発つ者
翌日以降は言われていたとおりに炊事の手伝いだとか屋敷の掃除の手伝いをすることになった
その炊事の時に指を切りかけたり掃除と言いながら虫干しとして倉の中身を全部出し入れする羽目になったりしたのは割と余談である
因みにリリーによる家事講座の成果は・・・まあ元々の技量と期間から推して知るべし、と言ったところだろうか
ところでこの屋敷には主のユーコの他、彼女が拾ったらしいリリー以外の住人がいるような様子はなく、そのどちらもがこの屋敷を維持しながら一日二食とはいえ量も質もそれなりにある食事を摂ることが出来る程の稼ぎがあるようには見えない・・・尤も、稼ぎがあるから生活出来ているのだろうが
それとなくリリーに訊いてみると主に富裕層向けの占卜でそれなりの収入はあるらしい
とはいっても特殊能力とは別の体質によるものらしく、ある程度のことならば意識しなくても『見える』とのこと
合間を見て剣の練習もしつつ過ごしていたある日の夕食後、片付けを終えた頃に二人揃ってユーコに呼びつけられた
「タクマ、貴方は明日になれば外に出られるようになるわ
察してる顔はしてるけど話はそれだけじゃない・・・リリー、彼に付いて行きなさい
理由は言わずとも解るでしょう?
それと、明日の朝は特に用意しなくても良いわ」
それだけで彼女は何かを察したらしく、特に理由も聞かずに「はい」と答える
翌朝、いつもくらいの時間に目を覚ました拓真が調理場に顔を出すと既に起きていたらしいリリーが立っているのが見えた
その手の中には手よりも白いものが収まっており・・・つまりおにぎりを作っている最中のようだ
桶に張った水に手を浸して杓文字でまだ湯気の立っている米を手に取り、具を入れ素早く握って皿に載せる、という作業をひたすら繰り返している
我に返ったのと、そんな拓真にリリーが気付いたのは皿の上に載った経木に最後のおにぎりを載せた後の話である
「もう起きていたんですね、おはようございます
私の中では随分早起きできたと思ったんですけど・・・」
「ああ、おはよう
朝早くに起きる生活を半年以上続けていたら身についた生活リズムみたいなものかな」
挨拶をしながらもその手は中身を潰さない程度に細い紐でしっかり縛っており、慣れているのが分かる
「・・・もう行きましょうか」
おにぎりを渡されたので空間魔法に収納するとリリーがそう切り出した
そういえば手元ばかり見ていた所為で気が付いていなかったが、彼女は屋敷に戻った翌日以降のような丈の長いスカートではなくパンツルックになっている
意図を察した拓真は短く『分かった』とだけ返し、そのまま屋敷の外へ出る
オーエステ・ボーデは山の麓にある街のためか、人の足で街道を1日も歩けばどこかしら宿のある街にはたどり着ける
特に急ぐ旅ではないということと、路銀を少しでも削る為に歩いて移動しようということになり、二人は旅客馬車の乗降場の前を通り過ぎてそのまま関所を通る
魔獣狩りの登録カードを持つ拓真は殆ど通過に時間が掛からず、それは冒険者の資格を持つリリーも同じである
はぐれ個体らしい猪型の魔獣が1体出てきて討伐したことを除けば道中は特にトラブルもなく、日が傾き始める頃には次の街に辿り着いた
小さな街に1つだけある宿ではさほど大きくない部屋を2つ取り、部屋を確認してから討伐した魔獣を素材として売却するためにハンター組合支部に出向く
街の近くに群れが出没するようであれば常時依頼として掲出されることもあるが、今回は街から随分離れた街道上で単独個体と遭遇した程度なので加工素材として買い取って貰うだけである・・・例えそれが食肉の原料でも
宿に戻り、そのまま部屋には向かわず食堂へ入る
街道上にあるとはいえ大きな街ではないせいか座っている人はそう多くなく、2人揃って座れる席を探すのはそう大変なことではない
ある程度空いている場所を選び座ろうとして、既に座っている人の中に知った顔があることに気が付いた
「単独で狩りを続けていれば良かったんだろうが、朱都周辺の状況と俺の戦闘スタイルはお前も知っているだろう
だからチームに組み込んで貰おうと思ったんだが、結局はこのざまだ」
ブルーノ・セルバンテス、以前魔獣討伐依頼で一時的に同じチームで動いていた人物である
彼もあの戦いの後、拓真が眠っている間に朱都を出て行った1人であったそうだ
その時は既に存在していた申請チームに仮加入という形で同行させてもらっていたそうなのだが、戦鎚はあまり小回りが利かない事に加えそのチームでは戦力過剰になりつつあったことから仮メンバーだった彼が追い出されたらしい
流石に魔獣狩りである所為かヤケ酒なんてことにはなっていなかったが・・・そもそもここは居酒屋とかバーの類いではなく宿の食堂であるので当然と言われればそれまでである
ひとしきり愚痴を零していた彼は拓真と一緒に来たリリーに漸く気が付いたらしい
彼女が簡単な自己紹介をした後に一応、という体裁でブルーノを同行者として誘ってみる
勿論、目的地のない旅であり収入もそうは見込めないことは全て説明した上で、である
彼の答えは応、だった
朝早くに2人が出て行きはしたものの、元々そう音がするわけでもない屋敷で彼女は目覚めた
今日からは久し振りに自分の身の周りのことは自分でしなければならない、そう考えて保存庫の中身を見た上で何を食べようか考えながら一度調理場に向かう
すると覆いのされた皿が置かれていたので覗いてみると、丁度自分が1食で食べきる量の握り飯が載せられている
流石に酒を飲みながら、ということまではしなかったが調理場で立ったままなので行儀という面で見れば充分悪い
彼女がそんなことを気にする様子は全くないが
全て食べ終わり、さっさと皿を洗って片付けはしたがいつまでも寝間着のままではいるわけにはいかない
着替えは元々補助を頼んだことなど無かったので人が居るかどうかを気にすることはなくすぐに終える
そして屋敷の表へ出た彼女は
「・・・出てきなさい、そこに居るんでしょう?」
と、殆ど呟くような小声で発する
「参ったな、潜ってても分かる人間に出くわすなんて」
その声と共に土が盛り上がり、やがて人の形を成す
「当たり前でしょう?
ここは私の庭、誰であってもその存在を誤魔化すことは出来ない」
「急に入れるようになったからおかしいとは思ったよ」
「・・・『彼ら』はもう居ないわ」
「・・・だと思った、今度はボクの番かな」
「さあね、でもここから出られないのは事実
枷を与えることだって容易いのよ、例え土精でもね」
彼女の言葉通り、既に力の大半が失われている所為か彼の表情が歪む
・・・尤も、その力を奪った本人は荒事をする気など全くなかった
少しの治療が出来ればそれで充分、そう考えていただけである




