スノー・ホワイト
翌日以降、時々仲介受付所に顔を出し討伐系や護衛系の依頼がないか確認はしていたがこれといったものがないまま旅客馬車が出る日になった
この旅客馬車の行き先はブランカ・プェーヴォというそれなりに大きな街で、オーエステ・シウダードよりも東にある街の中継地点になっているらしい
2つの街の間は魔獣が殆ど出没せず、2人いる御者がある程度の戦闘能力を持っていれば問題ないために護衛を雇うことも滅多にないのだそうだ
わざわざ護衛を雇わない理由は他にもあり、馬車での最短経路として使われる街道は険しい山道であるために慣れた人間以外に依頼しようものなら戦闘が始まった途端に足を踏み外して滑落、もしくは足元を気にしすぎて魔獣の対処が出来ず却って被害が増える、という本末転倒なことになりかねない為である
早い時間に宿をチェックアウトし、東側の門の近くにある発着場に向かう
運賃を支払い、乗車手続きを済ませると金属製で色の入ったコインのような物を渡される
このコインを降りるときに降車受付に渡すことで支払い証明となり、提出しない場合はその旅客馬車の最長距離の運賃に加えて割増料金を支払わせることで無賃乗車を防ぐシステムになっているとのこと
コインを受け取り、外に横付けされている馬車に乗り込む
この街に来るときの荷馬車ほどではないがやや大きめで、屋根も布張りではなく木造になっているほか、側面には小さいながら明かり取り用の窓がはめ込まれ、一部は換気の為にその周囲の木板ごと上に向かって開くようになっている
また、緩衝機構を持たない所為なのか座面は革張りの分厚いクッションが取り付けられ、長い時間乗っていてもあまり苦にならない工夫がされている
・・・尤も、実際の乗り心地は緩衝機構付きの荷馬車の方が良かったりするらしいが
馬車に乗り込んだ時点では誰も乗っていなかったが、暫く待っていると数人が乗り込んでくる
その中には当然のようにテラの姿もあり、拓真が座っていることを確認すると迷うことなくすぐ隣の座席に座った為、御者台後ろの壁とテラに挟まれることになった
馬車の座席が埋まりきらない程度の人数が乗ったところで乗降口のステップが引き上げられ、安全柵のように下半分を覆う
やがて景色が後ろに流れ始め、足元から伝わってくる振動と共に馬車が動いていることを知らせてくる
発着場から殆ど離れていない門を通過し、規定ルートになっている街道に入ると殆どすぐに上り勾配になるが、それを見越して軽く作られた車体に3頭の馬を繋げた旅客馬車は殆ど速度を落とすことなく駆け上がっていく
馬車に乗っている他の客同士は顔見知りということもないようで車内は誰も喋らず、冷たい空気が漂っている・・・と思った辺りで街道沿いに生えている木の種類が素人目にも違うほど変わり、気温自体が下がっていることに気付く
やがて馬車の外の木がその頭に白い帽子を被り始めた頃、漸く坂道が終わったと思うとすぐに下り勾配に変わる
ただし、今までの上りと比べるとずっと緩やかなように思う程の傾きしか感じず、その勾配もすぐに終わった
先程までは木の上を少しだけ白く染めていた雪が街道まで覆うようになると馬車は速度を落とし、関所のような場所をゆっくりと通過する
ここでも馬車の発着場は門の内側すぐの所にあるのか徐行の後暫くすると完全に止まり、ステップが下ろされる
他の乗客に続いて降りると、白く染まった町並みが出迎えた
ブランカ・プェーヴォ、『白銀の街』の別名を持つその山の中の街は1年の殆どを雪化粧のまま過ごす
雲に覆われていて薄暗いために分かりづらいが、山の下では既に日が傾き始める時間の為この街を出る馬車に乗ることが出来るのは翌日以降となる
物や人が行き交うことで栄えた街というより、最初からその拠点として作られた街であるために宿は多く、また殆どの馬車は似たような時間に到着するので宿が開いているかどうかを心配する必要はない
低層建てながら中央から両翼を広げた外観を持つ街唯一の宿は白く塗られた壁故か妙な現代っぽさを感じさせる構造を持つ
・・・尤も、現代のマンションか何かのように金属製らしい銀色のプレートが入り口近くに設置されていた所為で全てが台無しになっている気がするが
因みにプレートには『Hotel WhiteWing』というあまりに直球、いや安直過ぎる名前が刻まれていた
流石に外装ほど中身は現代的ではない・・・と言いたかったが、どうやってここまで持ってきたんだこんな物と突っ込みたくなる巨大な石から削り出したようにしか見えないチェックインカウンター、エントランスホール兼ロビーの高い天井からは明らかに可燃性ガスか何かを燃料にして火を灯している金色のシャンデリアがぶら下がり、チェックインと共に渡された部屋の鍵は金属製の薄いカード型をしている
カードに記された番号の部屋に向かい、扉横の差し込み口にカードキーを差し込むと解錠音と共に扉が開き
「少し後に降りただけだったのに遅かったね、何か興味を引く物があったのかな?」
テラの姿が見えた瞬間、扉を静かに閉めた
「そりゃ物理キーの代わりに魔力で刻み込んだ紋章を鍵にするなんてボクらから見れば『どうぞ開けてください』って言ってるようなものでしょ」
「一番の突っ込みどころはそこじゃない気がする」
拓真は大きな溜息と共に頭を抱えた
オーエステ・シウダード滞在中にさっさと逃げ出さなかった時点で自業自得なのだが、そもそも相手が相手だけにあまり意味がない気もするわけで
「そうそう、ここからオーエステ・ボーデ行きの馬車は暫く待たなきゃならないってさ
それまでの間何か依頼がないか確認しに行く?」
「そうしないとちょっと懐具合が心配かな
・・・確認しに行けるのは明日の朝になりそうだし、それに目的地を話した覚えがないのに知ってる理由が分からないけど」
「そりゃ土精だからね
バレないように付いて行ったり聞いたりすることくらい簡単だよ」
またも大きな溜息を付くことになった
翌朝、雪が降る中で仲介受付所で依頼を確認してみると確かに魔獣の討伐依頼はないのだが、雪下ろしや氷柱落としの依頼が出されている
依頼名の下のステータスは受付中になっており、参加資格は特になしとのこと
氷柱落としは1時間あたり1100オーラ、雪下ろしは1500オーラが参考額として書かれていた
確かに雪下ろしの方が稼ぎはいいのだが、命綱の装着が前提の上に傾斜もキツい屋根の上での作業になる
いくら『限定不死』持ちとはいえ、痛みを感じてまでわざわざ実証する気はないのでより安全な氷柱落としを選んだのだ・・・高所恐怖症だからということはない、絶対に
受注手続き(?)を行うと、その場で集合場所を指示される
とはいえかなり長い期間雪が降るような地域で待ち合わせをするのに外を指示する訳がなく、指示された場所はと言えばカウンターから少し離れた柱の下である
集まったのは精々十人前後で男女比率は6:4辺りになっている・・・またも混ざり込んだテラを除いて
因みに雪下ろしの方はといえば全員が野郎であり、その結果ブランカ・プェーヴォで働いてはいないがハンター職などで外でも働く事があるような女性は全員が氷柱落としを選んだ為にこの偏り方をしたとも言える
作業自体は単純そのもので、細い角材の真ん中に持ち手にする棒を取り付け、更に角材と持ち手の結合を補強するための棒をくっつけただけというシンプルな道具で氷柱を根元から折って落とすだけである
尤も、それは氷柱の数が少なければの話だが
足元を気にしながら頭上の作業をする、という都合上なのか基本的には2人一組で行動することになる
それで同時行動となったのはテラではなく
リリーという、長い髪を後ろで一本に束ねた女性・・・というか、魔族でなければどう見ても歳の近い少女である
そして、そういう相手というのは非ッ常にやりづらい
今まででも見ず知らずの人と一緒に行動することはあったが全て男である、テラという例外を除いて
魔獣の群れを相手にするよりもガチガチに緊張しながら氷柱を落としていた所為か向こうから質問されたものに答える、という一問一答状態の話し方になっていた
それでも得られた情報はあり、彼女もオーエステ・ボーデ行きの馬車待ちなのだという
そして何より、彼女は『ユーコ』なる人が住んでいる場所を知っていた




