8 これから
「あの、魔王様」
「な、なんだろうか」
「ここから一番近い町ってどこですか?」
「街? ここからかなら我が王城のある街が一番近い」
その街の方向を尋ねると、魔王様が指さしたのは太陽の昇った方向と真逆。
日が沈む方向へ歩けばいいのだ。分かりやすくてとても助かる。
そして更に、少し不思議そうに私を見ているこの国の王様な魔王様に、生きる為のお伺いを立てる。
「じゃあ、あの、私この国に居てもいいでしょうか?」
私がそう尋ねると、魔王様はパァっと花でも咲くのではないかと思う勢いで笑顔になって「無論だ!」と破顔した笑顔が輝いている。
うん、今日一で眩しい。
恩人である魔王様ご推薦の魔国。
こんないい人が治める国なのだからきっと魔国は良い国だろう。
無事に街まで辿り着けたら魔王様の像を神棚に祀ろう。いや、勝手に祀られたら微妙だな。せめて御尊名だけでも伺って、毎日お礼を言っておこう。
「それからその、最後にお伺いしたい事があるのですが」
「なんだ?」
「魔王様のお名前を伺ってもいいですか?」
「名前…? あ……」
忘れてた、と言わんばかりに驚いた後、立ち上がって片手を胸に当て、笑顔で礼をとった魔王様はとても美しい。いや、もはや麗しい。
「私の名はフレン
魔国の王、魔王フレンシス・ウォル・ウォレムスだ」
目を伏せて名乗った後、再びこちらを見た魔王様は柔らかく微笑む。
キラキラした長いまつ毛の下に見える深く蒼い目が、日の光で軽やかに反射する。
やっぱりこう、綺麗過ぎると現実味を帯びないけれど、流石異世界。ありがとう。芸術的な美しさでした。
「魔王フレンシス様、色々と沢山教えて下さって本当に有難うございました、とても助かりました」
しっかり頭を下げてお礼を言うと、魔王様は少し赤い顔で満足げに「うむ!」と頷く。
この名前はしっかりと覚えておこう。
これから何か辛い時があっても、この人の治めるこの国でなら、きっと頑張れる気がする。
「沢山教えて頂けたので、これから1人でも頑張れそうです」
そんな決意を胸にしっかり笑って顔を上げると、そこにはポカンと口を開け、私の言葉に唖然としている魔王様が私を見ている。
「……………え?」
そう声を漏らした魔王様がみるみると悲壮な表情を浮かべ、オロオロしながら一歩だけこちらに近付いた。
「我が国を、選んだのだろう?」
「え?あ、はい…」
「1人とは?居ると言ったではないか」
「ん?? え、あの……王城のある街?に、行きたいと思ってますよ?ここから一番近いみたいですし…」
魔王様の様子に戸惑いながらもそう告げると、魔王様は大きく目を見開き、泣きそうな顔になったと思ったら、またその顔を両手で覆って項垂れる。
「ま…魔王様?」
「…どうすれば……」
「あ…あの、ちゃんと魔国の街に行きますよ?安全だと教えて頂いたので……それとも、やっぱり私が行ったら迷惑ですか?」
そう尋ねた私の言葉に「そうではない!」と、項垂れていた頭を勢いよく上げた魔王様は、物凄く思い詰めた顔でこちらをじっと窺っている。
立派で、思い遣りがあって、こんなにも整った人だけれど、まるで子供のような顔をする人だな…と、明後日な考えが浮かんでしまう程には魔王様の表情は素直で、現在困ったような、私の答えが嫌そうな魔王様の表情に、どうすればいいのか測りかねる。
私が街に行くのが嫌なのか、街に居ないのが嫌なのか、一体どうすればこの恩人の憂いは晴れるのだろう……。
どうしたものかとこちらも魔王様を窺っていると、絞り出したような声で自慢が聞こえて来た。
「わ、私は結構、強いと思う……」
「……ん? あ、はい。強そうですよね」
「魔物も、沢山狩れるし…結界も張れる…。魔法も…色々、得意だし……その…それなりに、役に立つ…と、思う……」
不安な表情を浮かべたまま、こちらから視線は外さず、ぽつぽつと自慢を繰り返す魔王様。
どうした。
「ええっと、それは、凄いですね?」
私のその返答に、ぐっと顔を歪めた魔王様の口がへの字になる。
どうやら、ごきげんを直す選択肢を間違えたようだ。
「ゆっユリエは、そんな弱いのに!ひ、1人でどうすると言うのだ!!」
「え……ええっと、街に行って、出来そうな仕事を探して、後は細々と暮らそう、かと……?」
「仕事……」
困った顔の私から“仕事”の単語が出た辺りで、魔王様の不安な表情に納得が追加され、次いでなるほども追加される。
「ユリエは仕事があればよいのだな?」
「そうですね? 仕事してお金稼がないと、生活も出来ないでしょうし」
「ならば城で働くといい! そうだ!それがいい!!」
への字顔から復活した魔王様は、いきいきした表情で胸の前にガッツポーズすら作っている。
が、代わって私は困惑顔だ。
「へ!?いや、お城って!? 私、その、礼儀作法とか分かりませんし…!」
「大丈夫だ!我が城で礼儀作法は必要ない!それにユリエは既にとても礼儀正しいではないか!大丈夫!何も心配せずともよい!」
「ええっと……正直、行く当てはないので、凄く有難くはあるんですけど…………ご、ご迷惑なんじゃ……」
「迷惑なものか!! 私は…」
私は、と言葉を詰まらせた魔王様は口を結び、ゆるゆると顔が赤くなって行く。
魔王様が赤面するのを見るのは少し耐性が付いてきたけれど、じっと見られたままだとこちらも何だか緊張する。
「私は……ユリエが来てくれると、嬉しい…」
照れたように、恥ずかしそうに赤面しながらも、笑顔で言葉を続けた魔王様が「どうだろうか」と私の返答を待っている。
そ…そんな笑顔は反則だ。
お城とか正直めちゃくちゃ緊張しそうだし、普通の職場でよかったのだけれど、これは一気に選択肢がなくなった……。
こんな笑顔を断る勇気、私にはない。
「よ…………宜しく、お願いします」
魔王様の笑顔に押されて返事を返すと、花を撒く勢いて笑顔になった魔王様は、やはりとても眩しかった。




