17 レイ君
暗い廊下で、部屋の明かりに細く照らされるレイ君には今までに見た明るい笑顔はなく、悪い事をした子供が叱られるのを我慢してるような、そんな寂しい顔を俯かせて、一瞬だけ私を見たその視線もすぐに逸らされた。
「あの…お食事を、お持ちしました……」
食事は2人分ではなく1人分。それは何だか拒絶されている気がして、とても悲しい気分になる。
そんな事に私が黙ってしまったせいか、レイ君は更に顔を俯かせ、耐えるように言葉を紡いだ。
「ユリエ様が…レイと一緒は嫌かな、と、思ったので……」
ああ、そっか。今日の事、気にしてるよね…。
私と魔王様はあの後話をしてそれなりに気持ちは収まっているけれど、レイ君はそうじゃない。
そんなレイ君は言葉にすると耐えられなくなったのか、瞳一杯に涙を溜めて、それだけでレイ君が今日の事を、あの後ずっと後悔してたんだと思うと心が痛む。
探して会いに行けばよかった…。そう後悔しながら震えるように溜まる涙を少しの苦笑でかがんで拭う。
「私がレイ君を嫌いになったと思ったの?」
「だって、レイはユリエ様に酷い事しようとしました…」
「そうなの?」
「レイから詳しくお話する事は出来ません、でも、レイがユリエ様に求めたのは、とても危ない事でした……」
危ない、か。 正直その度合いが分からないので、そこに関しては苦笑する事しか出来ないけれど、レイ君は私に危険な事を求めてしまったと言う罪悪感がある訳で、私が逆の立場だったら勢い余ってしまったとしても、危険に晒した罪悪感はきついと思う。
現状を言葉にし終えたレイ君の瞳からはボロボロと大粒の涙が沢山落ち、私はレイ君の持つ料理のトレーを受け取って一旦扉の横のチェストへ置くと、所在なさげに涙を流すレイ君をゆっくり抱きしめた。
「レイ君は、魔王様を助けたかったんだよね。それは悪い事ではないと思うな」
「…けど」
「それに、今はもう駄目だったって思ってるんでしょう? 私はレイ君嫌いになんてなってないし、それでよくない?」
「よくありません!」
息を殺すように私の肩でレイ君が堪えるように泣いている。そんなレイ君の様子に「よくないかぁ…」と言葉を零しながらその頭を撫でているけれど、自分が大切に思う魔王様が、ぽっと出の可能性で何かしらの脅威から治るのだとしたら、そりゃ勢い余るのも仕方ないと思う。
「うーん、けど確かに。安全確認しないで急いだのは良くなかったね。もしかしたら魔王様だって危なかったのかも知れないし」
そう私が言葉にすると、レイ君の堪えるような詰まらせた息が大きくなって、苦しそうなその息が調うようにと背中を撫でながら、言葉の続きを声にする。
「だから、次はたくさん安全確認して考えよう?私も魔王様には笑ってて欲しいと思うから」
「……」
「大丈夫、ちょっと焦っちゃっただけだから。危ない事はなかったし、危ないなら気を付ければいいだけだよ。気を付けて、これから治す方法を一緒に考えよう?」
私の肩から少しだけ顔をこちらに向けて、レイ君はベソベソした顔で涙を一杯溜めながら私をじっと見ている。
その涙をもう一度拭って、私は少し真剣な顔をした。
「後、ご飯も一緒に食べてくれると助かるかな」
だって一人は寂しいもの、と私が困った顔を浮かべると、泣いてたレイ君が残った涙をポロッと落とし、つられたように困り顔で笑った。
「…もう冷めてますけどね」
そう言ってから、レイ君は私にギュッと抱き着いて、涙に詰まる息を整えるように大きな息を吐き出した。
「ユリエ様、大好き。ありがとう。…あと……ごめんなさい」
いいよ、とレイ君の背中を撫でると、レイ君は私の肩にひとつ頬擦りしてからパッと離れ、そしていつもより少し照れたような、それでもしっかりと笑った笑顔はいつも通りの可愛い笑顔。
「じゃあ、もう一回ご飯取りに行ってきますね!今度は、2人分、持ってきます…!」
最後にえへへ、と笑い、冷めてしまった料理を持ったレイ君は廊下を走って行く。
その足取りはいつものように軽くて、私は笑顔でそれを見送った。
綺麗に輝く窓際の席で、2人で一緒にご飯を食べる。
今日の晩ご飯は一口大のサイコロステーキ。そしてしっかりとしたライ麦パンと卵を溶かした塩味のスープ。
シンプルではあるものの、今日もとても美味しいです。
有難い。
「ユリエ様。何だか窓がやたらと綺麗じゃないですか?」
「うん。魔法使ったらすごい綺麗になって感動した」
もぐもぐとお肉を食べながら、レイ君は窓の反射を楽しむように右へ左へ頭を傾かせ、窓に映る自分とその向こうの景色に顔を近付けては感心している。
やりたくなるよね、それ。
「凄いですね、鏡みたいです!見てると何だか気分がいいです!」
「わかる。正直もっと色んな所も綺麗にしたいって思ってしまって、あちこちに魔法を使っちゃいそう」
「けど、仕出かしたばかりのレイが言うのも何ですが、無理はしちゃダメですよ?魔力は使いすぎると体に負担が掛かるので」
窓から視線を私に変えたレイ君が、とても心配そうに苦笑するそれに、しっかりと理解を込めて頷いた後、魔法を使った時の事を思い出す。
「うん、けど、窓綺麗にした時、あんまり魔力を使った感じがしなかったんだよね」
「それはユリエ様の魔力が多いからでは?」
「あ、それ、私全然分からないんだけど、他の人の魔力って分かるもの?」
小さくちぎったパンを口に運びながら、レイ君の魔力が見えないかと目を凝らすけれど、それらしいものは何も見えない。
魔力、オーラみたいに見える感じなのだろうか…。
「感じ方に差はありますが、魔族は魔力が分かります。ある程度の範囲ではありますが、覚えた魔力がどこにあるのか、それが減っているかどうかくらいは分かります。人族は分からないらしいですね。強くなれば分かる者もいるそうですが」
「あ、なら私には無理だなぁ」
そんな事を話しながら食べ終わった食器をまとめ、食後のお茶を用意しようとしたレイ君に、やってみたいと魔道具のポットを使わせて貰う。
蓋の上にちょこんと付いた赤い魔石に魔力を流すだけ、そしてその一瞬ですぐに沸く。うん、本当に一瞬だ。電気ケトルの上位版みたい。
「ユリエ様は、魔王城の事どう思いますか?」
「どうってどんな?」
私が温めたハーブティーをカップに注いでレイ君に渡すと、やんわり湯気を揺らすカップを両手で受け取りながら、レイ君は真剣な面持ちでこちらを見ている。
「レイは、魔力がよく分かります。レイとロイは精霊の血が入ってるので、魔力にはとても敏感なのです。魔力の場所や量だけでなく、その魔力がどんな気持ちなのかが分かります」
「気持ち?」
「魔力には感情や感覚みたいなのが入ってて、こう…存在の状態みたいなのが感情として分かるのです」
「なんか凄いね」
「ユリエ様の魔力はとても綺麗で、優しくて、レイはとても好きです。安心します」
「えっと、ありがとう?」
面と向かった評価は少し照れくさくて、お礼が疑問形になってしまったけれど、そんな私にレイ君は嬉しそうに笑う。笑った後、悲しそうな顔でカップに視線を落とした。
「このお城に漂う魔力は、いつも苦しくて悲しい……牢獄みたいな魔力でした。 それは、魔王様の魔力です」
「……」
その内容に私は息を呑む。
飲みかけて持ち上げていたカップをソーサーに戻し、私は静かに言葉の続きを待った。
「魔王様は、魔物の領域や魔族の住む街に結界を張っています。その魔法を刻んだ結界石は屋上にあって、魔王様は定期的にその石に魔力を注ぎます。その時、魔王様の魔力がこの城にほんの少し零れるんです」
魔王様は気付いていませんが、とレイ君は苦笑する。
「ユリエ様が来るまで、レイは初めて魔王様に会った時以来、魔王様の姿を見る事はほとんどありませんでした…。いつも部屋の奥に籠って、食事も一人で、出て来るのはお仕事の時だけです。それも御一人でこなされてしまいます。だから、ちゃんと話す事も、会える事も、今までずっとありませんでした……」
「うん…」
「でも、ユリエ様が来られた時、魔王様に呼ばれてとてもびっくりしましたが、とてもとても嬉しかった」
カップを見つめるレイ君の顔に笑顔が戻って、その頬が少しだけ嬉しそうに染まる。
「その時から、ユリエ様が来てから、魔王様やお城に漂う魔力が変わりました。まだ寂しさや苦しさは残ってますが、それでも穏やかな、明るい魔力です」
視線を上げたレイ君のその目は嬉しさを湛えるように潤んでいて、カップを置いたレイ君はそのまま両手で私の手を包んで縋るように私を見た。
「ユリエ様、ずっと魔王様の御側にいて下さい! レイはもうあんな魔力は嫌です……悲しくて、苦しくて、耐えるような魔力は嫌です!どうかずっとここに居て下さい!」
「レイ君…」
どうか!と必死に縋るレイ君に、握られた手に手を添え、更に包んで私は努めて笑顔を作る。
「うん、私も魔法頑張るし、長く雇って欲しいともお願いしてるから。お城で貰えるお仕事を決めて、見限られないように頑張って働くから大丈夫だよ」
「……」
「ね?」
ね?に、安心して下さいの意味を込めたのだけど、何故か真剣な顔になったレイ君は握る手を強め、少し体を乗り出してこちらに顔を近付けた。
「ユリエ様。魔王様、なかなかイケメンだと思いませんか?」
「………え?」
「確かに面倒な性格はしてますが、魔族は一途です。浮気もしませんし魔王様はとても強いです。どんな魔族よりも推しです」
「え? 何? 何推し!?」
「魔王様推しです! レイはユリエ様が魔王様とご結婚なさればいいと思います!!」
「!!???」
レイ君の爆弾発言に声が出そうになったけれど、そこは頑張ってごくりと飲み込む。
その代わり、きっと私は凄い顔をしてると思う。
目を見開いて固まった私に、レイ君は「どうですか?なかなかの物件ですよ?」と押せ押せだ。
だがしかし、グイグイ押されて逆に冷静になってしまう私が居る。
「……こっちでも、イケメンって言うんだね」
「勇者が言ってました!で、いかがですか!?」
「良い人だなって思うよ?」
「じゃあ…!」
と、更に押そうとするレイ君に、私は軽く首を振る。
「私この世界に来てまだ間もないし、魔王様とも会ったばかりだよ?とても大切な恩人だし、力になりたいとか笑ってて欲しいとは思うけど、さすがに恋愛感情にはなってないかな」
「でも!」
と、声を大きくして、縋るような視線でどうにかくっつけようと頑張るレイ君に、私は諭すように息を吐く。
「レイ君、育てたいからって沢山水をあげ過ぎると、芽は枯れてしまうんだよ?」
私の例えにレイ君はむぅ!と頬を膨らませるが、いやだって、異世界来て、魔王様に会って、居場所を与えて貰ってまだ2日目なんですけど。
「後、そうやってすぐ事を急ぐのは良くないんじゃなかった?」
そう苦笑してレイ君の膨れた頬をつつくと、ぷっと可愛い音が鳴る。
かわいい。
笑う私に頬をつぶされたレイ君は椅子の背もたれに不貞腐れたようにだらりと凭れ、その足を不満げにブラブラ揺らしているのを見ながら、私は苦笑と共に息を吐く。
流石に今そんな所を押されても、今は生きるだけで手一杯。
それに結婚と言う単語には、最早お祝いする方の気持ちしか湧いて来ない。
「いいです!レイは頑張りますので!」
そう一言言い放ってからお茶を飲み、まだ膨れているレイ君の姿に苦笑しながら少し冷めたハーブティーを口にして…
「だって、ユリエ様、芽はあるのでしょう?」
ニヤリと悪い顔で笑ったレイ君に、私はお茶を噴き出した。




