたと同時に溜息が出た。
だって脱いだら何も変わってない。1人になった時、こうやって脱いだ瞬間には素に戻る。
そうやってまた自分を認識して辛くなる…。
触れたいと思う度に、触れる事を恐れる度に、自分の事が嫌になるだろうし。こんな状況が辛くなる。
だから見ないように、知らずにいられるように、誰にも会わないように魔王様は籠ったんだろう…。
想像するだけで辛い…。そう少し苦しいまま風呂場に入ると、石造りの風呂場はひんやりしていて、足早に風呂場にあるオレンジ色の石に魔力を通すと、40度くらいのお湯が一気に浴槽に溜まっていって、ひんやりしていた風呂場の中を暖かな湯気が包んだ。
本当に勇者先輩には毎日感謝を伝えたい。心の中で「有難う御座います」とお礼を言いながら、頭の上からシャワーを浴びて泡石を泡立てて頭を洗い、そのまま一緒に体も洗う。
泡石は不思議な石。これ一つで頭も体も両方いける。洗浄力はあるのに、頭を洗っても髪が軋んだりしないし、かと言ってベタベタもしない。
香りが全くないだけで、洗う事に関しての効果はばっちりなファンタジー素敵石。
使う毎に少しずつ小さくなっていくので、自然に採れる石鹸みたいな物だろうか。
そんな泡を流して浴槽のお湯につかると、外の寒さに冷やされた身体が熱に包まれ、末端から痺れるような熱が体の芯を温める。
そんな感覚に一息ついて、ゆったりと浴槽に凭れて考えるのはまた魔王様の事。
魔王様が触れられないのは、制御できない乱れだと言っていた。乱れなら[整理]で整う筈。
私がもっと自分の魔法を使いこなせれば、きっと治せると思う。
「でも魔法…もっと慣れないといけないのに、製造のスキル…ちょっと怖い……」
手に掬ったお風呂のお湯は薄い魔素水。
このお城で使われる水は全部そう。
魔法を使う為の素材にもなるこの水には魔法が籠る。きっと化粧水が要らなかったりしたのはこの水のおかげ。
今日はお風呂に入る時に全身に魔法を試そうと思っていたけれど、ヨウグさんの話しを聞くとやっぱり少し[製造]の魔法の威力は怖い。
変な事を考えてる訳じゃない。
でも、もし、と思うと躊躇してしまう。
「あー…魔王様も、こんな感覚なのかなぁ………」
上手く言えないけれど、こんな怖いスキルなら要らなかったのに、とか、欲しいと思った訳じゃないとか、何だか沢山考えてしまう。
この魔法が自分に必要なのは分かっている。この魔法が大事なのも分かる。
でも、過剰な力は怖い。
そして、自分が持っているスキルをなくせない以上、そんなスキルと長い寿命の中、ずっと上手く付き合って行かなければならない。
その上魔王様の場合は、結界を維持するのに制御できなくても【魔力譲渡】がなくてはならない、怖くても、使わなくてはならない……。
ずっと『もしも』を考えていなければならない。
「牢獄……」
確かに。そう行き着いて溜息が出た。
「200年かぁ…どれだけ長かったんだろう…。制御しようって色々頑張ったりしたんだろうなぁ…」
風呂場に響いた「制御」と言った自分の声に、私もそうだと思い至る。
今は魔法の効果や制御の範囲が分からないから使うのが怖い。よかれと思って使っても、それがどうなるかが分からない。それが怖い。
「練習…実験……」
そうだ。怖いなら、怖くなくなるまで頑張れば良いのだ。
まず害のなさそうな物に試せばいい。例えば紙や布に試して、ヤバそうなら燃やしてしまえばいい。
そう考えていると、なんとなく出来そうな事と出来なさそうな事が自分の中のどこかから感覚として伝わって来る。
その感覚に目を閉じて、探るように集中していると、あ、これが魔力回路かな、と思った所で私は慌ててお湯から上がった。
「……やばい。酸は…できる」
できる事をイメージしていた所、お風呂掃除の事を考えてしまってカビ○ラーに行き着き、危うくお湯を酸に変えそうになった感覚にかなり焦ったが、でもよく考えたら、私人を溶かすレベルの酸はちょっと分からない。
「魔法は呪文じゃなくてイメージ……イメージって漠然としたものだから、さじ加減が分からなくて怖いんだよね…」
でも、イメージが魔法になるなら、私が人を溶かせる酸なんてカビ○ラーレベル。
触ったらぬるぬるして、洗ったらカサカサになる。それくらいの効力しか分からない。
なら毒とかも、あれこれ危ないのは分かっているけど、それがどんな成分のモノかはよく知らないのだから、そこが限界になるのでは?
だってそんな危ない物、普通に生きてて普段使う事なんて全然ない。
けれども、結果だけは想像できる。
そして知っている結果もある。
映画やら漫画やらで、結果のイメージだけならしこたまあるのだ。
「…試すか……」
軽いけれど石で出来た洗面器に薄くお湯を汲み、泡石の泡を入れながら『人を溶かす酸になれ』と強く願う。そしてお湯と泡で作った、きっと魔法の願いが籠っているだろうその中に、抜けた髪の毛を入れてみる。
もし、その願いが叶っているなら、髪の毛は溶ける筈…。
そんな洗面器の中身をじっと眺めているけれど、泡が解けて白濁した水に沈んている髪は、沈んでるだけで全く溶けない。
しばらく待って、恐る恐る指で酸かもしれない水に触れてみると、少しだけ指がヌルっとした。
「カビ○ラー…」
その程度に何だかホッとしたら素っ裸で何してるんだろうと冷静になって、魔法が籠ったその水は排水口へと流した。
きっと排水口が綺麗になる事だろう。
そしてもう一度浴槽に浸かり、できる事、できない事、できてしまう範囲、それをしっかり知らなくてはいけないと考えを纏め、私は湯船のお湯に魔法を使った。
頑張りたいなら、勇気は必要だ。
そして私は素敵肌とサラ髪を手に入れ、私はこのユニークスキル【生活魔法】に対し、敬意をもって【生活魔法様】として扱う事を決めた。




