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16 生活魔法様

 その後、魔王様と明日も朝食後に会う約束をして、私は与えられた部屋へ戻った。


 部屋へ戻るまでの長い廊下を歩くと、横に並ぶ窓の外は夜を迎えようと赤い夕焼けに染まっていて、こちらの世界の夕暮れも前の世界と変わらないんだな、なんて考えながら部屋に戻り、夕日の射す窓際のテーブルにスマホを置いた。


「……あ、しまった。スマホ持って来てしまった」


 余りにも手に馴染のある物だったのでそのまま持って来てしまったが、返す前に[メモ]の事を思い出してそのまま窓辺の席へ座る。


 確か内容を読んで伝えるんだったとスマホに教えて貰った魔力を流して[メモ]を開くと、数える程度のメモは書きかけの物ばかりが並んでいる。


 [欲しい物]とか[作りたい]とか[予定]とか、短く題打たれたメモを開く度に、数行程度で素材の名前や分からない単語が並んでいて、後半の古いメモになって来ると、その内容は私には分からない建築系や水道関係の知識だったり、初期に作りたいと思った物だろう「ポンプ」や「冷蔵庫」なんかのリストが作られているけれど、料理や調味料の材料や作り方の考察が書かれているメモの内容は、残念ながら間違っていたり材料が足りなかったりして、きっと頑張ったんだろうって事だけが窺える。


 勇者先輩、何でプリンにスライム入れようと思ったのか……。

 恐ろしい……。


 途中で書くのを諦めていたり、単語だけが書かれているようなメモの最後、その一番最後の欄には「プリシラへ」の文字を見付けて私はそっとスマホを閉じた。


「これ、ラブレターだったら読むのは悪い気がする」


 これをどう伝えた物かは、また明日魔王様に訊こうとスマホをテーブルに置いて、強いオレンジを紫に染めながら、ゆるゆると暮れる窓の外をぼんやりと眺める。


「……私は、何をすればいいのかな…」


 [メモ]を見るとよく分かる。

 勇者先輩はこの世界でしっかりと居場所を見付けて生きていた。

 お城やこの部屋の水回りだって、手を入れたのは勇者先輩。作りたい物リストの中にあった水回りや空調設備、冷蔵庫や紙に至る細々した物は、現存しているのだからその内容の殆どは既に作られているんだろう。

 勇者先輩が不得意そうだった料理がどうなっているのかは分からないけれど、料理長が居るのだから私の出番はないように思う。

 だって既に、料理長のごはんはとても美味しい。


 私は勇者先輩みたい便利な物を作れるような知識はないし、知識がないから作れない。作れたとしてもシャンプーやら化粧水だろうけど、その材料がないと結局作れないし、その材料がこの世界で何から採れるのかも分からない…。

 そして、魔法が当たり前のこの世界で、魔法の事すら分からない……。


 私の出来る事、何かしないと、と焦る気持と出来る事を頑張るしかないと思う気持ち。


 魔王様の力にもなりたい。

 けれど、何をどうすればいいのか分からない。

 心の問題なのか、なら何故魔法が要るのか。それ以外にも何かあるのか、あの距離はなんなのか………。


「知らない事と、分からない事ばっかり増えるなぁ…」


 今分かっている事は使いこなせない【生活魔法】が使えて、【死の泉】が飲めるって事だけ。

 まだこちらの世界に来て2日目、焦っても仕方ないのは分かるけど、どこか心がソワソワする。


 そんな思いに項垂れて、テーブルに頭を預けた視線の先にはスマホが見える。


 …勇者先輩の功績を見ると、やっぱり自分が使えない奴な気がしてならない。


 勇者先輩は、勇者って事は戦えたりもしたんだろうし、その上色々作ったりも出来るオールマイティな人に思える。

 それに比べ、驚く程に弱い私は物凄くポンコツなんだろうなぁ……。


 頑張りたいとは思うけど、そんな私が役に立てる事、お城で出来る仕事なんて本当にあるんだろうか…。

 それにまずまずお城の仕事が分からない。


 だって私、庶民だ。


 お城の事にもそこで行われる仕事に関しても、全く以って詳しくない。

 沢山メイドさんが居そうとか、偉い人が沢山来そうとか、良く分からない国の取り決めを決める場所?みたいなザックリしたイメージしかお城にない。


 そんな場所でできる事。役に立てる事……。


 新しい職場…いや、職場って規模ではないのだけれど、能力を買われて就職したのに、蓋を開けたらポンコツだった私。みたいな…。

 申し訳ない…心苦しい……。


 ああ、でも人が住んでるなら掃除や洗濯はあるのか。それくらいならとりあえず出来るだろうか…。

 なら【生活魔法】は掃除特化だった、掃除…掃除……


「掃除かぁ…」


 そんな事でいいんだろうかと溜息を吐いて頭を上げると、長年の汚れだろう灰色に曇った窓の向こうには、微かな夕日の紫を残す景色が続く。

 まぁ掃除のし甲斐はありそうだけど、とそんな窓を指でなぞると、その指先から魔力が広がった。


 窓に触れた指先から、窓その物に向かって自分から薄く魔力が流れて行く。

 その魔力は薄い感覚とは裏腹に、触れた部分から光の輪を作って勢いよく広がり、光の境界線を作りながら窓を進んだ光は窓一杯を進み切って弾けるように消える。


 急に起こった現象に固まっていた私の目の前には、障害物が全くないように景色を透かす透明なガラスが輝き、美しく磨かれたアイアンの窓枠は、蝶番や鍵の細部に至るまで、その隙間でさえも丁寧に磨かれたような、それはそれは綺麗になった窓が唖然とする私を曇りなく映している。


「え、いや、これはちょっと……テンション上がる…」


 魔法。これは今、私、魔法使った。


 自分が目に見えて魔法を使った事にも驚いたけれど、それより何よりこの仕上がりだ。


 【生活魔法】に[掃除]はあった。出来るんだろうとは思っていたけれど、まさかこんな感じで、こんな掃除が出来るとまでは思っていなかった。


 これはまさか、掃除道具ではなく、魔力で掃除が出来るのか…?

 え、凄くない??


 部屋に並ぶ残りの窓を確認し、私は真面目な面持ちで次々と「キレイになぁれ」と魔法が使えそうな感じの安直な言葉を思い浮かべながら窓に触れる。

 口に出すのは恥ずかしい。


 けれど、口には出さなくてもしっかりと触れる度に光が広がり、汚れに曇っていた窓は次々と輝いて行く。そしてそれらを見渡せる場所から、やたら綺麗になった窓達を満足げに眺めている私は、にんまりと笑みを作った。


「最高…」


 私は掃除が好きだ。

 綺麗になる様も、綺麗になった所を見るのも好き。

 頑固な汚れを落とすのも、そこそこ綺麗な所を磨くのも、とりあえず掃除して綺麗になった所を見ていると、得も言われぬ満足感と、とても清々しい気分が味わえるので、自分まで整えられたような気持になれるのが好き。

 掃除すると空気まで浄化されたのではないだろうかと思うくらいには気分も良くなるし、何より達成感がたまらない。


 それがこんな一瞬で味わえるなんて、魔法、恐るべし。

 だが全然嫌いじゃない!

 むしろ最高か!


 込み上げる喜びと共に綺麗になった窓を眺めていると、ふと気持ちが整理されている事に気付いた。

 一瞬、これも魔法かな?と思ったけれど、その辺は魔法使えない時もそうだったと思い直す。


 勇者先輩の[メモ]を見て、「何かやらなきゃ」と漠然とした焦燥に駆られていたけれど、生産に関しては今後作れそうな物を見つけてから考えようとか、私は戦えないんだから、まず戦うとかその辺りに悩むのは止めようとも思えている。

 魔王様の事に関しても、まず魔王様を知る所からなんだから、私が一人でぐじぐじ考えても仕方ないのだ。


 私はまず、この【生活魔法】で出来る事を実証確認して、この世界と魔法、そしてこの世界の自分を知る必要がある。


 そう1人頷いて、ああ、何かスッキリした、と清々しい気分で息を吐いた。

 やっぱり掃除は最高だ。


 とりあえずもっとよく成果を確認しなければと、私は美しく落ち着いた黒で輝きを放つ窓枠を撫でる。

 やだ、スベスベ…。素敵…。


「凄い…これ小さな傷くらいはなくなってるんじゃない…?」


 そう素敵な窓を撫でながら、ほう、と熱い溜息を吐く。


「アンティークの価値観を残しながらも最高の状態に美しくなるなんて、控えめに言っても最高過ぎる。それにこれが魔力を出すだけで出来るんだから、毎日掃除し放題」


 素敵、と私が夢中で窓を愛でている間にも、ゆるゆると暗くなる部屋に比例して、壁に並ぶランプの魔道具が光を灯す。

 お城の照明は暗くなると勝手に点く。ランプの中に入っている石が暗くなると光るのだ。なので暗くしたい時はランプの小窓を閉じる仕様。

 そんな存在感を示したランプも、窓と同じく魔法で綺麗にして行く。


 やはり金色の光が走って綺麗になったランプからは、先程までとは違うしっかりとした明かりが部屋を照らす。

 眩し過ぎず、温かく、美しく柔らかな暖色の光に照らされた美しい窓は更に美しく最高。


「【生活魔法】様、前菜だとか馬鹿にしててすいませんでした。マジ最高です。ありがとうございます」


 そう深々と窓を拝んだ後、次は何を綺麗にしてやろうかと部屋を見渡していると、小さく部屋の扉がノックされた。


「あ、はい」


 人の訪問で高かったテンションが少し落ち着いて、返事をしながら扉を開けたそこには、料理を持ったレイ君が俯いたまま立っていた。






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