25 会えると言う事
で、デカい…。
や、身長が、とか体型が、ではなく、デカい。
部屋にニコニコ笑顔で入って来たその人は、20歳くらいの柔らかな印象の女性。
肩に掛かるフワフワの栗色の髪をセンターで分け、その下には柔らかく微笑んだ若葉色の少し垂れた目。小さくて柔らかそうな唇は今も笑みを湛えており、お馴染の黒い制服に黒いリボンタイをして、その下にはどう頑張っても目がいってしまうメロン…いや、小玉スイカはあるだろう大きな膨らみを2つ装備している。
デカい…。
あれは肩凝るだろうな、と私がまじまじとその人を見ていると。私に抱き着いていたスレンダーなプリシラさんが、小さく、けれどはっきりと舌打ちした。
「リリエラル、ノックは?」
「あら?そうだったわぁ、声が聞こえて急いで来ちゃった。ごめんねプリシラ。入ってい~い?」
「もう入ってる。そのやたらデカい胸から」
「うふふ、これ邪魔よねぇ」
「チッ…」
今度は更にはっきりと舌打ちが聞こえた。
そんなご機嫌斜めなプリシラさんが私を解放し、私の肩を使って私の座っている椅子をクルリと回すと、スイッとその人の前に私を差し出す。
……え?
「え、あ、あの…初めまして、ユリエです……」
差し出されたそこで、私を見ているその人とバッチリ目が合ったので、戸惑いながらも自己紹介をすながら会釈をすると、リリエラルと呼ばれたその人は組んだ指で大きなスイカを潰しながら、フワ~っと花でも飛びそうな笑顔で私を迎えた。
「初めましてぇ!私はリリエラルよ、リリーって呼んでね!」
「は…はい、リリー…さん?」
「キャ~!可愛いわぁ!レイには女の子が来た事は聞いていたけれど、想像よりずっと何倍も可愛いわぁ~!」
満面の笑顔で私の両手を取って立ち上がらせたリリーさんは、私を頭の先からつま先までその笑顔でじっくりと眺めて、そしてじっくり観察しながら首を傾げる。
「髪は綺麗な黒だけど、光に透かすと薄紫に光るのねぇ…ワンピースを紫に染めてよかったわぁ!でももう少し薄く染めても良かったかしらぁ……」
うーん、と細い首を傾げて私をまじまじと観察しているリリーさん。もしかして、今着ているこの服を用意してくれたのはリリーさんなんだろうか。
「あの、もしかしてこの服ってリリーさんが用意してくれたんですか?」
「そうよぉ、このお城で着る服は、全部私が作らせてもらっているの!」
「え!全部?!すごい! こんなしっかりしてて着心地の良い服、初めてです!ありがとうございます!」
私がそうお礼を言うと、リリーさんはキョトンとこちらを見て数回瞬きをした後、それはそれは嬉しそうに頬を染める。
「嬉しい…!ユリエちゃんはとてもいい子だわ!お城の皆は私が服を渡しても何も言ってくれないのよ?感想を聞けるなんて私、嬉しいわぁ!!」
瞳をうるうると感動に揺らしたリリーさんが私をギュウっと抱きしめて、嬉しいわ、嬉しいわ、と繰り返している。
今日はよく抱擁される日だ。そして押しつぶされたリリーさんの胸圧が凄い事になっている。
圧も凄い。
「ユリエ、挨拶が終わったなら離れた方がいい。リリエラルは危険」
「え? 危険………っ!?」
プリシラさんの一言に、何で、と訊こうとした瞬間、私を抱きしめていたリリーさんの両手が私の両尻をガッツリ掴み、「ひぇ!??」と変な声が上がるがリリーさんはお構いなしだ。
「小さくて可愛いお尻ねぇ、もう少しサイズを詰めた方がいいかしらぁ」
「え…え?え!? ちょ…あの!? リリーさん!??」
私がアワアワと脱出しようともがくけれど、その細い体のどこにそんな力があるのか、リリーさんは私がどれだけもがこうともびくともしない。
「腰回りもちょっと生地が余っているのねぇ…でもこれは背中の型を変えた方がいいかしらぁ」
「待って!ちょっと!そこは…!」
力強いリリーさんの手はその後も止まらず、色んな所のサイズを触診して来る。
いやマジ待って。いくら同性でもこれは恥ずかしい!
私が真っ赤になりながら、もう無理です!と連呼している目の前では、プリシラさんが差し出した哀れな子羊を見ながら、ベッドを仕切るカーテンを目の前で握りしめ、チラリと見えてる耳を真っ赤にして震えている魔王様に声を掛けた。
「魔王、助けなくていいの?ユリエがリリエラルに凌辱されている」
「凌じょっ!!? りりりリリエラル! やめよ!! そんな破廉恥極まりない事をしてはいけない!!!」
カーテンで状況は見えていないだろうけど、音声はバッチリお届けしてしまっている訳で…頼む、耳も塞いでくれ魔王様……。
「あらぁ、破廉恥な事なんてしていないわ?サイズを測っているだけよ」
おかしな事を言うわぁ、とハートがつきそうな語尾で楽し気に笑ったリリーさんは、現在私の腹を弄っている。
はっ腹は…腹はやめて!
「魔王様!もっと頑張って!」
「ゆ…ユリエ…」
私が必死に助けを求めると、魔王様は困ったように真っ赤な顔をチラリと覗かせる。
が、すかさずの拒否。
「見るのは駄目!!!」
「すすすまない!!!!」
さすがに腹を揉まれる姿は見られたくない。
魔王様はちゃんと再びカーテンに隠れてくれたけれど、でも助けて、と苦悶に満ちた私が情けない声を漏らしたそれで、魔王様は震えながら目をギュウっと固く瞑った状態で、カーテンから横に足を擦って移動した。
そして、こちらへ向かって
「リリエラル!私は新しい服が欲しい!!!」
と、叫んだ。
それが何の解決に?と思っているが、私の腹を揉んでいたリリーさんの手はピタリと止まった。
「…………いいの?」
そう美味しそうな物を前にしたような声で呟いたリリーさんが、涎でも垂らしそうな真顔で魔王様をガン見している。
怖い。そして何がいいの?と思っている内に、ゆるりと私を解放したリリーさんが、目を瞑り、無防備に手を広げる魔王様に視線を向けたまま、可愛らしい手をわきわきと動かしてゆっくりと魔王様に近寄って行く。
え、もしかして、これは…
新たな生贄!?
「いいのね?」
リリーさんは止まらない、震える魔王様まで後1メートル。
え、大丈夫!?と焦っていると、震えながらチラッと薄目を開けて状況を確認した魔王様が、目の前に迫ったリリーさんに目を見開いて、ひっ!と情けない声を上げ、無理だすまない!の「すま」の辺りでパッと消えた。
「………逃げたわ…。」
「触れると思ったリリエラルがおかしい」
ですよね。と私が何だかよく分からない安堵に胸をなで下ろしていると、プリシラさんが馬鹿だね、と呟きながらリリーさんの肩を優しく撫でている。
はぁ、と残念そうに溜息を零したリリーさんは魔王様のいた場所に背を向けて、そのまま顔を伏せたと思ったら、そのまま床へとへたり込んでしまった。
そして口元を手で覆い、線の細い肩を小さく揺らして、大きな涙をポロポロと流し始めた。
そんなリリーさんに焦った私がその前にしゃがんで視線を合わせると、嗚咽の隙間に息を漏らしながらも、リリーさんは「嬉しいの」と涙を流しながらも綺麗に笑う。
「だって…本当に魔王様が目の前に居るんだもの…私…嬉しくて…」
そのリリーさんの言葉に、レイ君が「会う事はできなかった」と言っていた事を思い出す。
そうか、皆魔王様に会いたかったんだなぁ、と苦笑する私に感極まって抱き着きながら、ありがとう、を何度も何度も繰り返すリリーさんを支え、私は小さく返事しながらその背中を撫でる。
「ユリエ、私からも感謝を、魔王を連れ出してくれてありがとう」
そうお礼を言ったプリシラさんを見ると、プリシラさんも少し泣きそうな顔で微笑んでいて、プリシラさんが魔王様に辛辣だったのも、もしかしたら嬉しい気持ちを堪えて普通に見せる為だったのかな、なんて苦笑しながら、涙を啜るリリーさんの背を私は落ち着くようにと撫で続けた。
ただ来ただけで、ここに居るだけなのにお礼を言われるのは何だか変な気分だけれど、この貰ったお礼を本物にしたいなって思うと、頑張らねばと気持ちも引き締まる。
そんなやる気を抱きながら、撫で続けていたリリーさんはしばらく泣いて、私から離れて涙に乱れた呼吸を整えるように大きく深呼吸すると、最後に長く息を吐き出してから脱力したように呟いた。
「はぁ…魔王様がいる前で泣けないじゃない?耐えるのに苦労したわぁ…ごめんねユリエちゃん、沢山触ってしまって……。そうしないと泣きそうだったの」
もう一度こちらを見て、ごめんね?と私の手を両手で握ったリリーさんは申し訳なさそうに赤い目で微笑む。微笑んで、悲しそうな、でも嬉しそうな、そんな表情でリリーさんは言葉を続けた。
「ずっとね、私達何も出来なかったの…。魔王様が引き籠ってから、最初は皆魔王様に会いに行ったり、どうにか側に居ようと頑張ったんだけど…“ずっと耐えるのは苦しい”って言われてしまって……そうなるともう、会にも行けなくなってしまって……」
リリーさんは悲しそうに苦笑する。
魔王様は触れられない。日常の、ほんの些細な瞬間にもきっとそれを感じる事は多いだろう。
服の採寸も、治療魔法も、触れなければ出来ない…だからその度に魔王様は耐えないといけない、触れてはいけない自分を感じないといけない……。
だから苦しい。魔王様にそう言われたら会いに行くのは酷という物だ…。皆、そうやって近付けなくなくなったのか…。
私も、もし魔王様にそう言われたら距離を詰める所か会いにすら行けなくなるだろうし、ただどうにかしたいって気持ちを抱えたまま過ごす事になっただろう…。
皆も苦しいの、ずっと耐えてたんだな…。
そう考えると泣きそうになる私の頭をプリシラさんがそっと撫でて、けど今は違う、と優しく笑ってくれる。
「ユリエが来てくれて、私達も救われた……本当にありがとう、ユリエ」
「本当に、ユリエちゃんが来てくれて、魔王様が出て来て、私、もしかしたら本当に触れるのかもって思っちゃった」
そう苦笑したリリーさんに、流石に触れたら駄目なのでは?と尋ねると、どうやらこのお城の制服は、魔王様が触れても大丈夫なように頑張って作られた物らしく、生地の上からなら触っても問題ないのだそうだ。
そうなるとやっぱり魔王様がとる距離は、危ないと言うより心の距離なんだなぁって理解を深める私に、リリーさんが照れながら話題を変えた。
「あのね、採寸なんだけどね?いつもはもっと素早くやるの、だから嫌いにならないでね?」
「ん? 素早く、ですか?」
「そうね、流石に魔王様の素早さには敵わないのだけど、プリシラくらいならいけるのよ?」
「??」
そんなリリーさんの言葉に、何が?と疑問を飛ばしていると、プリシラさんが心底嫌そうな顔で大きな溜息を吐いた。
「リリエラルは身体強化が得意。すごいスピードで体を採寸して来る。力も強いから見えたとしても逃げられない。本当に厄介」
「えぇー…」
どうりでびくともしない訳ですよ。
そう私が複雑な顔をしていると、リリーさんが涙の止まった柔らかい笑顔で、ふふ、と笑い、人差し指をピッと立て、一瞬よ?と言った姿はとても可愛かったけれど、私は苦笑いしか返せなかった。
一瞬だろうが、腹をまさぐるのは勘弁願いたい。




