24 漢字
何か【死の泉】飲みたいよ発言と魔王様の幼少期暴露大会ですっかり忘れていたけれど、そう言えばスマホを返しにきたんだったと思い出して魔王様を振り返る。
「魔王様、スマホ返さないと」
「あ、ああ…そうだったな……」
一応復活はしたけれど、とても疲れた顔をしている魔王様がダラダラした動きでスマホを取り出して、ふわりと浮かせて机の上にスマホを置く。
そんな間にプリシラさんが淹れてくれた、少し甘い珈琲みたいな味の白い飲み物を貰ったこれは、珈琲の味が懐かしいような、落ち着くような、ホッとはするのだけれど、これは一体何が元になってるんだろう。
味は珈琲なのに何故白い。
カルテみたいな物を書いてるプリシラさんに訊くのは悪いと思って魔王様の方を見るけれど、魔王様は窓にくっつく勢いで外を見て現実逃避してしまっているので、私はそっと珈琲に視線を戻す。
今はそっとしておこう…。
そんな何とも言えない時間を過ごしていると、カルテを書き終わったプリシラさんがスマホを手に、くるりと椅子を回してこちらを向いた。
「勇者のメモ、読めた?」
「はい」
「最後の、「プリシラへ」は読めた?」
「何だか題名が名前だったので、ラブレターみたいだなって思って読んでないです」
ってあれ? プリシラさん「プリシラへ」は読めたの?
「プリシラさん、日本語読めるんですか?」
「ん?ひらがなとカタカナは読める。それに読めない所とか必要な物は、勇者にお願いして書き写してあるから問題ない」
「え、じゃあ…」
と、魔王様を見ると、窓越しに分かりやすく知らなかったって顔をしてたので、再びそっと視線を戻した。
「魔王が引き籠ってる間に勇者とは言語を教え合った。だから読める。魔王は勇者の事あんまり知らないもんね」
私はそっとしておいたが、プリシラさんはしっかりと魔王様をいじった。
扱い……。
「でもね、この「プリシラへ」ってやつはスマホの中だけにある。それも読めない所をしっかり残して…。こことか、ここ」
そう丸椅子をスイッと寄せて私の横へ並んだプリシラさんが、スマホの画面を一緒に見れるように私の肩にくっついて画面を示す。
その画面を見ると、題名は「プリシラへ」で、その下に続くひらがなの間には、ほんの数か所だけだが漢字が並ぶ。
「ああ、読めない所って漢字ですか」
「そう、難しくて、私が漢字を習得するのが嫌になった事を勇者は知ってる。だからこれは、勇者の意地悪。そしてバレないと思って好き勝手書いている筈。暴きたい」
「あー……」
確かに。好き勝手書いてある。
プリシラさんが読めるだろう部分では、あれが楽しかったとか、いつかのお礼とか、素敵系の内容が書かれているのだけど、漢字が入る部分はヤバい。
そんな内容に私がマジで?と難しい顔でプリシラさんを見ると、マジで、と言う顔で頷かれたので息を吐く。
「これ、読むん…ですよね……」
「読んで」
ですよね…と大人しく頷いて、私は観念して漢字の部分を読み始める。
とりあえず、勇者先輩、恨みます。
「ええっと……『プリシラ、君は少し口が悪い』」
「…」
「『プリシラ、君の鼾は結構煩い』」
「……」
「『プリシラ、長生きの割には馬鹿な所が目立つ』」
「…………」
怖い。プリシラさんの圧が凄い。
怒ってる。絶対怒ってます!勇者先輩なにやってくれてるんですか!魔王様も青い顔で唖然としてないで助けて欲しい!今ナイトになって欲しい!
そんな泣きそうな私にプリシラさんが顎で続きを促す。
怖い…。
「ぷ…『プリシラ、全ての女医が異世界で丈の短い服を着るのは嘘です』」
「……………っ」
「『プリシラ、此れを異世界人に読んで貰ったりしてたら上記の漢字の部分は全て嘘です。御免なさい』」
「………あぁ?!」
思わず上がるプリシラさんのドスの効いた声。
勇者先輩、何でここで予防線入れたの?予防になってないよ!時既に遅しだよ!勘弁して下さいよ!!
プリシラさんから何とも言えない怒りの波動に震えながら、文句のような愚痴のような勇者先輩の時限爆弾を処理し、ようやく終わりの見えて来た文字を辿る。
「『最後に…』」
そこで私は止まってしまった。
そして、少しだけこの文章が終わってしまう事に悲しいような、寂しいような思いを呼び起こされながら、けれどその最後の文字をしっかり読んだ。
「『プリシラ、僕を愛してくれて有難う。
君の永遠を愛して居る 智久』」
「………」
部屋はとても静かだった。少し傾き始めた日の光が大きな窓から斜めに光を注いでいる。
少しお薬の匂いのするこの部屋で、プリシラさんは整った睫毛の影を落としながらスマホの文字を静かに見詰めていた。
そして、その愛を残した文字を指で撫でて、切なくなるような笑顔で笑う。
「バカな男……」
そう呟いたプリシラさんの横顔はとても綺麗で、書き綴られた愚痴も文句も内緒も全部、綺麗な物だけで出来ていた気がして、私は言葉を発っする事が出来なかった。
魔力が寿命を決めるこの世界で、愛する人を残して逝く事が分かっていただろう勇者先輩。
それは、どんな気持ちだったんだろう……。
そんな気持ちを想像すると何とも言えなくなった私の隣で、ふ、と小さく息を吐いたプリシラさんはスマホを閉じて机に置き、少し寂しそうな笑顔で私に微笑み、ありがとう、とお礼を言った。
そんなプリシラさんに言葉が詰まってしまった私が言葉を探していると、そんな空気を切り替えるように、そう言えば、と椅子を回したプリシラさんが、私にスマホを差し出した。
「ユリエは鑑定出来る?」
「え、いえ、出来ません…」
「これ持っておく? 物を画面に映せば鑑定が出来ると思う。私はスキルで鑑定があるし、この道具も異世界では皆当たり前に持ってたって聞いた。今ユリエにお礼を出来るとすればこれくらいしか思いつかない」
「え? いや……」
まさかの申し出に私は一瞬戸惑って、けれどしっかりと首を横へ振る。
「その…お気遣いありがとうございます。けど、お礼とかいいです。私読んだだけなので。 それに…そのスマホは勇者先輩がプリシラさんに自分の想いを込めた物です。だから、プリシラさんが持っていてあげて欲しいです」
「でも、エルフは礼を貴ぶ。何かしないとエルフが廃る」
困ったようなプリシラさんに私は再度首を振る。
「私、思ったんです。プリシラさんが漢字読めないの知ってて、何で勇者先輩は漢字で手紙を書いたのかなって…。それってもしかして、プリシラさんが知りたいと思うって、自分が居なくなって、寂しい時でも、知りたい気持ちで寂しさが和らぐかもって、そう思ったんじゃないかなって思ってしまって…」
そう言われたプリシラさんは目を見開いた。そして差し出したスマホに視線を落とす。
「だから、そのスマホは、側に置いててあげて欲しいと言うか…一緒に居て欲しいと言うか…」
困ったように私が笑うと、プリシラさんは私をギュウっと強く抱きしめて、何も言わずに肩に顔を埋めた。
「ぷ…プリシラさん?!」
「…そんなのずるい。会いたくなる……」
「………すいません」
「…けど、ありがとう…。 また寂しくなったら、今度はバカな勇者の事思い出せそう」
そう肩から顔を上げたプリシラさんの目は少し潤んでいるけど、とても優しく微笑んでいて、深く息を吐いた後に少しの苦笑に変わる。
「でも何かで必ずお礼はする」
「あ、じゃあさっきの白い飲み物の事教えて貰えますか?珈琲はよく飲んでたんですけど、白い珈琲は不思議だなって」
私が笑ってそう言うと、プリシラさんは少しだけ笑って懐かしそうに目を細めた。
「この世界にある白い豆。勇者もよく飲んでた」
再びプリシラさんが私を抱きしめて来たので、思い出したら恋しくなるよね、とその背を撫でていると、部屋の扉がバンッ!と音を立てて勢いよく開けられた。
すると、音がした次の瞬間には私の斜め横で一連に感動していた魔王様が一瞬消えて、扉から一番遠い部屋の端、ベッドサイドのカーテンに隠れる場所で身構えている。
どうしたの?
「魔王、城内で転移は禁止」
「すまない!だがしかし……」
私の肩からプリシラさんに窘められた魔王様は謝ったものの、開いた扉から目を離さない。
何?と思って振り返ると、そこには1人の女性が立っていた。




