朱都-2
宿に僅かな荷物を置いた後、まずは剣を教えられる人のところに行くということで通りまで戻り、そのまま南に向かって歩き出した
「今回お前が教えを請うのは俺ほど剣を扱えるわけではないが、人に教えるのは上手い奴だ
昔一緒に動いていた冒険者の一人で、俺より少しだけ若い」
名前すら言わないほど端折った説明だけ聞いた頃、大通りほどではないが広い通りを横切ったすぐ先にその建物はあった
恐らく此処から先が拡張された街の区画なのだろうが、街の区画割を無視しかねないほどの長さの塀が敷地を囲っており、どう見ても2階建て以上はある高さの壁がその塀の内側に聳え立っていた
通りに面した門に頑丈そうな扉は付いていたが開いたままになっており、来訪者を拒否しているわけではなさそうだ
その門を潜り、一番大きな建物の中に入ると十代後半の若者らしき人が数人ほど集まっており、その中に一人だけ際立って年上の人間が混ざっているのが見えた
「・・・突然誰が入ってきたかと思えばお前か、此処暫く音沙汰がなかったから既にくたばったものだと思ってたぞ」
「まだくたばるほどの歳じゃねえよ、勝手に殺すな」
「それは鏡を見てから言え、随分老け込んでるのに存在感だけはそのままだな
・・・で、用があるのはそっちの坊主か?」
「察しが良いな」
「そりゃお前が此処に来るだけの用は無いだろうし、まさか剣を教えろなんて言うわけないだろ
言った翌日は槍でも降るんじゃないか?」
長々と続く、最早罵倒にしか聞こえない話を横で困惑したまま聞いていると、テリーの知り合いだという男が唐突にこっちを向いて観察するような目つきをした
「ふむ、随分細いな・・・これが鍛えたようには見えんから剣に関しては素人同然ということか?」
「そうだ、あと俺を物扱いするな
元からこれだけ細いと俺の剣は持たせられない」
すると、男は何かを考えるような素振りをした後、唐突に右手を差し出してきた
「俺はジェフリー、ジェフとでも呼んでくれ」
「タクマ・・・八月一日拓真です」
差し出された手を握り返した直後、ジェフと名乗った男は突然表情を変えてテリーに殴りかかった
「おい、いきなり何しやがる!」
「何じゃねえよ、お前いきなり実戦用の剣持たせただろ
中途半端に型が付くのが一番面倒なんだ」
「仕方が無いだろ、俺の家に文字通り突然降って湧いたんだ
そうでもしなきゃここまで来れん」
「・・・全く、まずは基礎体力からだってのに
ところで今まで持たせてた剣は?」
「本人が持ってる」
テリーのその言葉に合わせるように空間魔法で収納していた剣を取り出し、ジェフに渡した
「随分とシンプルな剣だが、重心は少し手元寄りか
安い量産品とは確かに違うし振りやすいかもしれないが、魔獣相手に使うならスピードが要求されるな
・・・で、望みは?」
「普通素人相手にそれを訊くか?
とりあえずその剣が拓真に合ってるのかどうかだ、それが知りたい」
「そりゃ鍛えてみないと分からないな・・・お前のことだ、どうせそれなりの期間は見てるんだろう?
・・・ひよっこ共、とりあえず体力作りのメニューを教えてやれ!
手抜きもやり過ぎも許さんからな!」
応、の返事と共に先程から少し離れた位置で立ったまま待っていたジェフの門下生らしき人が歩きながら手招きしていたのでその後ろに続いていくと、入ってきた扉を抜けて塀の近くまで来た
「俺はゲイル、今は俺がジェフリーの弟子の纏め役みたいなものだから覚えておいてくれ
とりあえずウォーミングアップも兼ねて塀の内側を20周な、完走出来るペースで走るんだ」
その言葉と共に、付いてきていた門下生たちが一斉に走り出したのでその後に続くように走る
ウォーミングアップも兼ねているということであまりペースは上げていないのだろう、殆ど離されずについていくことは出来るのだが拓真にしてみればあまり余裕が無く、付いていくのが精一杯で走り終わる頃には息切れを起こしていた
「まあ慣れていない奴はこんなもんだよな・・・次行くぞ、無理だと思ったら見てるだけでもいい」
出てきた建物に再び入り、奥の方の板張りになっている場所まで行くと皆履物を脱いで上がっていったのでそれに倣って付いていく
「今度は腕立て伏せを50回だ、ウチではウエイトトレーニングをやらないからその代わりみたいなものだと思ってくれ
本当はその3倍位やるんだが、それはもう少し慣れてからだな」
ランニングと同じようにペースと回数の違う門下生達に混ざって腕立て伏せを行い、『・・・50!』のカウントを聞いて仰向けに倒れ込んだ
「素振りはこれからなんだが・・・この調子だと体力付くのに半月くらい掛かりそうだな」
少しの休憩を挟んでから再び最初に入った広い部屋に戻るとテリーとジェフが模擬剣―――どう見ても木で出来ているようには見えない―――を持って対峙していた
「・・・アレには構わず素振りさせるか
ここにある木剣は大きさも重さも重心も少しずつ変えてある物ばかりだがこれが基準の物だ、とりあえず少し振ってみろ」
室内に響き始めた打ち合う音を気にしないことにしたらしいゲイルが1本の木剣を持ってきたので受け取り、テリーに教えられた通りに振ってみる
「体力のなさの割に剣の振りは悪いわけじゃないな、短くとも『怪鳥狩り』と一緒に動いてただけのことはあるか
ああそうだ、その剣がいくら木で出来ているからといって油断して手を滑らせるなよ
重量と重心を調整するための金属芯が入ってるからすっぽ抜けると脆いドアくらいなら余裕で突き破る」
剣と剣が激しくぶつかり合う音(勿論模擬剣同士によるものである)をBGMにゲイルによる指南が続く
片手で剣を振る横方向の凪ぎ払いや突きはもう少し体力というより筋力が付いてからということらしく、素振りは真上からの縦方向とそこから傾けていった袈裟斬り、両手で持ったままでも無理なく振れる範囲での横凪ぎを50回くらいずつ行って初日の練習は終了となった
本来なら更に中に保持用のフレームを入れた鎧相手に模擬剣を打ち込んだり、他の門下生とペアを組んでの1対1やペアを組まず『自分以外は全員敵』状態での乱戦を想定したりと対人戦に必要な相手がどう動くか考えながらの打ち込みの練習、さらには時々街の外に出て実際に魔獣を狩るなど、修了すれば前衛系戦闘職の即戦力になれるようなメニューが組まれているらしい
因みに門下生同士の打ち合いは見学させてもらっていたのだが、防具を着けての練習になる為か得物が両刃剣の形をしていることを除けば剣道の試合に見えなくもなかった
その後休憩ということで、互いに魔法抜きでの全力をぶつけ合って気が済んだらしいテリーとジェフ、ゲイル以下門下生達と共に『お茶』を手に卓を囲んでの雑談という名の情報交換会になった・・・とはいえ、話題になるようなものといえばつい最近番外地域になったばかりの街を通ってきたことと、そもそもこの旅の理由になった拓真の話くらいしかなかったのだが
尤も話のネタにされていた本人は相槌を打つことくらいでしか話には参加せず、珈琲でも紅茶でもなく微妙に緑茶っぽい飲み物を見て街の見た目が中華風なら口にする物も同じようになるのかなどという至極どうでもいいことを考えていた




