26 山?
リリーさんとプリシラさんと話していたそこに、遠くから鐘の音が聞こえて来る。外を見ればもう夕日が沈もうとしていた。
いつの間にか灯っていた部屋の明かりで気付かなかったけれど、結構な時間を過ごしてしまっていたらしい。
「あらぁ、もうこんな時間なのねぇ。ご飯食べに行かないと、ヨウグが怒るわ」
「今日はお腹減った。私も行く。ユリエも行こう」
「そうよね!私もユリエちゃんとご飯食べたいわ!もっとお話も聞きたいし!行きましょ行きましょ?」
「え、あ、はい」
ぱんっと一度手を合わせた笑顔のリリーさんがグイグイと私を引っ張り、今日の晩ご飯は皆で食べる事になった。
って言うかリリーさん、その細腕のどこにそんな力があるのか、謎な程に力が強い。
リリーさんとプリシラさんに手を引かれ、賑やかに廊下へ出るとそこには既にいい匂いが漂っていて、夕方にご近所の晩御飯を想像する感覚を思い出す。
「あ、いい匂い」
「食堂はすぐそこなの、だからいつもこの時間はいい匂いがするのよぉ、やだわぁお腹鳴っちゃうわぁ」
ふふふ、と軽やかに笑うリリーさんに手を引かれるまま、廊下の端にある扉から一旦城内広場を経由して、再び反対側の扉を潜る。
するといい匂いは一層強くなり、あ、今日はシチュー系かな、って匂いが私のお腹の空腹さんを呼び出した。
今度はお腹を空かせるいい匂いに引かれて案内された食堂へ着くと、そこは食堂と言うよりも大食堂。
大きな柱がかろうじて廊下を仕切るその向こうには、軽く100人は収める事が出来そうな広い食堂。奥の壁には掃き出し窓が並んでいて、左を見ると受け取りカウンター、そしてカウンターの奥に厨房スペースが見えるけれど、そこに人の姿はない。
ただ、大食堂だろう広さの中にあるのは、カウンター側に寄せられたシンプルで大きなダイニングテーブルが2セットだけ。
そんな様子は何だか少し寂しく感じた。
けれどそんな食堂のカウンターには、カウンターに乗りかかって浮いた足を揺らし、厨房の奥を覗いている明るいオレンジ色が見える。
「あ、レイ君だ」
そう私が見知った姿に声を出すと、カウンターに乗りかかっていたレイ君がこっちを振り向いて、私を見付けるとパァっと明るい表情を浮かべて走って来たと思ったら、やはりしっかりと私の腰に装着して、笑顔で私を見上げて来る。
「ユリエ様!今日はこちらでお食事されるのですか?プリシラ様とリリー姉さまもご一緒なのですね!」
姉さま…ああ、そうだった。レイ君は皆の弟ポジションなんだった。
「うん、誘って貰って来たんだけど、何だか人、居ないね?」
「ここはいつもこんな感じですよ!人数が多いのは軍部の食堂の方です!向こうが忙しい時はこっちで作ってレイが運ぶんです!」
「そうなんだ、それは偉いねぇ」
エヘヘ、と笑うレイ君の柔らかい髪を撫でていると、ガランとした食堂で既に席へ座っているプリシラさんが、こっちこっちと手招きしている。
「とりあえず、座るといい」
プリシラさんに呼ばれるままに、レイ君をくっつけたままの私の手を引いたリリーさんがテーブルに向かうと、その途中で厨房の奥から低くて太い声がレイ君を呼んだ。
「レイ、運んでくれ」
「あ、はーい!今行きます!」
そう厨房に向かって大きく返事を返したレイ君は私の腰から離れ、すぐ戻って来ますね!と笑顔を残して厨房の奥へと走って行く。そんな元気そうなレイ君を見送って、私が促されるままプリシラさんの正面に座ると、リリーさんが隣に座って可愛い声で厨房へと呼び掛けた。
「ヨウグ~3人分お願いねぇ~」
食堂にあるカウンターは受け取り式のカウンターに見えたので、取に行くスタイルではないのだろうかとカウンターを見ていると、プリシラさんがそんな思いを見透かしたように答えをくれる。
「もっと人が居た時は取りに行ってた。今は暇だし、ヨウグは暇人。だからいい」
そんな事を言っているプリシラさんに大きな影が掛かり、思わずその影の元を辿るとそこには山がそびえている。
いや、人だけど。
山のようにデカい、とても大きな男の人がそこに居た。
「暇人で悪かったな」
その人はさっきレイ君を呼んだ声でプリシラさんに言葉を返し、太い腕に乗せていた料理のプレートを器用に私達の前に並べている。
しっかり大人1人分の料理の乗ったプレートが、まるでお子様ランチに見えるくらいにはその人が大きくて、思わずまじまじと眺めてしまう。
多分身長が2メートルは超えているだろうその人は、その上そこに山のようなモリモリ筋肉が全身に装備されていて、上にも横にも幅がある為か驚く程に大きく見える。
黒いコックコートは筋肉で盛り上がり、はち切れんばかりに体にフィットしていて、長袖の先を調理しやすいようにか折り返しているその腕も、私の太ももくらいは軽くある。
腰には黒い巻きエプロン、足元は皆と同じブーツ、少しだけ長めの赤茶な髪をオールバックにして後ろで縛り、強面な顔には髭がよく似合っている。
年の頃は30行くか行かないか、に見えるけれど、雰囲気だけで言うなら40は越えていそうな威厳がある。
そんな大きな人を見上げていると、その鋭い青い瞳と目が合った。
「お前がユリエか」
「は…はい、よろしく、お願いします」
「すまんな、怖がらせるつもりはないんだが…ヨウグだ。料理長してる。宜しく頼む」
私が唖然と見まくっていたからか、少し眉を下げたその人は名乗りながら罰が悪そうに頬を掻いている。
眉を下げても結構怖い顔が怖い顔で留まってしまってはいるけれど、この人きっといい人だ、と思わせる雰囲気がその人にはある。
だってご飯を作ってくれる人はいい人だ。 と私は勝手に思っている。
「あ、いえ、その、怖くはないんですが、凄い大きいなと思って」
「そうよねぇ!ヨウグって大きくて可愛いわよねぇ!」
「それはリリエラルだけ」
既に料理を食べているプリシラさんがそうツッコムと、リリーさんはええ~と不満を漏らしながら料理を食べ始める。
「いつもご飯ありがとうございます。毎回とても美味しい愛情の籠ったご飯で、ずっとお礼を言いたいなって思ってたんです」
私が笑ってそう言うと、ヨウグさんは少し目を開いてこちらを見た後、柔らかく笑った………と、思う。
嬉しかったのかな?とは思うけれど、笑顔が何かを企んでいる顔にしか見えないので、ヨウグさんは顔でかなり損するタイプ。
「美味いと思って貰えたのなら料理人冥利に尽きる。冷めない内に食べてくれ」
最後にニヤッと鋭い笑顔を作ってヨウグさんは厨房へと戻って行った。
最後の笑いはきっと微笑み。
ハンターのそれではきっとない。 筈…。




