儚きは人の夢
開けた扉の先にテラの姿を見た拓真は混乱した
直前の護衛依頼の顔合わせで初めて会っている上に宿が被っただけでわざわざ挨拶しに来るものなのだろうか
それ以前にそもそもどの部屋に泊まっているかということを誰から聞いたんだ、と考えている間に扉が閉められ、閉めた本人は既に扉の前ではなくまるで自分の部屋であるかのように勝手にベッドの上に座っている
「さて、話をしようか・・・ああ、大丈夫だよ
ボクは地属性以外の魔法が苦手だから壁の重さを変えて外に音が漏れないようにしておいた」
部屋に押しかけた挙げ句勝手に上がり込んだことに対して文句の一つでも言ってやろうと思い、その肩に手を掛けた瞬間
殆ど力も入れていないのにテラの上体はベッドの上に倒れた
「あれれ?依頼の時とは違って大胆なんだなぁ
名前の他は何も知らないで押し倒すなんて」
そんな気は全くなかったにも関わらず、その言葉で意識してしまったのか急に脈が速くなり、火照ったように身体が熱くなる
・・・尤も、言い訳しようとする前に上体を起こしながらからかったことを詫びられてしまったので毒気を抜かれたのだが
「したかった話ってのはそういうことじゃないよ、何よりボクには性別なんてものないしね
・・・・・炎精討伐、やったのは君だよね?」
「炎精を倒した記憶は無いけど、あの辺りにいた人達はみんな逃げていたはずだし・・・そうとしか思えない
ところでどこでその話を?」
「理由を明かすとボクが土精だからさ
あの感じだと君もあの炎精も地中から見てる存在に気が付くほどの余裕、なかったんじゃないかな」
「どうして使えたのかは分からないけど、『模倣暴走』であの時の記憶がないんだ」
「ああ、あの魔力の乱れはそういう理由だったのか、人間にしては妙に歪で量が多いと思ったよ
同じ宿にいた、君より遙かに実力がありそうな人とは別行動をしているのはそれが理由かな?
・・・例えば、知識のある人間の力を借りて制御出来るようにするとか」
特に意図したわけではないが、あまり情報を出していないにも関わらず話を読まれている
全体的に華奢で小柄、何を考えているか分からないというよりは何も考えてなさそうに見える顔をしているテラだが、『人は見かけによらない』とはこういう事を言うのだろう
土精は上位の魔族なので人間ではないが
「そうそう、炎精の件を訊かれたからって命の心配まではしなくていいよ
ボクよりもあいつの方が遙かに若いんだけど、生まれた頃から力は強いほうだった上にそれを威張ることにばかり使っていたから炎精以外からの評判も悪くてね
人間に倒されて清々してる炎精も少なくないんじゃないかな」
何というか、テリーの予想通りだとは思わなかった
唯一違った点はといえばある時になって突然力を得たのではなく、生まれつきだったことだろうか
「そういうわけで暫く君に付いて行ってもいいかな
なんか見ていて面白そうだし」
「ちょっと待って、何が『そういうわけ』なのか分からない」
「そうそう、ちゃんと『テラ』で魔獣狩りの登録はしてあるから問題ないよ」
更に訊こうとしたときには既にテラの姿はベッドの上になく、扉を外から閉まらないように支えていた
「確か7日後の馬車だったよね、予約する必要の無い馬車だからその場にいればいいね」
文句を言う前に扉を閉められ、頭痛を感じた気がして頭を抱えた
翌日、特にやることもない拓真はオーエステ・シウダードの街を歩いてみようと思い立ったので早朝から街の中を歩いていた
何のことはない、これまで半年以上も朝早くに起きる生活をしていた所為か日が昇る前に目が覚めてしまい、二度寝出来るほどの眠気もなかったのだ
まだ昇ったばかりの日は低く、土地の起伏に争わぬよう建てられた住居などの間を通る道は影に覆われ薄暗い
尤も、それは住居や宿の間を通る小径だけの話だったようで、ひとたび通りに出てしまえば朝早くにも関わらず影は道の端の方にしかなく、日に照らされた商店などは既に商いの支度を始めている
商いの支度が始まれば客も来るようで、準備しているその横で品定めをしている人もちらほら見られる
釣られるように商店の一つを覗いてみると八百屋のようで、野菜(に見えるもの、陳列や他の客の様子からして食べ物なのは確か)が並んでいた
特に知識があるわけでも料理をしたりするわけでもないので見ていただけだったのだが、店主らしい人が『獲れたばかりだよ、欲しいなら140オーラ』と言いながらジャガイモのようなものを3つほど、載せていたザルごと渡してくる
迷った上で結局140オーラを支払い、空間魔法に収納してから再び歩き出す
食事処も含め、食べ物を扱うような店は既に開いているようだ
宿を出たのが随分早い時間だった為にまだ朝を食べていなかった拓真は何となくで選んだ店に入り、何とか読めるようになった文字のメニューを頼む
出てきたのは穀物の実を砕いたものに水を混ぜて固め、更に細く加工したものを味付けした汁や具と共に同じ容器に入れたもの―――簡潔に言うと麺料理である
日本でよく食べていたような麺類と比べると随分柔らかい食感になるが、そもそも今まで食べていたのが軽く味付けをした他は焼いただけとか炒めただけなど、味こそ調整していたものの手間を掛けずすぐに食べられる方に傾きすぎていたので、これでもいいかと思えてしまう
・・・その原因がそもそも料理できない人間と、料理は出来るが手を抜きすぎる節のある人間の二人だけで半年以上も一緒に居たことなのは置いておくものとする
再び通りに戻る頃には殆どの店が商いを始めていた
同じ業種の店は同じ場所に固められたかのように立ち並んでおり、それは少し歩けば並ぶ店の種類も変わる事を意味する
いくつもの店の前を通り過ぎ、目に付くようになったのは武器を扱う店だ
例えば工房を併設しているような店なら扱う武器の種類は偏る傾向があるし、そうではなく制作専門の工房と販売専門の店が別々にあり、販売店が工房から買い付ける方式なら店頭に並ぶ物は一通りまんべんなく、ということになる
今更刀剣類から戦鎚やモーニングスター、或いは槍などのような扱いに慣れが必要な武器に持ち変えるつもりはないので、立ち寄ってみたのは刀剣類が並ぶ前者のタイプの店なのだが
入ってみると壁面のみならず、据え置かれた棚にも剣が展示されている
広い店内に多数の剣を展示するだけあって、ダガーのように短い物から馬上剣のように非常に長い物、剣としての機能以外は求めていないシンプルな外観のものから儀礼用らしい装飾が施されたものまで幅広く扱っているようだ
流石に片刃で細身の剣、というのになると隅の方に1振りある程度になってしまうようである
何かお探しですか、と声を掛けてきたのは如何にも工房の主といった風貌の頑固親父ではなく、若くて見た目の印象もいい青年である
彼自身は店主の三男坊で家を出て行った次男の代わりに店番を担当している、というようなことを笑いながら話していた
話は本題に戻り、クロウから譲られた刀を見せてこれから持ち替えるか増やせる物はないか、というような質問をする
「これはまた変わった武器ですね
形そのものはほんの稀にですが好んで使うような人もいるので、作れないことは無いと思います
・・・ただ、使ってる素材の方はかなり特殊なようで、希少な金属ではなく元々ある材料に加工を施して魔力の通りをよくした芯が入っている、というような印象ですかね
技術の一つとして聞いたことはあるけど実際にやる人が居たのか・・・」
握ったり軽く振ったりした上で、同種の物を作ろうとすると相当時間が掛かる上に費用もどうなるか分からない、という答えが返ってきた
礼、というわけではないが反りのない片刃で服の下に隠せる程度には短い刀を買い、その店を出る
それ以降、食事以外の買い物はすることなく日が傾く頃には宿に戻ったわけだが、また勝手に部屋に上がってきたテラに『料理も出来ないのに芋を買ったのか、そのまま植えて畑でもやる気か?』と馬鹿にされる目に遭った、というのは割とどうでもいい話である




