21 1メートル30センチ
ユリエ、まだ怒っているのか?すまなかったユリエ、と魔王様は謝っておられるが、顔が嬉しそうなので私はもう怒ってはいないけれど少し膨れてはいる。
私が結構な覚悟を決めたのに、物凄く笑った魔王様がニコニコととてもご機嫌なので、何だか許すタイミングを逃してしまった。
膨れながらお腹空きました。と言うと、部屋に昼食が用意されている筈だと魔王様が言うので、私と魔王様は掃除した魔王様の部屋へ向かっている。
「ユリエ、覚悟を笑ってしまって悪かった、その…許してはくれないだろうか…」
私の2メートル後ろで、そろそろ申し訳なさそうな声を出す魔王様を私はピタリと止まって振り返る。
私が急に止まったものだから、1メートル30センチくらい先で魔王様も慌てて止まる。
「怒ってませんよ!」
「しかし…」
ちゃんと申し訳なさそうな顔…ではなく、やはりどこか楽しそうな魔王様がそこに居て、私は諦めるよう小さく息を吐き、では、言葉を切り返す。
「また魔王様の時間がある時、お掃除手伝って貰ってもいいですか?」
「そんな事で許してくれるのか?私には楽しみでしかないのだが…」
本当に?と少しの不安と驚きが混ざったような顔の魔王様が私を伺っているけれど、何だかこんなやり取りも、人と接点を持てなかった魔王様にとっては楽しかったのかも知れないな。そう思うと、ちょっとだけ嬉しくなって私が少し笑ってしまうと、今度は魔王様がちょっとだけムッとした。
「何だ、嘘を言ったのか?」
「嘘じゃないですよ、何だかこんなやり取りが楽しくてついつい笑ってしまいました。魔王様と一緒ですね」
ふふ、と笑って再び歩くと、魔王様は一瞬考えはしたものの、私と同じく嬉しそうに笑って魔法で扉を開けてくれる。
「魔王様の魔法って便利ですよね」
「私はユリエの掃除魔法を使ってみたい」
そんな事を話しながら、扉横のチェストの上に置いてあった昼食の入った大きめのバスケットと、2人分の食器や飲み物、ハーブティーの入ったポットなんかを長テーブルの上へ運ぶ。
しかしこのテーブル、長すぎない?
一緒にご飯食べると考えると、4メートル先って何だかすごく微妙な距離だ。
「魔王様、席に着いてて貰っていいですか?」
「ん? わかった」
そう頷いて、魔王様は長テーブルの奥のいつもの席へと座る。
そして私はその対極にある残りの一脚を抱えるように持ち上げて、長テーブルの横をゆっくりと魔王様に向かって歩き出す。
「!? ユリエ!??何をしている?!」
「限界が来たら言って下さい」
近付いて来る私に慌てた魔王様は、椅子の背を掴んで反るように腰を浮かせている。
そんな引かなくてもいいじゃない…。
「え!?ちょっ…ちょっと待てユリエ!説明!説明をくれ! とりあえず止まってくれ!!」
慌てふためく魔王様に、しょうがない、と椅子を下してちょっと止まる。
長テーブルの長さは4メートル程。今1メートルくらい近付いたので、残りは3メートル。
「まだ余裕でしょう?」
だってさっきは2メートル先に居たのだし、本日の最短距離は1メートル30センチだ。
「よっ余裕とかそう言う事ではなく!」
「あまりにも離れてたら一緒にご飯食べにくいじゃないですか」
「うっ…そ、そう、だな。一緒に、食べる…のだものな」
なら、仕方ないな、とゆるゆると顔を赤く染め始めた魔王様は、しっかり椅子に座り直す。
それを確認し、私は再び椅子を抱えて歩き出す。
なかなかにアイアンの椅子が重いので、私は結構ゆっくり歩いている。すると魔王様をゆっくり観察する事が出来てしまう訳だけど、近付くにつれて魔王様の顔の赤さがどんどん増し、少しずつ何かに耐えるように唇が横に結ばれる。
そしてそろそろ2メートルを切ろうと言う所で、魔王様から再び待ったが掛かった。
「そっ!…そのっそれくらいでっ…!」
「……。分かりました」
そう頷いて、私は再び歩き出す。
「ちょっ!? ゆっユリっユリエ!分かってない!分かっていないではないか!」
そして私は残り1メートル30センチで足を止め、ああ重かった、と椅子を下して顔を上げると、そこには耳まで真っ赤にした魔王様が辛うじて座っている椅子の背を抱え、信じられない物を見るように驚いた顔で私を見ている。
「さっきもこれくらいの距離に居ましたよ?」
「それとこれとは、何か違うと言うか…っ」
「何か危険が?」
「…ない」
「じゃあ私がそばに居るのは嫌ですか?」
「嫌ではない!」
「ならよかった」
さっぱりとそう笑い、むぐぐ、と赤い顔で耐えている魔王様を一旦置いといて、私は昼食の準備を始める。
バスケットの中から白い紙に包まれた美味しそうなライ麦パンの大きいサンドイッチを取り分けて、数種類の切られた果物やレモン水も取り分けてはテーブルへと並べて行く。
魔王様の方に取り分けたお皿を置こうと腕を伸ばすと、その度に魔王様はビクリと揺れるそれに視線を上げると、物凄く緊張した面持ちの魔王様が視線を彷徨わせていた。
「魔王様、そんな緊張しなくても急に触ったりしませんよ?」
「そ、そそそんな事は思っていない!ただ、ちょっと…その、慣れないだけで……」
「やっぱり人に近付く練習、必要ですね」
私が少し苦笑すると、ちょっと眉を寄せながら魔王様は自分のお皿をそろそろと引き寄せる。
少しだけ複雑そうな顔をした、耳まで綺麗に赤い魔王様を眺めながら準備を終えたので席に着くと、サンドイッチを口に運んだ魔王様がサンドイッチから口を離さずモゴモゴ何かを喋っている。
「ふぁんらかふりへむぁひいはふはひふぁふふ」
「? 何て言ったんですか?」
複雑そうな表情をキープしたまま、魔王様は一口ちゃんとかじって、ちゃんと噛んで飲み込んだ後、私から視線だけ逸らせてやはり少しぼそぼそ喋る。
「ユリエが、ちょっとイジワルだと言った…」
「そんなつもりはなかったんですが…ごめんなさい?」
「別に、その、嫌ではないのだ、ちょっと、まだ、その、怒ってるのかな、と、思って」
更にぼそぼそと話す魔王様はどうやら少し困惑してるご様子だ。
でも確かに、魔王様の気持ち考えていなかった…。
この魔王様の苦しみで出来た距離が憎たらしくて、なくしたい一心で気焦っていたかも知れない。
悪い事をした…。
持ったサンドイッチを一旦降ろし、私は落ち着くようにと息を吐いて目を閉じ、ゆっくり開ける。
「早く、近付きたいと思ってしまいました」
「んぐぅっ!」
申し訳ない気持ちで私がそう言うと、口に入れていたサンドイッチにむせた魔王様が何度か咳き込んで水をぐっと一気に飲み干す。
私はそっと水の入ったピッチャーを魔王様の近くに寄せて、大丈夫ですか?と尋ねると、空になったグラスを少し強めにテーブルへ置いた魔王様は、顔をあげ切らない感じで止まってしまった。
「でも、魔王様の気持ち考えてなかったと思って、ごめんなさい」
「お、怒ってないなら…いい、大丈夫だ」
真っ赤な顔で、でも少し嬉しそうに口元が緩んだ魔王様が、それを隠すように再びもそもそとサンドイッチ食べ始める。
嬉しそうにいている魔王様を見るとやっぱり嬉しいと感じるな、と思いながら私もその美味しいサンドイッチを食べ始めると、料理長にお礼が言いたい程にはサンドイッチはとても美味しい。
そんなお昼がそろそろ食べ終わろうかと言う頃、そう言えば、と少しだけ気になっていた事を口にした。
「まだ数回しか食べてないですけど、お城のご飯ってお肉多くないですか?」
そう、本日のサンドイッチもお肉使用。
朝昼夜関係なく、お城のご飯は基本がお肉。
「ああ、魔国は肉だけには困らないからな」
「お肉だけ?」
「うむ、魔物が多いので狩る度に余るくらいだ」
「魔物…これ魔物のお肉なんですか……」
ただの赤身のお肉だと思っていたが、こちら、どうやら未知の食材。
しかしながら赤身の美味しいお肉にしか思えないし、魔物って美味しいんだな。
凄い。
互いにサンドイッチは食べながら、合間に話してはもぐもぐと咀嚼する。
「ユリエは魔物肉は嫌いか?」
「いえ、美味しいので好きです」
「そうか、ならば良かった」
「魔王様は何か好きな食べ物ありますか?」
そう尋ねると、そうだな、と残りのサンドイッチを口に入れた魔王様は、少し考えた後に切り分けられた果物の中から一つを取った。
「リンゴが好きだな」
「リンゴ美味しいですよね」
「うむ、我が国でもいつか育ててみたい」
そう柔らかく笑った魔王様はとても優しい目をしていて、赤くなったり笑ったり拗ねたりと、触れられない件を除くと、とてもフレンドリーなイケメンな印象が強い。
けれど、好きな食べ物から国の事考えるような、しっかりした王様なんだなぁと思わせるものがあって、私は少しだけ見惚れてしまった。
そう言うの、とても素敵だと思う。




