境界の街
ブルーノを新たな同行者として迎えた拓真とリリーはいくつかの街を経て西方と北方の境目と呼ばれる小都市、ザパッドニーコーネッツに辿り着いた
例によって街道上では数体の魔獣に遭遇したが、殆どの個体は刀を抜くよりもブルーノが自慢の肉体で沈める方が早く、道中で拓真が狩ったのは片手で数えられるほどである
この世界育ちのブルーノと飛ばされてきて1年近く魔獣狩りを続けている拓真は兎も角、冒険者の資格を持っているとはいえあまり出歩かなかったらしいリリーがいる分移動速度は充分すぎる程に落としていた
更に3人で相談し、彼女が慣れるまである程度の規模の街では最低2泊することに決めたのだ
ここはその取り決めで泊まる2番目の街である
小さな街の宿では3人が別々の部屋を取っていたが、こういう所では拓真とブルーノが同じ部屋で泊まり、リリーだけが別の部屋を使うという方式に落ち着いた
この方が宿代は安く上がると知ったからである
流石に宿で襲う不埒な輩は居ないと思うが、念のため一番近くなる部屋を取った
尤も、戦闘能力が低い者でも冒険者や魔獣狩りであればダガーは必ずと言って良いほど携帯している
リリーもその例に漏れず標準的なサイズの物を腰のベルトに1本、左前腕に盾にも出来る程頑丈な鞘に巻き付け用のベルトが付いた物を1本差している
武器を抜くよりも早く魔獣を沈める人間がいるので抜刀機会は全くなかったが
例によって部屋を確認した後、途中で討伐した魔獣の他に採取した薬の原料となる植物の葉や実を売却して路銀を得る
街道上で遭遇した魔獣だけを狩って換金していてもそう遠くない時期に路銀が底をつく事に気が付き、魔獣以外でも稼ごうと考えたのだ
幸いにもリリーが薬草や薬になる植物などの知識は持っていたので、根こそぎ取っていかないように注意しながらではあるが
宿の食堂で夕食を取った後、2つ取った部屋のうちのツインの部屋の方に一度集まる
その中で一度集まって話をしようと提案したブルーノが口を開いた
「もしかしたら気付いているかもしれないが、薬の原料を採取していてもこのままだと路銀が尽きる
旅を続けるどころか何処かの街に滞在するのも怪しくなるな」
素材売却時の金額を見ていたリリーが苦い顔をする
元々少なかった魔獣の買い取り価格が2倍になったところで3人が旅を続けるには到底足りそうにない訳で
とりあえずは翌朝に依頼を確認してから考える、という事でその話は終わりになった
そして翌朝
日が昇るよりも早く仲介受付所に出向いた拓真とブルーノは『丁度良い』依頼があるかどうか確かめるべく、表示ボードを眺めていた
「いくら報酬のためとはいえちょいと早すぎたか」
ボードにはそれなりの数の依頼が表示されてはいるが、条件に合うものは見当たらないのだ
2人でどうしようかと相談している内に魔獣狩りや冒険者、それ以外の依頼遂行者が徐々に現れるようになり依頼が減っては増えの繰り返しになる
そのまま暫く眺め続けていると唐突に声を掛けられた
「見慣れない顔だな、旅行者か?」
2人揃って振り向くと、拓真ほどではないが若い男女数人が立っていた
声を掛けてきたのは一番前にいる男のようだ
見た目も雰囲気もどことなくホストっぽいところはあるものの、極端に浮ついていたり自信過剰だったりするわけではないように見える
「驚かせてしまったのなら謝ろう
俺はレナート、チーム『ホワイトアッシュ』のリーダーだ
君たちは同じチームの人間か?」
「・・・ブルーノだ、こっちはタクマ
訳あって一緒に動いてはいるがチームとしての申請はしていない」
「なるほど、どの依頼を受けようか悩んではいるが条件に合う物がないと見える
チームを組んでいないということは資金の問題か」
レナートという男は洞察力が優れてるようだ
「悔しいがご明察、魔獣狩りの俺達だけではこの辺りで路銀を稼げるだけの依頼がない
一応、もう一人冒険者の資格を持つのが居るが・・・」
「それならウチのチームと合同で受けるというのはどうだろう?
3人増えるならこっちとしても受けられる依頼が増えて助かるんだ」
ブルーノと互いに顔を見合わせ
「そっちがそれでいいのならちょっと相談するのに時間をくれ
・・・と言いたかったんだが、その相談相手が来たな」
仲介依頼所入り口付近にリリーの姿が見えたので手を振って合図するとこちらへ駆け寄ってきた
「こっちがリリー、もう一人の同行者だ
さっきも言ったとおり彼女だけが冒険者で俺とタクマは魔獣狩りだ」
レナートは一瞬リリーを見たが、それ以降は特にじろじろ見たりするようなこともなく受ける依頼の話を進める
そして決まったのは生態系調査の護衛依頼だった
今日は顔合わせと軽い打ち合わせのみで本番は明日から、という説明を受けつつ集合場所も指示される
因みにチーム『ホワイトアッシュ』のメンバーはリーダーのレナートの他ミトロファン、リンマ、ヴァシリー、イリーナ、アズレト、ローベルトで男5人、女2人の構成である
護衛だけで10人に達した一行は集合場所として指示された場所に向かう
待っていたのは如何にも研究者といった風体の男女1組と、それよりはまだアウトドア派のような雰囲気のある女性だった
それぞれアントン、レイラ、マリアーナと名乗り、アントンとレイラは純粋な研究室所属の研究員、マリアーナも同じく研究室には所属しているものの冒険者の資格も持っており、小規模なフィールドワーク程度なら彼女一人で行っているとのこと
そのマリアーナが紙を片手に説明を始める
「もう聞いているとは思うけど調査開始は明日の朝、時間は・・・今日ここに来たときくらいでいいか
野営込みで複数日に亘って動くので準備は怠らないこと、今のところ4泊5日の予定です
調査内容は魔獣ではない野生動物と自生している植物なので冒険者の資格を持っている方に協力をお願いすることがあります
野生動物は極力刺激せずそのままにしておきますが、魔獣に襲われた場合などは駆除をしても構いません
それと魔族と遭遇した場合には極力戦闘は避けること、回避できそうにない場合は周囲への影響を最小限にとどめるようにして下さい
無いとは思いますが密猟者を含む盗賊と遭遇した場合は速やかに捕らえること、捕らえた場合は状況次第で日程を短縮することがあります
以上、分からないことがある人は?」
特に誰も質問しなかったので必要な道具があるなら買い足す、ということで解散となった
街中に出たところでブルーノがテントなどの野営具を持っているかどうかの確認をすると矢張りリリーが持ってきていたらしく、買い足す物も特にないのでブルーノ以外はそのまま宿に戻ることになる
翌朝、早めに集合場所に出向いておこうと考えた・・・訳ではないが、早い時間に目が覚めた拓真は外を走ったり素振りをするわけにはいかないので朝食の時間まで待つことになる
仲介受付所の時とは違い3人揃って集合場所へ向かうと丁度『ホワイトアッシュ』のメンバーも到着したところだったようだ
昨日の3人による点呼を受けた後、ザパッドニーコーネッツの門の一つから近くの草原に向かって出発した
調査は順調に進み、特に問題が起こる事も襲撃に遭うこともなく最終日を迎えて街へ戻るその道中
もう少しで街道に戻れる、というところで怒声が聞こえ始めた
最初は馬車同士で譲っただの譲らなかっただので揉めているのかと思ったのだが、明瞭に聞こえるようになってくるとどうやらそうでもないらしい
内容というか怒声自体がかなり一方的でとても喧嘩をしているように聞こえないのだ
「・・・怪しいな、盗賊か?」
レナートのその一声で全員が顔を見合わせた
「依頼遂行中とはいえ盗賊の疑いがあるならとりあえず偵察は出しておいた方がいいな・・・アズレト、ローベルト頼めるか?」
小柄で気配も薄い男と大柄でブルーノほどではないが筋肉質な男が頷き、声が聞こえる方に向かって静かに駆けていった
因みに前者がアズレト、後者がローベルトである
「とりあえずは偵察を出したが、馬車自体も囮で狙いはこっちだという可能性もある
それに依頼人を放り出して行くと契約不履行になることもあるわけだしな
アズレトが1人で戻ってくるだろうからその報告次第だが・・・純粋に盗賊に襲われているか喧嘩をしているなら俺とイリーナ、それとブルーノがアズレトと共に行く
囮だった場合は本隊を探して真っ先に叩き潰す」
程なくアズレトが戻ってきた
1台のみで護衛もいないような荷馬車を3人の盗賊が襲ってはいたが、その盗賊達も大した装備は持っていないために御者の抵抗に遭っているとのこと
打ち合わせた通りにレナートとイリーナ、ブルーノと共に戻ってきたばかりのアズレトが飛び出していき、残りのメンバーも後を追うようにゆっくり進む
街道に出る頃には既に盗賊の制圧は終わったようで3人の男が拘束されていた
街に戻って盗賊の身柄を引き渡し、依頼完遂の報酬と盗賊の確保料を受け取って再び借りた宿の部屋に戻る
「なんとかこれで路銀の足しにはなったが、同じような条件の依頼が毎度あるとは思えない
というか思わない方が良いだろうな・・・」
それなりの報酬が貰えはしたものの、あまりブルーノの表情は良くならなかった




