19 お掃除仲間
洗面台の前に立ち、余り眠れなかった為かちょっと良くない顔色の自分を鏡越しに揉む。
やはり睡眠不足は肌に現れる。
しかしながら、自分の魔法で若返ったと言うか整ったなら、この顔色の悪さも魔法でどうにかならないものかと、自分にお掃除魔法を掛けながら歯磨きと洗顔を行った結果、これは最高です。って感じになった。
ヤバイ。もう【生活魔法】がないと生きて行けないかも知れない…。
歯の隙間や歯茎の付け根まで、音が鳴るほどつるつるで生き生きとした仕上がり、そして口内は爽やかで、不快感なんて存在できない感じになっている。
洗顔も、魔法を意識して洗った後は、お肌がしっとりすべすべのサラサラ肌になっていて、赤ちゃんの卵肌を上回ったのでは!?と思う程だ。
そしてやはり化粧水が要らない。素晴らしい。
今日のお風呂では是非全身に試してみたい。
これはいよいよ清掃員かエステティシャンに向いている。前の世界ならゴッドハンドと呼ばれてもおかしくないレベルだ。
そんなご機嫌な私は今、今日は仕事があるらしいレイ君と朝食後に別れ、一人魔王様の元へと向かっている。
レイ君は昨日押せ押せだったけれど、今日の朝はいつも通り笑顔の可愛いレイ君だった。
が、逆に何も言わないから昨日の事を思い出してしまい、魔王様の部屋に向かって廊下を歩きながら再び芽ってなんだろう、と考え始めた自分にハッとした。
まさか、意識させる事がレイ君の策略では!?
恐ろしい子…。侮り難し、レイ君。
とりあえずその辺りを考えるのは止めておこうと気持ちを切り替え、辿り着いた魔王様の部屋の扉にあるシンプルなノッカーを叩く。
「おはようございます。ユリエです。魔王様起きてますか?」
「ユリエか、起きているよ」
そう中から聞こえて来た魔王様の声に私が扉を開けようと手を掛けるも、その黒い金属で出来た重々しい扉は全く動く気がない。
え。 重。物凄く重い…。
いや、そりゃそうだ。金属だし。
でも金属だからってこんな重いの!?
重そうだとは思っていたけれど、昨日はレイ君に押されてすんなり開いていた扉だったので、ただの重厚な扉だと思っていたけれど……これ、扉じゃなかったのかも知れない。
壁かも知れない……。
「ぅ…ぐ…っ」
確かに元々非力な自覚はある。こちらの世界で強さのランクも最弱のF。
でも扉が開けられないくらい非力だったとは思ってもみなかった…。
いや、黒い方の服着れなかった時点でヤバイかったの忘れてた。
そんなヤバイ私が必死にその扉で唯一扉の振りをしているノブを捻りながら、体当たりするかのように扉を押すのだけれど、本当にびくともしない。
マジか…。
そんな壁と戦ってしばらく、中から少し慌てた声が聞こえて来た。
「すっすまない!ユリエ、少し下がってくれるか?それが重いだろう事を失念していた!」
「…………はい。」
魔王様の言葉で素直に一歩下がると、両開きの扉は勝手に開く。
うん。やっぱり扉だったよね……。
壁だった筈の扉には何とも言い難い感情を覚えたけれど、魔王様が魔法を使って開けてくれたのだと思うと開く扉に紳士を感じる。
そしてそんな開いた扉の先には、窓辺に立つ魔王様がいる。
朝の柔らかい日に照らされながら、私を見て嬉しそうに微笑む魔王様のキラキラと輝く髪が、扉に伸ばしていた腕が降りて肩をするりと滑り落ちるのが動く絵画みたいに見える。
3メートル先で、いや、私が室内に入って2メートルとちょっと先で、今日もやっぱり魔王様はとても綺麗。
「おはよう、ユリエ」
「おはようございます、開けてくれてありがとうございました」
改めて挨拶を交わした後、そんな魔王様を見ながら芽って何だろうが再来した。
もはやレイ君の呪いだな、と思いながらも魔王様を観察するように見てしまう。
そんな私に見られている魔王様が、何?と言った感じでゆるゆると顔を赤くして行くけれど、やはり芽については分からない。
ただ、やっぱり綺麗だし、笑ってる顔が似合うな、と思った。
「ゆ、ユリエ?」
余りにも私がじっと見ていたからか、笑顔だった魔王様が困った顔になって、困ったように私を呼んだ。
申し訳ない。見過ぎた。
「ちょっと考え事をしてました…失礼でしたよね、すいません」
「い、いや、その…そのように見られる事に、慣れていなくて……」
そう言った魔王様はまだ赤い顔で、視線を逸らしながらモジモジしている。
やはり引き籠り期間のせいで、対人耐性とかもなくなってしまってるのではないだろうか…レイ君もそんな事言ってたし…。
うん。私の芽がどうのより、やっぱりそっちの方が気になるな…。
そう頷きはしたけれど、何で引き籠ったのかとか気になったとしても、まだ訊けるほど親しくないし、力になりたいとしてもまずは信用して貰わないといけない。
となれば、まずは真面目に仕事して、信用を得なければ。
「あの、お仕事の件で魔王様にお願いがあるんですが」
「ん? お願い?」
私の言葉に一瞬きょとんとした魔王様だが、いいぞ、何だ?と、何だかとても嬉しそう。
頼られるのが嬉しいのだろうか、確かに頼られると存在意義が認められてる気がして、自己肯定感に繋がるかも知れない。
いけない…何だか魔王様の考察ばかりしてしまう…。
駄目だな。頭の中でゴチャゴチャやってないで、しっかり目の前の魔王様とお話ししなければ。
そう切り替えるように息を吐いて、しっかり向き合った魔王様は私の言葉を待っている。そしてキラキラしている。
やはり常にお綺麗であそばせる。
眩しい…。
「お役に立てる事は沢山頑張りたいんですが、まずは清掃員として雇って頂けないでしょうか」
「清掃員?」
「はい、お掃除したいです!」
「ああ、ユリエのユニークスキルか」
私がやる気を持ってそう告げると、なるほど、と合点がいったように頷いた魔王様が興味あり気に少しだけ前のめりになる。
「ユリエがやりたいのならばそうしよう。しかし、それはどのような魔法なのだ?」
「見て頂けますか?」
興味を持って頂けて幸いだ。
ここはしっかりプレゼンしなければ。
そう意気込んで部屋の中央にある長テーブルに2脚だけ置かれている下座の椅子に、魔法を使っていいか了承を得て、昨日窓に使った魔法を意識して椅子に触れる。
するとやはり触れたそこから金色の光が椅子を滑り、光が通り過ぎたそこには、まるで暗闇に美しく光る鳥が降り立ったような存在感を放つ、黒く輝くアイアンの装飾椅子が現れる。
うむ。お掃除好きとして納得のいく男前な仕上がり。
さすが掃除特化の【生活魔法】。
いい仕事です。
「これは…」
そんな魔法を見ていた魔王様が息を飲むように椅子を見詰めているので私がそそっとその場を離れると、椅子に近付いた魔王様が素敵に仕上がった椅子の背の部分に触れてゆっくりと撫でながら、これは…なんと…、と感嘆するような言葉を零している。
「美しく仕上がるだけではなく、素材の質まで整えるのか…単に汚れを落とすと言うだけではない、ただ綺麗にしただけでもない…落ち着く、だがしかし気分が良い…趣すらある…魔素まで整っている…素晴らしい」
おお…魔王様が語っておられる。
椅子を色んな角度から見たり少し離れてみたりしながら、まじまじと椅子を観察しては頷いている魔王様。
これはもしや、魔王様はお掃除いいね仲間かも知れない。
もしそうなら普通に嬉しい。
お掃除の良さを分かち合えるかも知れないのだ。掃除って嫌いだったり面倒って言う人は多いけど、好きって言う人は中々少ない。
もし掃除がそこまで好きではなかったとしても、やっぱり綺麗になるのは嬉しいよね。
そんな仲間意識を勝手に抱いていると、魔王様はこちらを振り向き、真面目な顔で少しテンション高めに頷いて見せた。
「もう少し見てみたい」
わかる。と心の中で同意して、私も無言で頷き返す。
そこから私と魔王様は協力してこの50畳以上はありそうな部屋の中を徹底的に掃除した。
最初は窓が良い感じだと窓を綺麗にしたら、今度はその周りが気になって来る。そんな気になる所に掃除を派生させていたら、何だか止まらなくなってしまった。
全ての窓を開け放ち、掃除するのに邪魔な物を魔王様が魔法で移動させ、そこを私が掃除する。
魔王様が大々的に参加する事になったのは、私の魔法は認識の薄い場所や認識がない場所なんかには、魔法が届かなかったり効果が薄れてしまったりした為だ。
より高い成果を求めるなら、私が出来るだけ近くで触れる必要があるので、高い場所や遠い場所、物に隠れた場所なんかに私が直接触れられるよう、魔王様がその辺のフォローに参加してくれている。
そんな魔王様とこっちはどうだ、あっちはどうだと予定を組むように話しながら、窓・扉・壁・床、どんどん魔法で掃除して行くのはとても楽しい。
綺麗にした家具を再び元の位置に魔王様が戻している間、私は小物を掃除して、天井を掃除する時は魔王様が魔法で作ったらしい半透明な階段を上って掃除したので少し怖かったけれど、気を付けるんだぞ!魔法で支える!安心して大丈夫だ!と安心らしいがオロオロしてる魔王様に和みながら、照明までしっかり綺麗にして全てのミッションは完了した。
開け放たれた窓からそよぐ新鮮な空気。
自ら輝くような清浄な部屋の中を、何の障害物もないように流れる事を楽しむ風に柔らかく揺らされるカーテン。高く昇った日の光に美しく輝く窓達を達成感と共に眺めながら、私と魔王様は若干呆然としてしまっている。
「……すいません。掃除が楽しくて、夢中になってしまいました…」
「いや、私も楽しく、我を忘れてしまっていた…」
そんな会話はするけれど、私たちは目の前の美しい光景から目を離さない。
窓綺麗。部屋綺麗。入って来た空気まで綺麗になっている気がする。正直最初は陰鬱な雰囲気のある部屋だったけれど、今はキラキラと輝いて、驚く程に心地いい。
「この気分は、何と言えばよいのだろうな…」
「清々しい、ってやつですか」
「うむ。正に、とても清々しい感じだ」
そこでようやく視線を交わす。もう仲間を超えて同志と呼んでも間違いない。
「そう言えば、3階のエントランスに大きい窓がありますよね。あれ、綺麗にしたら凄いんじゃないかと思うんですよ」
「確かに。あれは凄そうだな」
「階段横の窓も凄そうですけど、ソファーの正面にある大窓辺り最高なんじゃないかなって」
そんな提案に私達はうん、と頷き合って、2人で窓を閉めて部屋を出る。
エントランスで、大窓が私達を待っている!




