平穏
「お金でなら200万オーラ、と言いたいところだけど・・・貴方そんなに持っていないでしょう?」
そんな言葉がテーブルの向こう側から投げかけられる
いままでの護衛依頼だとか魔獣討伐の報酬を合わせればあったかもしれないが、当然使わずに生活することは出来ないわけで
「出来ればそういう話をするときにお酒の追加を頼まないで欲しいです」
「いいじゃないの、どうせしばらくは住み込む人の前なんだし慣れて貰わないと」
「それとこれとは話が別です」
徳利数本を載せたお盆を持ったリリーが戻ってくるなり苦言を呈した
・・・そう、猪口で呷りながら先程の話を始めようとしていたのである
「ところで、住み込む人の前で・・・というのは」
「その話を今からするつもりだったんだけど先を越されたわ」
「飲み過ぎるからです、少しは自重して下さい」
「細かいことは気にしないの
それで、今の話の通り暫くここに居て貰うわ・・・つまり貴方の『時間』を対価に術式の制御方法を教えるわけ
その合間に家事も一通り出来るようにそこにいるリリーに教えて貰いなさいな」
「それならまずは呑む量の加減からですね」
・・・ブランカ・プェーヴォからここにくるまでの話だけなら随分尊敬している人なのだろうと思ったのだが、お酒に関してはそうでもないらしい
むしろ大人しい性格だと思っていたらそうでもなかったという方が近く、『もういい加減減らしますよ!』と言いながら徳利を取り上げるのに対して泣き言で応戦するという茶番(?)が繰り広げられていた
主に酒器類の片付けが終わった後、『そのまま座っているように』と言われた通りに待つ
ただし待っていた時間はほんの僅かで、どこからか取り出した板を拓真の頭に翳す
術式を構築しているのか、小声で何かを呟いているのを聞いていると魔力が動く感覚がする
その感覚が収まったあと暫くすると翳していた板が畳の上に置かれ、刻まれたものが見えるようになる
円が一番外側にあるということは魔法陣なのだろう、しかしその内側には模様にも文字にも見えるものが円周上に書き込まれ、それが三層重なっている
更にその内側には複雑な図形と文字のようなものがこれでもかというほど書き込まれ、素人にはどういう術が組み込まれているのか全く分からない代物になっていた
待っている間に戻ってきていたリリーが横から覗き込むが、案の定理解できていない顔をする
「思った通り何が書いてあるのか分からないって顔してるから説明するわ
察しの通りこれが『模倣暴走』の構成術式なわけ
それで、中身の方なんだけど・・・主に使用されているのは増幅系の強化魔法ね
強化対象は筋肉や神経など通常の強化魔法が適用される部位の他、魔法自体の出力も引き上げられているから魔力の回復速度も早くなっている、と」
そこまで説明したところでユーコの表情が解せないものになった
「ただ、この術式はある程度外部からの操作が利くように組まれているわ
ただし介入許可対象は随分と狭くしてある
許可基準は・・・魔力の質のようね、かなり近い質のものでなければ抜け穴にさえ気付かないようになってるし、気付いたとしても強固な防壁で弾くようになってるみたい
事実上、本人と同質の魔力が無ければ無意味ってことね」
術式の刻まれた板を見ながら暫く考えていたようだったが、突然近くの畳の間の隙間に指を突っ込み、まだ術式が刻まれたままの板の横に何も書かれていないだけでよく似た板を置いた
畳の上にその板が置かれた直後、レーザー加工機のように表面を光が走り術式が刻まれていく・・・ただし、レーザー加工機とは違って照射する装置はないが
出来上がったのは『模倣暴走』に似た魔法陣である
ただし所々に刻まれているものが変化し、その全貌は元の物よりもむしろ複雑になった
「これで術式の改造は終了、内容としては強化レベルを落として身体への負荷の軽減と抜け穴の修正
それと他の術式と組み合わせやすくするための継ぎ手みたいなものを代わりに入れておいたわ
あの陰険から術式は直接本人に入れろと手紙で釘を刺されたし、さっさと済ませましょうか」
陰険というのはクロウのことだろう、凄く酷い呼び方を聞いた気がするが突っ込む暇も無く板を頭に翳される
またも小声で何かを呟いているのを聞いていると、今度は魔力ではなく情報が流れてくる感覚がする
ただし、情報が流れてくるとはいっても非常に穏やかなもので、少しの間頭痛を我慢すれば済む程度だった
「あとは対価の話ね
『時間を貰う』のは雇用契約みたいなものでもいいけど、それより早く済ませる方法が楽でしょう?
だから文字通り貴方の時間を10日分戴くわ、そのズレはここの土地内にさえいれば徐々に緩和される
もう契約している以上、覚悟は良いかと訊くまでもないわね」
返事を待たずにまたも小声で詠唱を始め、暫くするとその詠唱も止まるが特に何かが変わった感覚はない
「これで対価の受け取りは終了
間違っても敷地の外に出ようと思わないように、出ようと思っても出られないけど」
その感覚もなく10日分の時間を対価として渡した後、『敷地から出られるのは20日くらい経ってから』と告げられた拓真はその間何をしようかと考えていた
勿炊事だとか掃除の手伝いをすることは確定しているのだが、それだけでは時間が余りそうな気がしてならない
戦いたいというわけではないが、魔獣も出ない土地で剣を振る感覚を忘れないようにする手段を考え、『斧を振って薪割りをする』という結論に落ち着いた
薪で暖を取ることはなくても調理に使うのでストックしておくに越したことはない、という理由で斧を借りられはしたが、そもそも薪にするための原木がないことに気が付く
一応、屋敷から見えている木は伐採出来ると聞いたので斧で切り倒そうと考え・・・すぐに断念することになった
そもそも斧で木を切り倒す方法を知らないのに何故出来ると思ったのか、ということに気が付いたのは斧が木の幹に食い込んで動かなくなってからの話だが
斧は強化魔法を適用した腕力で引き抜くことはできたものの、どうやって切り倒そうかと考えているところに何かが割り込む
気になって仕方が無いので思考を乱されるくらいならと、その割り込んできた物を手元に呼び出した
随分前に拾った後、クロウの刀を譲り受けてから出番がなくなっていた例の剣である
確かに長さは申し分ないが、どう考えてもそのまま木を切り倒せるような物ではない
なので剣そのものに強化と保護の魔法を流し込み、木に向かって少しだけ斜めに振る
するとその刃はあっさりと木の幹を断ち切り、斜めに切られた木の方は少しだけ重力に従ってズレた後に倒れた
予想以上の切れ味だが驚いている暇はない
今度はその場で切り分け、斧で割る場所まで運ばなければならない
枝を落とすところまで剣で済ませ、いざ薪割りの台の上に木材をセットした時点で『もしかして斧を振らなくても剣の練習になったのでは』ということに漸く気が付いた
木を3本伐採し、薪に変えたところで薪を乾燥させる場所が埋まったので薪割りはそこで終わりにする
中に戻ると既に夕食の準備が始まっていた
手伝うというよりは料理もそれなりに出来るように、という練習なのでそう出番があるわけではない
因みにメニューは米飯の他味噌汁、豚肉のソテー、キュウリとわかめの酢の物とリリーが言っていた
・・・何故か料理名がそのまま聞き覚えのある名前なのは『気にするな』という意思表示だろうか




