27 守護神
「いただきます」と手を合わせ、目の前で湯気を立てる美味しそうなご飯を食べ始める。
本日は鶏肉のクリームシチューと、小麦の香ばしい匂いが食欲をそそる外がカリッとした丸いパン。
クリームシチューはとても濃厚で、それなのに優しい味のするとても美味しい仕上がりだ。一口大に切られた鶏肉は噛むと肉汁がクリームシチューと相まって、互いに濃厚なのにさっぱりとした印象を受ける。
さすが、とても美味しい。
美味しい料理は人の活力。今日も私はそんな美味しさに感動しながらニコニコご飯を食べていると、目の前のプリシラさんが笑顔で食べる私をじっと見ている。
「? どうかしました?」
「懐かしいなって思って」
「あ、もしかして「いただきます」ですか?」
「うん、ユリエの言い方がきっと正しいね」
「?」
「勇者はね、バカみたいな言い方してたから、意味は素敵だと思ったけど誰もやりたいと思わなかったんだよね」
「ああ、あれねぇ。あの『いっただっきむぁ~す!』ってやつね!」
「ええぇ…」
苦笑したプリシラさんと、笑いながら勇者先輩のマネをしたリリーさん。確かにその言い方はマネしたくない感じのやつだ…。勇者先輩…何やってんですか、と本日何度目かの溜息を心の中で吐く。
ラブレターにはとても感動したのに、勇者先輩、普段は結構気さくな感じの人だったんだろうか…。
そんな話題で美味しいご飯を食べながら、勇者先輩の「ごちそーさまっしたっ!」の昔話まで聞き終る頃、食べ終わったリリーさんが私の食事のペースを見ながら話題を切り替えた。
「ねぇねぇユリエちゃん?ユリエちゃんなら異世界の服の事色々知ってるかしら」
「異世界の、ですか?」
うんうんと頷いたリリーさんは、期待の籠った眼差しを私に向けている。
私は口に入れたシチューを飲み込んで、しっかり手を合わせてちゃんとした「ご馳走様でした」を言ってから、改めてリリーさんを見たそこには、期待に姿勢を正しているリリーさんがソワソワしながら待っている。
「知ってるかって言うのは、作り方とかですか?」
「それも知りたいけど、デザインとか色々知りたいの」
「なるほど。それなら多少は知ってますね、雑誌はよく見てたので」
「本当!?嬉しいわぁ!沢山教えて! 勇者は“じゃーじ”とか“てぃーしゃつ”とか、ある程度は教えてくれたのだけど、動きやすさはいいとして、どれも余り可愛くはないのよねぇ…。良いなと思ったのは、ミニスカとスーツくらいかしら」
「あぁ……なるほど」
でもミニスカはきっと魔王様が破廉恥って煩いから…と頬に手をあててガッカリしているリリーさん。
確かに、プリシラさんに破廉恥って言ってた。
けど、服か。男性に女性の着る服のデザインを教えるのは限界があるだろうし、知ってる範囲だって限られただろう。
そう考えて、私は頭に浮かんだ言葉をそのまま出した。
「あ、そうだ、リリーさん。リリーさんってもしかして下着も作ってます?」
「そうよぉ?」
「あの、ご相談があるんですが」
「なぁに!?」
「ブラ、作れませんかね」
私は期待に背筋を伸ばすリリーさんに向かい、とても真剣にそう告げた。
そう、これはとても大事な事。
今着けているリリーさん作のスポブラっぽいやつは、形はいいのだけれど正直パットもないし支えも弱い。動くと胸もよく動くと言うか、ストレートに感想を言うのなら“包んでいるだけ”なのだ。
なのでリリーさんにはここはどうにか、ブラジャーと言えるブラを完成させて欲しい所。そしてついでにユニ○ロさんのタンクトップ型のやつもあると嬉しい。楽だし。
「ブラって言うのは胸の下着なんですが」
「!! 聞いた事あるわ!きっと勇者がよくわからないって言ってたやつね!?男性の下着は教えてくれたのに、女性の下着はよく分からないって言われて、私凄く絶望したのよ!!丸い布を2つ紐で繋げたくらいで胸が支えられると思わないで欲しいわよね!!」
そうプリプリ怒っているリリーさんはとても饒舌。リリーさんは趣味の話になるとテンションが上がって早口になるタイプの人なのだろうか。それなのに柔らかい印象が消えないのは、2つのスイカを装備しているせいだろうか………うん、やはりデカい。
これ、正しいブラで寄せて上げてしまったら、一体どうなってしまうんだろう…。
「男性に女性用下着はさすがに分からなくても仕方ないですよ。着心地とか知ってても嫌だし」
「………確かに…それは、そうね…。」
テンションの高かったリリーさんのテンションがスンと落ちた。
ごめん、今想像したよね。
「それでですね、ブラなんですけど、ブラがあればいい感じに胸の形が保てて、更には形が崩れたりし難くなるんですよ」
「それはとても大事ね」
「それにちゃんとしたやつを着けると、少し軽く感じますし、動きやすくなるし、何より走っても痛くないんです! なので是非作って欲しいです」
「軽く!? それはとても大事ね!任せて!!」
そう私とリリーさんが団結している目の前で、湿った目つきでこちらを見ているプリシラさんがボソッと呟いた一言で、冷たい空気がスイッと走った。
「………私には、関係ない話だね」
とても切ないその一言に、リリーさんは「あー…」と残念そうな声を漏らしたけれど、リリーさん、それは駄目。
私はそんな湿った目をしているプリシラさんに無言で首を横へ振る。
「いいえ、違いますよプリシラさん。正しいブラはサイズを上げる」
「サイズを………上げる?」
訝しげではあるものの、上げる、の一言にプリシラさんの目に微かな光が灯る。
「正しいブラは、胸のお肉を逃さないようにガードするんです」
「ガード…」
「それはもはや胸の守護神です」
「守護神…」
「胸のお肉は脇とか背中に逃げるじゃないですか、それを逃がさないように集めると、その位置をブラが守ってくれるんです。だから正しいブラを着けると胸のサイズは上がるんです」
「…正しいブラ…………。ユリエ。私は胸の神を信じる。 作ろう。ブラ。必要。とても。」
そうとても真剣な面持ちで頷いたプリシラさんは団結に加わった。
その後3人でカップがどうとかパットがどうのとブラのあれこれを話していると、頭を寄せて話していた私達の上に大きな影が落ちた。
「……あのな、お前ら…そう言う話は別の場所でやってくれ…。厨房の奴らが使い物にならねぇ。困る」
見上げたそこには物凄く困った顔な上、更にとても複雑な表情をしたヨウグさんが頭を押さえて溜息を吐いている。
そんなヨウグさんの注意で私達が一斉に厨房を見ると、厨房の奥からはお皿が割れる音や鍋を取り落とす音が響いて、ヨウグさんがその音に再び大きな溜息を吐いた。
「……」
「あらあら」
「……大変、申し訳ありませんでした」
そう謝って、私は机にゴツッと額が当たる程深々と頭を下げた。
おばさんになって旅に出た羞恥心よ、戻っておいで……。




