23 言ってはならない
医務室の主。
私を呼んでいたプリシラさんであろうその人の辛辣なお言葉に、思わずゆっくりと魔王様を見てしまう。
面と向かって“引き籠り”と言われてしまった魔王様、ショックを受けたりしていないだろうかと思ったけれど、そこには悲しそうな魔王様、ではなく。到って普通な魔王様が、うむ。と頷いてから眉を寄せてプリシラさんに返事を返した。
「プリシラ、その恰好は……その、破廉恥なのではないだろうか…」
「魔王にとやかく言われる事じゃない」
え?そこ? 魔王様気にするのそこ?
そしてそんな感じの返し?と私が王様の扱いを測りきれなくてアワアワしていると、プリシラさんが立ち上がって私の前までやって来た。
「私がプリシラ。呼び出してごめんね」
立ち上がったプリシラさんは、170センチ以上はあるだろうとても細身のモデルのような人。基本が無表情なせいか美術的な美しさがあって、近距離で見るとちょっと見とれてしまう程の美人さん。
「あ、いえ、初めまして、ユリエです。宜しくお願いします」
見とれてる場合じゃなかったと慌てて頭を下げると、プリシラさんが一瞬だけ微笑んだ。
「ニホンジンだね。礼儀正しい。ユリエと呼んでもいい?」
「はい、大丈夫です」
「こっち来て」
そう言って私を丸椅子に座らせたプリシラさんが正面の椅子に座る。
魔王様は放置だ。 王様なのに…。
「ユリエはいつこちらの世界へ来たの?」
「ええっと、3日ほど前です」
「この世界に来てから、身体に異変は?」
「異変……」
言っていいのかまた迷ってしまい、思わず魔王様を見ると、「大丈夫」と頷いてくれたそれに安心して、【死の泉】の水を飲んで若返った事をプリシラさんに話すと、それはすんなりと受け入れられる。
「若返った理由は分かる。けどあの水を飲んだ事には驚いた」
「え、若返った理由、分かるんですか!?」
あんまり驚いていない感じのプリシラさんが足を組み直して腕を組む。
うん、様になる。
「向こうの世界に魔法は存在しないらしいけど、それは使う事が出来なかっただけじゃないかと私は思う」
「え?」
「例えばの話だけれど、向こうの世界の魔素は限りなく薄い、もしくはほぼ存在していない。そんな状態を続けると、こちらの世界で言う所の魔力涸渇状態になる」
「魔力涸渇…」
「そう。仮に私達のような長命種がユリエの居た世界に行く、もしくは産まれたとしても、あっちの世界の人間のように魔法も何も使えずに数十年で老いて死ぬ。それが魔力枯渇。あっちの世界の人間と同じ」
「あ……え、ええ!?」
まさか向こうの人間が、実はこっちでいう所の長命種だった説!?
私が理解したのが分かったのか、プリシラさんが頷いてから話を続ける。
「ユリエの存在で更にその可能性が濃厚なんじゃないかと思った。ユリエは召喚されてない。野良の異世界人は初めて見たけど、やはり魔力量も多くてユニークスキルも持ってる」
「野良…」
野良、と言う言葉に、拾って貰ったのでもう野良ではないから。と自分に優しくしている間にもプリシラさんの説明は続く。
プリシラさんはハイエルフで、普通のエルフよりもとても長生きらしい。
そんなプリシラさんがこれまで過ごした時間の中で、人族の国に滞在していた期間には、数人の異世界人を医師として診た事があるそうなのだけど、召喚された異世界人もやはり魔素を吸収して多かれ少なかれ皆若返ったらしく、大抵こっちの世界の人族にはない魔力保有量を既に持っていて、種族は召喚した要件によって、特殊な種族になっていたり、その要件に合った適正魔法やスキルを持っていたりしたらしい。
聖女なら必ず聖属性を持っていたり、勇者なら威圧の効かないスキルを持っていたり。そしてユニークスキル自体は、それぞれ利便性に差がありすぎる事や、こちらの世界に存在しない価値観の魔法だから、こちらの世界で言う所のユニーク扱いになったと言われた方が自然だと思う、とプリシラさんは気になっていた事を教えてくれる。
「私はそう考えた方が腑に落ちる」
「なるほど…」
「あちらの世界の人間は、こちらの世界の長命種くらいの能力だった。あちらでは使えなかった魔法や、あちらで得た技能は、こちらではユニークスキルだった。くらいの認識で構わないと思う」
私がまさかの説に真剣ながらも呆然としていると、後ろから魔王様が会話に言葉を挟んで来た。
「ではユリエは【死の泉】の水を飲んで変質したのではなく、魔素を補充したと言う事だな?急に補充されてユリエに害はないのか?」
「うるさい魔王。そんな心配するなら当日に連れて来たらいい」
「うっ………すまない」
魔王様の扱いが……、いや、もうこれ私が慣れた方がいいのかも知れない。魔王様も堅苦しいの嫌だって言ってたし。
そんなフランクな魔王様がプリシラさんに睨まれてしゅんと肩を落としている隣で、私にはまだ少し気になる所が残っている。
若返ったは若返ったけれど、容姿も何か小奇麗に変わった事をおずおずと口にすると、プリシラさんが私に両掌を差し出し、手、と言われたのでプリシラさんの手に手を重ねる。
「うん。魔力も多いし魔力回路も強い。ユリエの容姿が変わったのは、魔力回路に十分な魔力が行き渡っただけ」
「そう…なんですか?」
「魔力が多いと魔力回路もそれなりに強くなる。容姿はそれを使いこなせる状態になるから、今の状態がユリエの正しい状態。問題ない」
魔力回路凄いな。ナチュラル整形か。
でも若返るくらいだから容姿が変わってもおかしくないと言えばないのかも知れない。
魔力回路って細胞レベルの問題なんだろうか…。
「個人差もあるし、種族特性もあるから一概には言えないけどね。でも覚えておくといい。容姿は魔力や力を測る目安になる。特に魔族は容姿に出やすい。眼とか。それなりに魔力使うと光るし」
へぇ。魔力を使うと目が光る…。確かに魔王様よく目が薄っすら光ってたりするな。
思わず斜め後ろに居る魔王様を振り返って光るらしい目を見ると、魔王様が緊張したように姿勢が良くなった。
「魔王は魔力が多いからね、出やすいんだと思う」
そう軽く笑ったプリシラさんと重ねていた手から、何やら体が温まるような感じが伝わって来て、魔王様から視線を戻すとプリシラさんが首を軽く傾けた。
「治療魔法を受けるのは初めて?」
「はい。この温かいのがそうなんですか?」
「そう。ユリエに異常はない、とても健康的。ただ魔力回路が立派な割に少し固い。毎日無理のない程度に魔法を使うといい」
「わかりました。色々と教えて貰って凄く安心しました。ありがとうございます」
私が笑顔でお礼を言うと、プリシラさんは、うん、と一つ笑って手を放し、机に向かって紙に何かを書いている。
カルテみたいな物だろうか。そう感心しながらプリシラさんを眺めていると、ああそうだ、と言ってプリシラさんが再びこちらを向いた。
「【死の泉】を飲んだ事、エルフには言ってはダメ」
「え? わ…分かりました?」
「プリシラ、それを言ってはならん事は分かるが、何故特にエルフに言ってはならんのだ」
少し警戒したような魔王様に、プリシラさんは特に表情を変える事なく極めて普通に言葉を返した。
「飲みたがるから」
「ん?」
「え?」
「私も、飲めるなら飲みたい」
飲みたいの?!あの泉、怖がられてるんじゃないの?
思わず困惑した表情になってしまった私にお構いなく、憧れが滲んだ目を細めるプリシラさんは、ウットリと饒舌な言葉を続けている。
「【死の泉】なんて物騒な名前だけど、濃いと言うだけでただの魔素泉。私達エルフからすれば、浄化された魔素泉は極上の酒が湧く泉のようなもの。そして濃ければ濃いほど美味いのだから、【死の泉】から採れる魔素水は、きっと、物凄く美味しいに違いない」
「えぇ……」
「ああ!確かに凄く美味しかったです!」
魔王様は引いたけど、私は飲んだ水の味を思い出してうっかり同意してしまった。するとプリシラさんは本当に羨ましそうな顔をして私の手をそっと取る。
「今度は、私の分も採って来て」
「なっ!? プリシラ!何を言っている!そんな危険な真似ユリエにさせられる訳がないだろう!」
魔王様は真面目に怒っているのだけれど、当のプリシラさんは面倒そうな顔をして逃す気はないとばかりに私の手を強く握っている。
「あれを手に出来たなら異世界人のユニークスキルを使った筈。ならユリエにしか頼めない。魔王は【死の泉】に過剰反応し過ぎ」
「そのような問題ではない!」
「どうせまた自分と重ねてうじうじしているだけ。採れる物を採ってくれと言って何が悪い」
「そっ…うっ……」
「図星。危険だと言うなら魔王が守れば良い。魔王はそう言うの好きでしょ?ほら、魔王が子供の頃読んでくれとせがんだ絵本にあった、ナイトが姫と…」
「なっなにを言って…っ!それは今関係ないだろう!!」
魔王様は真っ赤だ。恥ずかしい過去を語られているので【死の泉】ではなく今はそっちを止めようと必死。
プリシラさんが昔は甘えん坊主だったと話を始めた辺りでは、もう魔王様は私に聞かせまいと「わー!」とか「あー!」しか言ってない。
ごめん、聞こえてる。
一人で寝れなかったんだね魔王様……。
そしてプリシラさん、魔王様より年上なんだな……。この世界って本当に見た目で年齢が分からない。
後、エルフに【死の泉】飲んだって言ったら駄目なのがもの凄く良く分かった。
「急かす気はない。ユリエがもっと自分の魔法を使い慣れた頃でいい。だから必ず【死の泉】の魔素水を飲ませて欲しい。対価なら何でも払う。だから忘れないで欲しい」
「わ…わかりました…?」
必死なプリシラさんに一応返事はしてみたものの、そんな感じでいいのかな?と振り返って確認を取ろうとしたそこには、両手で顔を覆って項垂れている魔王様がそのまま首を横へ振った。
ああ、これは今、自分はお話出来ないって感じだな。




