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9 転移

 王様に色々教えて貰ったり、泣き落ちをお世話して貰ったり、仕事まで斡旋して貰い、正直こんなに良くして貰って良いのだろうか、とは思うのだけど、お城勤めは緊張するとは言っても正直死なずに済んだ、助かった、と思っているのもまた事実。

 右も左も、常識も価値観も、何もかもが分からない異世界で、生きられる道を示して貰えるのは本当に有難い。


 弱小ステータスではあるけれど、運だけはなかなかに良いのかも知れないな…。


 お城の仕事が何かは分からないけれど、失礼のないようにしっかり貰った仕事を頑張って、出来るだけ沢山、何かしらの恩返しが出来たらいいな。と思っている私は今、とても眩しそうな顔をしている事だろう。


 目の前では、本当に、とても、とても輝くような満面の笑顔で、嬉しそうな魔王様が喜びのキラキラを振り撒いているからだ。


「そうと決まればすぐ帰ろう!ユリエ、少し待っていて欲しい!城の者を連れて来る!すぐに、すぐに戻って来るから!」

「はい、大丈夫です」

「うむ!ここを動いてはならんぞ?!すぐに戻って来るからな!!」

「はい、心得ました」


 すぐだから、と念押しする魔王様が頷いた私を確認し、最後にうむ!と大きく頷いたと思ったら、テンションの高い魔王様が目の前から一瞬で消えた。


「おお、転移?かなぁ。すごい」


 目の前で急に人が消えると言うのは、びっくりする、と言うよりどちらかと言うと唖然としてしまう感じだった。

 種の分からない手品を見ている気分だがこれは魔法。


 魔法。

 いいなぁ魔法。


 きっと魔王様が使ったのは転移魔法とかその辺りだろうか。

 ファンタジーと言えば魔法。私にあるのは【生活魔法】。

 よく分からない謎な魔法ではあるけれど、名前の通りきっと生活するのに使える魔法。

 いや、魔法だけども、こう、ファイヤーボール的な魔法っぽい魔法が魔法だと思うじゃない。メインデッシュはそっちであって、私の魔法は名前からすると前菜のような感じがしてならない。


 前菜魔法かぁ…。

 しかしめっちゃ魔法って言ったな。

 使えないけど…………。


 きっとこの世界では、魔法があるのが当たり前の風景なんだろうし、色々生活基準も違うんだろうな。

 コンロとか、ガスとか電気じゃないんだろうし、薪とか、あるとしたら魔道具とかかなぁ…。

 勇者先輩が暮らしてたなら、食については私でも食べられる物があるんだろうけど、料理とかどんな料理なんだろう…。虫、じゃないと、いいなぁ………。


 とは思うけれど、これからこの世界で暮らして行くなら、そう言った細々した事とか、前の世界にはない常識も受け入れたり学んだりしないとな…。


「生きる事が目標から、学ぶ事が目標になるなんて、かなりの進化だなぁ…有難い」


 そう言葉を零しながら見ている目の前の景色では、昇った日の光に負けない輝きを放っている泉がキラキラと輝いている。

 フワフワ昇る光が相変わらずファンタジー。


 異世界、魔法。元居た世界とは全く違う世界。

 そして魔王様の話を聞けば聞く程、死がとても身近な世界なのだと理解出来る。


 こんなに綺麗なのに迂闊に触れば死んでしまう水。魔物の存在。体を構成する知らない常識。


 今、ここから一歩踏み出すだけで死ぬかもしれない世界か……。


 前の世界では、ファンタジーな異世界ならきっとファンタジーな魔法とかで何でも何とかなりそう、なんて本を読みながら思っていたけれど、今たった一日も経たない間に、その考えが甘かったと思う程には異世界を実感させられている。


 どの世界でも、やっぱり現実って厳しいんだな、と。


 けど、そんな中で魔王様に会えたのは本当に運が良かった。

 そこだけはまるで物語のような幸運だ。有難い。


 この世界で最初に会う人が良い人だとは限らないとか思っていたけれど、そして、まさか最初に会ったのが王様になるとは全く想像していなかったけれども、魔王様はとても良い人。

 きっと魔王様が私をお城に引き入れてくれたのは、私が異世界人で、珍しいユニークスキルとか【死の泉】に私が触った事に理由があるんだろう。


 まだそれが何かは分からないけど、私に何かしらの利用価値があるのだとしたら、存分に使って頂いて、少しでも恩返しをしなければならない。

 そして見限られないようにお仕事頑張らねば…。

 そして更に、前の世界で貯めてたお金もなくなった訳だし、もう一度貯金なんかも出来たらいいな……。


 その為にも色々頑張らないと、あれこれ考えながらしばらく目の前の景色を眺めていると、そんな私の後ろから魔王様の声が聞こえた。


「ユリエ!すまない!待たせた!」


 本当にすぐだな。


 振り返ると元気はつらつでまだ少しキラキラしている魔王様が、5メートル先で笑顔を湛えながら少しだけこちらに駆け寄って来る。

 今の距離なら4メートルくらいにはなったんじゃなかろうか。


 そして、そんな魔王様からまた少し離れた場所で、小学生くらいの小さな男の子がキョトンとした顔でこちらを見ていた。


 その男の子は、オレンジの短いボブでかわいい顔の片目を隠し、袖の広がったボレロのような黒いジャケットに少し短めの黒いキュロットパンツ。黒いシャツに黒タイツ、こちらも魔王様に負けず劣らずのまっ黒装備。

 髪に隠れていない赤み掛かったオレンジの瞳で、魔王様と私を交互に見比べた後、ゆっくりと嬉しそうに口が大きく開き、袖から見える指先をパッと開いてこちらもキラキラ笑顔を向けてくる。


「魔王様!朝帰りだと思ったら、女の人捕まえてたんですね!!」

「ンなぁ!? はっ!?? なっ何と破廉恥な!!そっそんな不埒な事はしていない!!!」


 とても明るい声でそう表現された魔王様は、物凄い勢いで男の子を振り返る。もはやデフォルト設定になりそうな真っ赤な顔で、怒り切れない感じの魔王様は耳の先まで真っ赤だ。


「わー!初めましてこんにちは!ボクはレイっていいます!」


 ワッと走って来てそのまま腰にしがみついた人懐っこい男の子は、そう名乗って嬉しそうにこちらを見上げている。

 そんな子供特有のかわいい笑顔に、つられてこちらも笑顔になる。


「初めましてこんにちは、私はユリエって言います」


 挨拶を返したそれだけで、レイ君は更にキラキラ笑顔を輝かせ、腰にしがみついたまま抱き着いたレイ君をガン見している魔王様を勢いよく振り返った。


「魔王様!素敵な人ですね!魔力もとっても心地いいです!いい人見つけましたね!レイは応援しています!」

「なひっ 何を言…っ! レイ!!」


 魔王様は軽く噛んだ後も言葉が見つからず、湯気が出ているのではないかと錯覚する程の真っ赤な顔でレイ君を嗜めるように名前を叫んだが、窘められた本人はニコニコ笑顔で再びこちらを見上げて魔王様を無視している。


 魔王様、王様なんだよね? そんな扱いでいい感じ?


「レイは嬉しいです!久しぶりの魔王様のおつかいです!張り切ります!」

「もっもうよい!レイ!ユリエを連れて城へ帰る!ユリエをしっかり連れて来るのだぞ!」


 叫ぶようにそう言って、マックスに真っ赤な顔の魔王様はこの場の空気から逃げるようにパッと消えてしまう。

 そして残された私が腰の住人になっているレイ君を見ると、腰から少し離れたレイ君が私の両手を取ってニコリと笑った。


「ユリエ様!魔王様を待たせるととても面倒なのですぐに跳びますが、転移の経験はありますか?後、レイに敬語はいらないです!レイは皆の弟ポジションなので!」

「な…なるほど。えーっと転移は初めて。何か気を付ける事はある? 後、私は様を付けられるようなポジションの人じゃないかな…」


 皆の弟ポジションであるレイ君は、私が苦笑しながらそう話す間も、私と繋いだ両手を横にゆらゆら振っていてとてもかわいい。


「いいえ!ユリエ様は様です!今から慣れておく必要があるとレイは思っていますので!様のままです!後、転移の注意点は手を離さない事です! いきますね!」


 これは私が慣れた方がいいのかと、うん、と大人しく頷いた時には既に転移しており、一変した景色の中には大きなお城が佇んでいた。






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