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18 芽って何

 その夜は上手く眠れなかった。


 ちゃんと自分で布団に入って迎えた夜。

 異世界の、仕事も決まってない不確かな自分。

 お掃除だけは凄いなって分かった自分。


 そして、恋愛の芽があるなどと言われてしまった自分………。


 暗い部屋の中で、布団を巻き込むように抱き、目は閉じているけれど睡魔ではなく思考だけが溢れている。


 こちらの人にしたら私は日常の中に現れた1人でしかないだろうけど、私にすれば全ての日常が変わってしまった状態なのだ。

 知らなくてはならない事、考える事が多過ぎるこの状態で、まさかの恋愛トーク……。

 知恵熱が出そう。


 仕事はいい。掃除頑張りたいですってプレゼンしようって決めた。

 でも、恋愛の芽。芽って何だ。


 確かに自分で「芽に水をやり過ぎてはいけない」って言った。言葉の綾として使った筈だったのに、レイ君が返した『芽はある』って言葉に、否定も肯定も出来なかった。


 正直、恋愛とかそう言う気持ちはよく分からない。そして更に分からない世界で、分からない事だらけで、自分まで分からなくなりそうでソワソワする……。


 恋愛………。


 言葉としての意味なら知ってる。

 物語の中では多種多様に語られているものだ。

 お手本のように、憧れる思いなら持っていた。


 でも正直、恋愛経験はない。


 50にもなって、と思うが仕方ない。

 そんなタイミングはなかったし、そんな想いにもなった事がない…。


 恋愛って何だろう…。恋しい気持ち?好きだって思う事?


 もし、私が今魔王様に対してそんな思いがあるのだとしたら、それってとても不謹慎と言うか、それは恋愛感情ではなく何か真っ当な物じゃないんじゃないだろうか…。


 生きる為に、気に入って貰いたいとか、そんな感じの駄目なやつ…。


 それは、結構かなり駄目なやつじゃないだろうか…。

 ちょっと苦しい。そんな自分はとても嫌だ。


「…寝れぬ……」


 思考の気持ち悪さにモソリと動いた私に、動かされた布団の擦れる音が部屋に響く。


 魔王様は良い人。でも若いし、もっと年齢の近いいい人と幸せになった方がいいに決まっている。


 とは思うけど、そのテンプレは寿命が物凄く長いこの世界で通用しない。


 私はおばさんで、魔王様は若くて…どうしてもまずそこに考えが行ってしまうが、若返ったし、魔王様だって若く見えるけど200歳越えの超年上…。

 恋愛を考えない為のテンプレには逃げられない…。

 それがまた苦しい………。


 芽って何だ……。


 重い溜息が布団に籠る。

 嫌な自分にはなりたくない。異世界に来て、そんな自分で自分を始めたくはない。


 大切だと思う気持ちは分かる。大切だと思う人はいた。魔王様にだってそんな気持ちはある。

 両親とか、友達とかと同じ。大事だって気持ちはある。


 じゃあ芽って何だろう…。


 前の世界で恋愛を避けてた訳じゃない。

 父と母を見ていたから、子供の頃はいつか恋愛も結婚も出来る物だと思っていた。


 父は平凡な会社員。朝は決まって新聞を読みながら朝食を食べる。別に多くは話さないけれど、母の誕生日には必ず花を贈る人だった。

 そんな父を母はかわいいと笑う。


 母はしっかりした人だった。パートに行ってもしっかり家事までこなすパワフルで明るい人。

 でもたまに、父に凭れて延々と愚痴を零す。

 そんな母に、父は笑顔で頷いていた。


 そんな両親がとても好きだった。

 いつか、そんな両親のような恋愛ができるのだと思っていた。

 全てが愛情。そんな恋愛……。


 たぶん初恋だってあった。幼稚園の頃に居た近所の大学生のお兄さん。

 毎日挨拶してくれる。好きになった理由はそんな事だったと思う。


 でも、誰かを好きになったのはそれが最後だ。


 小学生の頃は恋愛は憧れだった。

 中学に入ると少し恥ずかしいものだった。

 高校に入ると、周りではちらほらと付き合っている人達がいた。それを凄いなぁと眺めていた。


 大学に入っても、誰かを好きになる事はなかった。

 好きにならないと恋愛はしてはいけない物だと思っていた。

 真面目だね。周りにはそう言われたけれど、真面目じゃない想いって何なのか分からなかった。


 恋愛とは。

 恋の病に薬なし。とは言うけれど、薬を処方して欲しいほど好きだと思った事がない。


 知識として恋愛を知る事は出来る。周りの友人の恋愛トーク。ドラマや映画、音楽や小説にも漫画にも、世界の中に恋愛は溢れている。


 そんな知識をどれだけ増やしても恋愛に形はなく、それぞれの恋愛があり、それぞれの想いがあった。


 なら、私の恋愛とは…私に芽生えている“芽”とは何か。


 分からない…………。


 恋愛とは何か、分からなくても時間は進む。しっかり生きるために就活しながら大学時代は終わりを迎え、就職して、両親に孫を見せてあげたいって気持ちだけに苛まれて20代を消費した。

 セクハラを受けた経験ならあるが、そんな物が恋愛になる訳がない。むしろ逆だ。


 そんな経験だけはしっかり積んで、上手く恋愛できないまま迎えた女の30歳。

 消費期限切れ。年増。行き遅れ。

 生きていたら誰でも迎える筈の30歳を境にくっついて来た重たい言葉。


 お前にもう恋愛は無理だよ。その重みにそう言われている気がしていた。


 ただ人として生きて来た。

 でも、女としては生きて来なかったのかも知れない。だから確かに。とも思ったのだ。


 私は、恋愛に対して頑張ってはいなかった。

 誰かを好きになる努力も、恋愛をする姿勢も、これと言って何もせずにここまで来た。


 でも、好きになるって努力してする事だろうか…。

 好きだなって思うから恋愛にしたくなるのでは…?


 やはり恋愛は分からない。


 そして30代から40過ぎまでは病を患った両親の介護をしていた。


 家庭を支える為には働き手が必要だ。

 そうなると恋愛って言葉すら頭から抜けていた。

 必死に働いて、頑張って稼いで、大好きだった両親を支えるのに必死だった。それだけで良かった。それだけ頑張っていればよかった。


 父が患い、母と見送り。母が患い、母を一人で見送った。

 最後に残ったのはボロボロの体と、一人になった自分だった。


 そんな自分になっても人生が終わる訳じゃない。

 重い体を一人で支える為に、生きていればいずれ来る老後に備え、コツコツ貯金するのが精一杯。


 そうして気付いたら50歳になっていた…。


 寂しさがなかった訳じゃない。一人で迎える最後が怖くなかった訳じゃない。

 それでも、もうここまで来てしまった。

 気付けばあっという間に時間は過ぎていた。


 昔は50歳ってお婆ちゃんだと思っていたけれど、ただ昨日の続きを生きていたらそんな歳になっていて、気持ちは上手く50歳になれないけれど、体はしっかりと50歳になっている。


 そんな現実に、一人で生きて一人で死ぬ。そんな人生があってもいいじゃないかと腹を括った。


 だからもう、このまま一人で終わろうって覚悟も決めていた。

 それでいいと思ってた。


 恋愛なんて知らなくても人生は進む。


 異世界に来たからって、若返ったからって、そうやって生きて来た気持ちがなくなる訳じゃない。

 考えが変わる訳じゃない。


 私は昨日の続きを生きている。


 恋愛はもう物語の中で楽しむもの。

 自分にはなくなったもの。

 そんな考えは変わってない。芽があるなんて言われても、それを見付ける事すら出来ない私がいるだけだ…。


「…って、答えは出てるのに全然眠れない……。まさか今更、こんな事に悩む事になるとは………」


 溜息が出る。寝苦しい…。

 起きたいような、寝てしまいたいような…。頭が思考で一杯の時は何か読んだり見たりして切り替えるのが一番楽だ。

 でもこの世界に、と言うかこの部屋にそんな物はない。


 巻き込んだ布団を更に多く巻き込む。ひんやりした部分が気持ちいい。

 そんな布団から頭を出して、吐いた息はやはり重いが少し冷たい空気に頭が冷える。


「…いや、だいたい何でこんな事を悩んでるんだろう…」


 そうだ、相手は王様じゃないか。

 相応しい相手とかそう言うのだってあるだろうし、私が釣り合うような相手じゃない事は分かっている。

 なのに、芽があるって言われたからって、その芽を考える必要はあるんだろうか…。


 あったからって何だって話だ。


 それに勧められたからと言って、それが魔王様の気持ちな訳でもない。


 うん。そうだ。

 確かに魔王様がいると安心する。

 それは右も左も、どこを見ても知らない世界で、どこの馬の骨とも分からない私を拾ってくれた事や、こんないい場所を与えてくれた恩人だって思いがあるから、とても信頼しているし大切にも思ってる。


 でもそれは恩義であって、芽ではない。


 何か力になれるなら全力で力になりたい。命を助けられたのだから、命を賭けてでも恩義をしっかり返したい。それくらいには思ってるけど、それは恋愛感情ではないよね?


 だって恩義だもの。


「…じゃあやはり悩む必要はないのでは……」


 恩なら恩で返すべきだし、恋愛として考えるのは違う。

 私がこうも考えてしまうのは、自分が嫌な奴にならない為だ。


 じゃあもうとりあえず、芽が何かは分からないけど仕事頑張ってればいいんじゃないかな。


 そう考え着いた先は結局いつも通りの答えで、更に「芽は分からない」って答えだったけど、異世界に来て、急に考えが変わる訳でもないし、そこはもうしょうがない。


 ここまで考えてこの結論かと自分に呆れてしまうけど、少しだけ開けておいたカーテンの隙間から二つの月が昇って見える景色はとても綺麗だったので、寝れない夜もアリだったかも知れない。


 ぼんやり眺める月夜の景色。やはり月が二つもあると明るいな…。

 微かに緑掛かった青に見える夜の中に、月の光で出来た影がくっきり見えるのがとても綺麗。

 前の世界でも見られたその光景に、少し落ち着いて来た自分の頭の中では今日の事が思い出される。


 魔王様って、何で引き籠ったんだろう…。


 布団の中から影を作る静かな景色を眺めながら、考えたのはまた魔王様の事だった。


 でも気になる。

 心の問題? その心って、なんでそうなったの?


 レイ君はずっと会えなかったって言ってた。

 そして魔王様の魔力、牢獄…。

 それが魔王様の感情。


 う……胸が苦しいな…。何でそんな事になったんだろう…何で牢獄だと思いながら引き籠ったんだろう…。


 牢獄だって感じてるって事は、引き籠るの嫌だなって思ってたって事だよね…。牢獄だもんね。

 でも、出たければ出られた牢獄だ…。だって現に外で会ったんだから…。


 何があったんだろう……。訊いたら教えてくれるだろうか…訊いてしまって大丈夫なんだろうか…。


 私の魔法が何かしらの解決になるのなら、頑張ってれば教えてくれるかな…。

 いつか、もっとちゃんと魔法使えるようになるそれまで、待って貰えるだろうか…。

 それまで…牢獄じゃないといいなぁ……少しでも、幸せでいてくれたらいいなぁ……。


 そう月明りの中で目を閉じたら、夢を見た気がした。


 夢の中の魔王様は照れていた気がする。

 レイ君が毎回魔王様を照れさせるから、きっとその印象が強かったのかも知れない。


 でも、笑ってくれていて良かった。そう感じた気持ちのままに目が覚めた。



 窓の外はまだ朝焼け。

 遠くから聞こえて来るのは朝の鐘だろう。


「…起きれるもんだな」


 そう呟いた自分の声はややヘロヘロ。

 あんまり眠れなかったからか、色々考えて寝た為か、ベッドの上に座って朝の鐘を聞いてる今もまだ変に眠い。


「…とりあえず、しっかり生きねば」


 そうベッドから足を下ろしてリビングへ向かう。


 何はともあれ地に足着けて生きるのは大事だ。

 仕事を決めて、魔法だって使っていれば慣れても来るだろう。

 誰かを支えるにも支えられる状態であらねばならないし、恩義を返すのは決まっているのだから、返せる人であらねばならない。


 私が魔法を頑張ってれば、魔王様が私に期待している魔法の使い方だって出来るようになるだろう。

 仕事頑張る、魔法も頑張る。頑張りながら学ぶ。

 頑張ってしっかり生きる。これがとりあえず今私に出来る事だ。


「頑張るぞ!」


 そう意気込んで空気転換に窓を開けたら、窓の縁に溜まっていた土埃が大きく舞った。


 うん。まずは掃除のプレゼンから頑張ろう。






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